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私は吸血鬼  作者: ローズベリー
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2. 血の味


「んっ…」


翌日、目を開けると私は自分のベッドの上にいた。泣きわめいたせいか少し重い体を動かして横を見るとお母さんがいた。


「美夜、起きたのね」

「お母さん、私は…」

「疲れちゃったのかあれからすぐに眠っちゃってね、お母さんがベッドまで運んだのよ」

「運んだって…どうやって」


 そこまで言いかけて私は思い出した、昨日お母さんに言われたことを。吸血種。人間よりも力の強い吸血種なら人一人を運ぶなんて造作もない話だ。少し表情を暗くした私に気づいたのか、お母さんは私に少し微笑んで頭を撫でてくれた。


「……お母さん」


 少しして落ち着いてから私は切り出す。


「なに?」

「本当に、私は吸血種なの…?」


 内心もうわかっていた。昨日の紅い眼。お母さんがあんなに真剣な顔をして冗談なんて言うはずがない。でも自分を納得させるためにもう一度、とその言葉を口にした。


「…そうよ、美夜。私たちは吸血種。美夜は昨日成人したわ」

「…そっか」


 とんでもない話なのに、私はそれを受け入れることができた。それは昨日泣きじゃくったからなのか、まだ実感がないからなのか、それともお母さんがそばにいてくれているからなのだろうか。

 一番最初に思ったことは、愛海、菜月、友梨佳ちゃんのことだった。もちろんこんなことを話そうとは思わない。でも、もしばれてしまったら、と私の心を不安が取り巻く。


「そういえば、今日学校は…」

「大丈夫、まだ朝の5時よ」


 今日は平日だから普通に学校がある。心配したけどまだ時間はあるみたい。外を見ると、暗い夜が少し開け始めているといったところだった。


(こんな時間までお母さんはずっと私のそばにいてくれたのか…。うん、わかってる、お母さんが吸血種だろうと、お母さんに変わりはない。でも、よかった、私は一人じゃない)


「ありがと、お母さん」


 ありがとう、というとお母さんは少し驚いたように目を丸くする。


「…美夜、ごめんね。こんな生きにくい種族に」

「大丈夫だよ、お母さん。だって私は一人じゃないし」


 少し食い気味にお母さんにそう言う。お母さんは私がこの吸血種という生きにくい種族であることに少し申し訳なさを抱いているように見えた。でも私の言葉を聞いてどこか安心したような、やさしい顔でまた私を撫でてくれた。


 そして、お母さんは吸血種についていろいろと教えてくれた。

 私の家系はずっと吸血種らしい。吸血種は人間よりも力が強く、紅い眼で魅了することで人間を朦朧とした状態にし、バレないように血が吸える。吸血種が夜に人間を狙うのは夜目が効くため人間に悟られにくいからである。

 また、日光が苦手ということはないが、夜に比べて昼は動きにくいのは事実らしい。それと、流れる水が苦手というのは完全に迷信だ。

 そして、何より生きていくためには血を飲む必要があり、長期間血をとらないと強い吸血衝動に駆られる。


「お母さん、長期ってどのくらい?」

「そうね、条件にもよるけど三日以上血を吸わないと辛くなってくるわ」


 三日。つまり最低でも三日に一回は血をとらないといけないということ。


「条件っていうのは?」

「たとえば、血のことをずっと考えていたらもっと頻繁に血を吸わないといけないわ。美夜にわかりやすく言えば、食べ物のことをずっと考えてたらお腹がすいてくるのと同じ感じね」

「…な、なるほど」


(血のことばっかり考えるなんて…、まあこれは気にしなくてもよさそうね。それに血が飲みたいなんて思わないし)


「だいたいわかったわ。ありがとう、お母さん」


 そういうと、お母さんは優しく微笑む。しかし、思い出したかのように顔を曇らせた。


「それと美夜、ハンターには注意しなさい」

「っ、そっか…、私も…」


 ハンター、それは吸血種を狩ることを生業にしている人たちのこと。そして、私だってその対象の例外にはならないということだ。


「…ええ。美夜、あなたも狙われる可能性があるのよ。」


 急に背筋が寒くなった気がした。誰かに狙われる、もちろんそんなことをされたことがない。命を狙われるなんて考えただけでも怖くてたまらない。明らかに表情が変わった私を見てお母さんが続ける。


