19. 出会いと
「うまいもんだな、噛み痕も数日で消えるんだろ?」
「ありがと、でもそんなにじっと食事見られるの恥ずかしいんだけど」
私たちが隣町に着いたときにはあたりはすっかり暗くなってしまっていて、とりあえず私は適当に人を捕まえて血をもらった。最初は私の吸血を見て少し嫌そうな顔をしていた神君だけど、今はあまりそういう顔をしなくなった。
次に目下私たちがするべきなのは住むところを探すこと。とはいっても神君のハンター証明書があれば格安で宿を借りられたり食費も安くなったりする。こんなふうにハンターにはいろいろ便利なように計らわれているらしい。
「あなたたち、こんな夜更けに何をしているんですか」
私たちが話していると、急に後ろから声をかけられ、頭の中で咄嗟にいくつかの選択肢が浮かぶ。私の足元にはついさっきまで血を吸っていた人が倒れている。
「あ、えっと」
「っ!その人、まさか吸血鬼に!?あなたたちは…、ハンター様ですね?」
私たちに声をかけてきたその人は、倒れている人を見つけるとすぐに近づいてくる。どうやら神君の持っている剣を見て私たちをハンターだと判断したらしい。
「あ、大丈夫ですよ。その人は命に別状はありません」
「そうですか…、よかったです」
私たちは倒れた人を病院に運び、私たちはこの街に来たばかりだということを伝える。
「私はシスターをしています、木月香苗です」
シスターなのね。どうりで彼女からどことなく不快な空気が漂っているわけだ。
「俺は山本神也です」
「私は黒瀬美夜です」
「あら、黒瀬…?」
「ん?」
「あ、いえ、以前お世話になった方と同姓でしたので。ところで、この街に来たばかりだと言っていましたが、宿のあてはあるんですか?」
「いえ、まだないんですがおすすめの場所はありますか?」
そう聞くと木月さんは少し考えた後に私たちに提案をする。
「この辺りは都会でどこも高いですし、二人がよろしければ私の家にご案内しますが、どうですか?」
それは願ってもない話だ。でもシスターの家というのは十字架の類がたくさんあるんじゃないだろうか。
まあでもせっかくの当てだし断るのももったいない気がする。そこら中に散らばっているわけでもないだろうし、どうしてもというときはお願いして片付けてもらおう。
「では、よろしくお願いします」
しばらく歩くと木月さんの家に着いた。幸運なことに私が心配したような十字架がちりばめられた家ではなく、ごく普通の家だった。しかし安心したのもつかの間、中に入るとリビングには大きな十字架がこれでもかと言わんばかりにその存在感を主張していて、私は思わず息をのむ。
「黒瀬さん?どうかしましたか?」
「い、いえ、ちょっと驚いてしまって」
私はできるだけそれを視界に入れないように木月さんの後をついていく。家は三階建てで各階に部屋がいくつかある。
「それにしても、あまり物がないんですね」
「ええ、シスターですから。私個人の所有物といったものはないのです。もちろん生活に必要なものはそろっているので安心してください」
そう言って木月さんは私と神君にそれぞれ部屋を案内してくれた。
「では今日はもう夜遅いのでお休みになってください。明日の朝食は私が用意しておきます」
「えっ、いや、そこまでしてもらわなくても大丈夫です」
神君はともかく、私は味のしない食べ物を食べるのは気が進まないし、食材がもったいない。食べるものには感謝を込めて。それは人の食事も血も変わらないよね。
「遠慮しないでください。あの人を助けていただいたお礼ですのでぜひどうぞ」
「いや、ほんとに私は」
「ではお言葉に甘えさせてもらいます」
「えっ」
私がなんとか断ろうとしているのに神君が木月さんの提案を受け入れてしまった。別に食べられないわけではないんだろ、と神君に耳元でささやかれる。確かにあまりかたくなに断るのはよくないかもしれない。