「でも大丈夫、滅多なことで見つかるものではないわ。普通に生活していれば遭遇することはそうそうないのよ」

「…そう、なんだ」


 ひっそり生活している分には滅多に会わないみたいだし、ちょっとは安心してもいいのかもしれない。それにいつまでも怯えていてもしかたがない。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、お母さんは続ける。


「……でも美夜、成人したことだしそろそろ本当のことを教えておいた方がいいかもしれないわね」

「本当のこと?」

「お父さんのこと、よ」


 私にはお父さんがいない、というのも私が小さい時に交通事故で亡くなってしまったらしく、私は直接顔を見た覚えがない。そう聞かされていた。


「お父さんは事故で死んだんじゃないわ」


 はっきりそう言った。嫌な予感がして顔が少しこわばったのがわかる。そしてこういう時の嫌な予感は大概当たってしまうものだ。


「…殺されたのよ、ハンターに」


 ハンターという存在がまた一歩私の近くまで来ているような気がした。お母さんは詳しくは話さなかったけど、家をハンターに襲われたがお父さんが私たちをかばってくれたおかげで私たちはこの町まで逃げることができたらしい。どこにハンターがいるかもわからないから絶対に自分の正体については他言しないように、と釘を刺してくる。

 少しの沈黙の後、お母さんはまた笑顔を作って言う。


「あら美夜、そろそろ学校に行く時間ね」

「もうそんな時間…」


 時計を見るとすでに8時を回っていた。私はベッドから出て昨日のパーティの痕跡を片付け始める。食べ終わったケーキにおやつの袋、余った飲み物などが散らかっている。昨日のことなのにはるか昔に感じられる。愛海、菜月、友梨佳ちゃん、みんな私の大切な友人だ。だからこそ私のことはみんなには秘密にしておかないといけない。


 よっこらしょ、なんて呑気なことを心の中で呟きながら片づけを進めていく。そして目に入る、プレゼント。ペンダント、チョコレート、そして十字架。少し警戒しながら十字架に触れるが、特に何も起こらない。確かにちょっと気分が悪いけど他にこれといって害はなさそう。一安心して私は学校に行く準備を終えた。


「いってきます」

「いってらっしゃい。そうだ美夜、もし体調が悪いとか変だなって思うことがあったら早退して帰ってきなさい」


 お母さんは少し心配しているようだった。昨日の今日で無理もないと思う。わかった、とだけ返事をして学校に向かった。




◇◇◇




「おはよー」


 学校について私は菜月と愛海に挨拶する。


「おはよう、今日は遅かったね」

「昨日の片づけしてたから」

「あ、そっか、ごめんね」

「ううん、楽しかったし気にしないで」

「あっ!私があげたペンダントしてくれてるんだ」

「うん、これかわいいね」


 私は愛海にもらったペンダントをつけてきていて、愛海はとても喜んでいる。その横で菜月が少し懐疑的な態度で言う。


「私のあげた十字架は持ってくれてるの?」

「えーと、家においてあるよ」

「むぅー」


 菜月は口をとがらせてあからさまに不機嫌そうな顔をする。持ってきていない理由は、なんとなく気味が悪い感じがしてしまったからだったが、もちろんそんなことを言えるはずがないので適当に言い訳をする。


「ほら、あの十字架ひもとかついてなかったし持ち歩いたら落としちゃうかなと思って」

「…ふーん、まあそういうことなら仕方ないね」


 菜月はそう言って納得してくれたようだった。



 昼休み、私はいつも愛海と菜月の三人でご飯を食べている。私はいつも食堂で注文しているけど、二人はお弁当を持ち込んでいるときも多い。二人のお弁当がうらやましくて私もお母さんにお弁当を頼んだことがあったけど、あまり上手じゃないからと断られてしまったことがあった。今思えばその本当の理由も想像できる。吸血種は人間よりも味に疎いらしい。


(できるだけ考えないようにしてたけど、私だって吸血種なんだから成人した今、もしかしたら味がわからなくなってるのかな……)


 そんな不安が心によぎる。


「美夜?」

「えっ、あ、なんでもないよ」

「ほんとに?悩み事あったら遠慮なく言ってよ」


 そう二人は私に言う。私にはもったいないくらいのいい友達だと思う。だからこそ打ち明けられないことに少し後ろめたさのようなものを感じてしまった。

 そんなこんなで食堂につくと、今日はみんなお弁当は持ってきていないようで同じものを注文した。


「「「いただきます!」」」

「んー、おいしい!」


 二人ともおいしいと言って箸を進めている。でも私は違った。なんだか味が薄い気がする。味を感じないなんてことはなかったけど、やっぱり薄い。


「あの…変なこと聞いていい?」

「どうしたの?」

「この料理、どう思う…?」


 私のよくわからない質問に二人とも軽く目を丸くしている。そのまま返事を持っていると菜月が口を開く。


「普通においしいと思うけど…、愛海は?」

「うん、私もおいしいよ」


 やっぱり、私は味覚が疎くなっているのだと思った矢先、愛海は続けて言った。


「でも少し味が薄いかなあ。私はもうちょっと濃い方が好みかも」

「あ、それは私も少し思ったー」


 菜月も愛海に賛同する。どうやら二人にとっても少し味が薄かったらしく、私はまるで暗雲にさす一筋の光のように、というのは言い過ぎかもしれないけど心の底から安心した。


「そ、そうだよね!よかった、私がおかしいのかと思ったよ」

「どうしたの急に、美夜ったら変なこと言いだすねー」


 二人はふふふと軽く笑い飛ばした。そして私の不安も吹っ切れて三人で楽しくおしゃべりをしながら食事を終えた。すると愛海が神妙な面持ちで切り出す。


「そういえば、昨日のニュース見た?」

「ニュース?何かあったの?」


 私は昨日はいろいろとあったのでニュースなんて見ていない。どうやら菜月も見ていないらしい。


「吸血種の被害が出たらしいわ。しかもこのすぐ近くで」

「「えっ…」」


 私も菜月も絶句した。私もとても驚いたけど、菜月は見るからに顔が青ざめている。

 吸血種の被害ニュースは少ない。というのは、吸血種に吸血されても少し記憶が飛んだり貧血になるくらいでニュース沙汰になるほど大事になるのは少ないのだ、とお母さんに教えてもらった。


「それってこの近くに吸血鬼がいるってことだよね…」


 菜月の顔は恐怖でいっぱいで体は軽く震えているのがわかった。菜月は本当に吸血種のことを怖がっていて、複雑な気持ちになってしまう。


「そういうことだよね…、さすがに私も少し怖いわ」


 いつもは吸血種をそこまで怖がっていない愛海も、吸血種がすぐ近くにいるとなるとやっぱり怖いらしい。二人の反応を見て吸血種とは人間にとってどういう存在なのかを再認識してしまう。


「被害にあった人は大丈夫なの?」

「ニュースでは意識を失ってるところを発見されて、命に別状はないみたい」

「そっか…、よかった」

「やっぱり吸血鬼って怖いよ。意識を失うまで血を吸われるんでしょ?もしかしたらそのまま目が覚めないことだって…」


 菜月の声がふるえている。たしかに、気を失うほどってことはこのニュースの吸血種はかなりの血を吸ったみたい。



(どんな味がするんだろう……、血か……)



「……、……や、……みーやー!」

「えっ、あれ、愛海?どうしたの?」

「『どうしたの?』はこっちのセリフだよ、美夜がぼーっとしてるから」

「…いや、なんでもないよ」


 この瞬間、実感してしまった。私は、吸血種だ。血を吸われて倒れた人のニュースを聞いて血の味を想像するなんて。化け物、吸血鬼、私の頭の中にそんな言葉が湧いてくる。自分に対する恐怖と友達を失ってしまう不安でいっぱいになる。

 そんな心の内を悟られないように精いっぱいの笑顔でごまかす。


「そろそろ教室戻ろうか」



 愛海も菜月もしばらくは少し怖がっていたけど、その後は特に何事もなくいつも通りに過ぎていく。学校が終わるころには二人はすっかり元気に戻っていたが、私の心は晴れることはなかった。




◇◇◇




「…お母さん」


 家に帰ってすぐ、私はお母さんに声をかける。


「あら、どうしたの?」

「…私は血を飲まないといけないの?」


 今日少しだけだったけど、血を飲みたいと思ってしまった。いまさらになって、自分が吸血種だということが怖くなってくる。


「美夜、怖いの?」

「怖いよ…、私、血なんて飲みたくない…」


 私は泣きそうな声で言うと、お母さんは私の優しく抱きしめて、頭を撫でてくれた。でも、私の質問には答えてくれなかった。わかっていた。吸血種は生きるために血を飲まなきゃいけない。飲まなくていい方法なんてない。だから私は不安で仕方がない。もし私が吸血種であることがバレてしまったら、きっとあの二人は私から離れて行ってしまう。私は独りになりたくない。


 なんで私は吸血種なの……



「でも、飲まないといけないのよ」


 お母さんの声が聞こえる。そんなことはわかってる。飲みたくないから言ってるのに。


「…やだ」

「……」


 お母さんは何も言わない。ただ私を抱きしめるだけ。なんで私は人間じゃないの。なんで、なんで私だけこんな目にあわないといけないの。


「…美夜、ちょっと待ってて」


 そう言ってお母さんは部屋の奥に行くと、ほどなくしてガラスコップに赤い液体を手に戻ってきた。まさか、と思う。でも違うかもしれない。あの赤い液体はなに?トマトジュース?