私たちは木月さんのご飯を頂くことになった。
翌朝、私が起きると神君も木月さんももう起きていて、リビングに出ると相変わらず大きな十字架が私の気分を害してくる。人間の感覚で言うと大きなGが居座っているような感じだろうか。視線を横に向けると木月さんは私たちの朝食を準備してくれていた。
「あら、おはようございます。今ちょうど用意できたところです」
「おはようございます、ありがとうございます」
テーブルに並べられた食事は美味しそうな見た目をしているけど、今はもう全然魅力を感じない。
「「「いただきます」」」
神君と木月さんはおいしそうに食事を口に運ぶ。私も疑われないようにただ熱いだけのものを口に入れる。それには血の上品な温かみもまろやかな舌触りも甘い香りもない。
「もしかして、お口に合いませんでしたか?」
「えっ」
突然木月さんがそんなことを言ってびっくりしたけど、すぐにそれが私に向けての発言だと気づく。あまり美味しくないと顔に出てしまっていたんだろう。
「いえ、とても美味しいです!」
「ならよかったけど…」
そうして朝食をなんとか乗り切った私は三人で軽く話をして、私と神君は当面の間この家にお世話になることになった。
少し話をして分かったのは、木月さんはかなり涙もろい。私と神君は昔の知り合いで、最近再会できたことを話したら目がうるうるしていた。
木月さんは吸血種から人間を守るべく、夜に見回りをしているらしい。それにしても、木月さんみたいにいかにもか弱そうな女の子が吸血種と戦って勝てるんだろうか。
「もし木月さん自身が襲われたらどうするんですか?」
「その時は十字架で戦います!」
「十字架じゃ戦えないと思うんですけど…」
十字架は吸血種にとって不快感はあるものの、それでどうこうできるものでもない。そもそも襲われても魅了してしまえば大丈夫だ。昨日初めて会ったときは要注意かと思ったけど、そこまで警戒する必要はないかもしれない。
「せっかくしばらくの間お邪魔させてもらえることになったんだし敬語はやめにしませんか?」
「えっと、私は敬語の方が落ち着くんですけど…」
「そうなんですか?」
「昔から誰に対しても敬語で話してるんです。なのでお二人は敬語じゃなくても大丈夫ですよ」
珍しい人もいるんだな、なんて思う。
「わかった、そうする」
そうして私は木月さん改め香苗の家での暮らしが始まった。
◇◇◇
私と神君が香苗の家に来てから数日がたち、何気なく会話できる程度には打ち解けてきた。香苗が家にいないときでも家にいていいというのだから驚きだ。いつの間にそれだけの信用を勝ち取ったのやら。
今日も香苗の作ってくれた料理を喉に流し込みながら三人で会話する。神君も香苗も会話に花を咲かせているけど、私はそろそろそうもいかなくなってきた。最後に血を飲んでから三日がたってるし、美味しくない料理を食べ続けているせいで血が恋しい。
「美夜、ぼーっとしてどうしたのですか?」
「ちょっと考え事を…」
「お箸が進んでないですけど、もしかして苦手な食べ物ありました?」
「ううん、そんなことないよ」
「本当ですか?好きなものがあれば作りますよ」
好きな食べ物なんて言われても困ってしまう。そういえば昔愛海に飽きないのか聞かれたことがあったけど、そんなことはない。人によって味も違うし香りも違う。
「私は香苗が食べたいかな」
「な、何言ってるんですか!?私はそういうのは無理ですよ…!」
「ふふ、冗談だよ」
本当は冗談じゃないんだけどね、なんて心の中で呟く。
「そもそも美夜と神也君はつきあってるんじゃないんですか?」
「「えっ」」
突然そんなことを言われて私も神君も驚く。
「だって二人で旅してるってことはそういうことでしょ?」
「ち、違うよ!」
「そうそう、僕は美夜の監視に来てるだけだから」