 そんな私の頭はお母さんの次の一言によってすべてが吹き飛んだ。


「美夜、血よ」


 血、そういわれた瞬間、まるで体の奥が揺さぶられたような奇妙な感覚に陥る。咄嗟に私は頭がいろいろなことを考え始める前に、体を動かした。お母さんの持っていたその赤い液体をコップごと払い落とす。私の目に映ったのは、お母さんの驚く顔と、地面に散らばるコップの破片と赤い液体。


「…なんで、なんでこんなことするのよ!!お母さんなんて大っ嫌い!!」


 私はそう叫ぶと走って家から飛び出した。


(私は血なんて飲みたくないのに!無理に飲ませようとするなんて)


 あてもなく走っていると学校に来てしまった。もう周囲も暗くなっておりあたりには誰もいない。私は閉まった校門の横に静かに座り込んだ。頬を涙が伝うのを感じ、夜風に吹かれてひんやりとする。

 少し冷えた頭で思い返す。お母さんは私を助けようとしてくれたんだと思う。吸血種なんだから血を飲まないといけない。だから飲みたがらない私に用意してくれた。


(なんで私は吸血種なの。もし人間だったら、今頃私は暖かい家で美味しいご飯を食べてたのかな。どうして人間に産んでくれなかったの…、お母さんのバカ)


 私はそんなことを考える。別にお母さんが悪いわけじゃないのに、誰かのせいにしないとこの気持ちをぶつけるところがなかった。家を飛び出す前のお母さんの顔を思い出すとまた涙があふれてくる。




「…美夜」


 ふと、私を呼ぶ声の方を見るとお母さんが立っていて、そっと手を伸ばしてくれる。


「美夜、家に戻るよ」


 やさしくそう言ってくれるお母さんの手を取り、その手に引かれて家に戻ると小さな声で謝った。するとお母さんは申し訳なさそうに微笑む。


「ごめんね美夜、無理にあんなことして」

「…ううん、私が悪かったよ。でもどうしても飲みたくないの」


 私の言葉にお母さんは複雑な表情をする。


「でもね、私たちは人の血を飲まないと生きていけないのよ。どれだけ我慢したっていつかは限界が来るの」

「……」

「それに話したでしょう?吸血の欲求が高まりすぎると私たちは眼が紅くなるのよ」


 それはつまり、我慢をしすぎると周りから一目瞭然で私が吸血種であることがばれてしまうということ。


「美夜、お母さんは美夜に辛い思いはしてほしくないの」

「…うん」

「だからね、ちゃんと飲んで、今まで通りにお友達と楽しく過ごしてほしいの」


 お母さんが私のことを大切にしてくれているのは痛いほどわかった。それに私は一人じゃない。もしかしたらあの二人だって……、そう思わずにはいられなかった。



「…わかった、飲むよ」


 私のその言葉に安心したような表情を見せたお母さんは部屋の奥へと入っていき、少ししてお母さんは戻ってきた。透明なコップに半分ほど注がれた赤い液体、それは血以外の何物でもない。私は今度はしっかりとそのコップを受け取って中身を見ると、甘い匂いが鼻を刺激する。


(甘い匂い……か…)


 まだためらう私を安心させるかのように、お母さんは私の横に座って軽く肩を抱き寄せてくれる。私はコップに口をつけると、意を決してその中身を口の中に流し込んだ。



(……おいしい)



 思わず心の中でそうつぶやくほどに。先ほどの甘い匂いを裏付けるように、私が口に含んだそれは今まで口にしたどの食べ物や飲み物よりも、甘く、それでいて上品な味がした。同時に自分が吸血種であるということを全身で実感し、目から涙が零れ落ちる。途端に私が世界から仲間外れにされたような怖さに襲われる。そんな気持ちを察したのか、お母さんは私に寄り添ってくれる。


「大丈夫よ美夜、お母さんがいるから」


 そのやさしさに甘えるように、私はその場で声を殺して泣いた。


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