「監視?」
「…あ、いや、なんでもない」
神君が口を滑らせたせいでドキッとした。ハンターの神君が監視してるなんて言ったら私が吸血種だって言っているようなもの。でもそれは杞憂だった。
「監視って言いながら一緒にいてるだけですよね」
「え、それは…」
「なるほど、だいたい二人の関係はわかりました!」
香苗はニヤニヤしながらそう言う。何か大きな勘違いをされている気がするけど触れないでおこう。
そうして今日も一日を乗り越えた私はベッドに横になる。そろそろ血が飲みたいけど香苗に見つかるのが心配でどうにも動きづらい。
そういえば菜月と愛海はどうしてるんだろう。友梨佳ちゃんはちゃんと血を飲めているんだろうか。
久しぶりにみんなの声も聞きたいし、近況報告も兼ねて電話をかけてみることにした。
「もしもし菜月、久しぶり」
『久しぶり!まだ一週間もたってないけどね』
久しぶりに菜月の声を聴いて少し安心する。
「菜月は元気にやってる?」
『うん、元気』
「よかった。今何してるの?」
『愛海の家に来てるよ』
二人で会えてうらやましいなあなんて思いながら愛海も一緒に電話に参加する。
「愛海、久しぶり!元気?」
『元気だよ、美夜はどう?』
「うーん、私は気疲れが多くてちょっと疲れちゃった」
やっぱり自分のことを隠しながら生活するのはいろいろと気を遣うし大変だ。美味しくない料理に大きな十字架、それにまだ血を吸いに行けてないからお腹がすいている。
「今はとある人にお世話になってるんだけど気を遣っちゃって…」
『その人は美夜が吸血種だって知ってるの?』
「ううん、そんなの言えるわけないよ」
『それもそっか』
「でもそろそろお腹すいちゃったんだよね」
『え、血飲めてないの?』
「うん、怪しまれないように我慢してるの」
『でもそれって危ないんじゃ…?神也君にもらったら?』
「神君からはこの前いっぱいもらったからしばらくは止めとこうと思って」
あの吸血種を倒した後に神君の血をかなり吸ってしまって、神君は今でもまだ若干貧血気味だと思う。それに男の子に吸血するのは少し気が引ける。だって吸血って気持ちいいみたいだし私の方が恥ずかしくなってしまう。
『じゃあ私か菜月がそっち行こうか?』
「ううん、そんなに迷惑かけられないし、明日にでも飲みに行こうかな」
『そっか、気を付けてね』
「うん。それに愛海は友梨佳ちゃんに血をあげてるんでしょ?」
『ええ、でも少しずつだし体調は悪くないわ』
「それならよかった。友梨佳ちゃんはどんな感じ?」
『まだ嫌がってるけどちゃんと飲んでくれてるし大丈夫だと思うわ』
友梨佳ちゃんのことは少し心配だけど、いざとなれば菜月もいるしたぶん大丈夫だろう。
そんな感じで電話を終えてまたベッドに横になると、なんとなく部屋の外に誰かがいる気配がした。気になって部屋の外を確認すると、すぐそこに香苗がたっていた。
「っ!えと、なにか?」
「いえ、なんでもないです…!」
香苗は驚いた様子でその場から立ち去ろうとする。部屋の前であの慌て様、もしかして電話しているところを聞かれた?
私は立ち去ろうとする香苗の手をつかまえる。
「待って!さっきの話聞いてた?」
「ご、ごめんなさい、盗み聞きなんてするつもりはなかったんですが…」
まずい、やっぱり聞かれていたみたい。急いで私が話していた内容を思い返し、何かまずいことを言っていなかったかを考える。でも自分の発言なんて思い出せなくて、香苗を問いただすように聞く。
「何聞いたの?」
「っ、いえ、私は何も…」
そういう香苗は明らかに怖がっていて何も聞いていないとは思えない。それを隠そうとしているということは、私のことを聞かれた可能性が高い。
「怖がらないで。何聞いたのか教えてほしいだけなの」
それでも香苗は怖がったままで、少ししてから意を決したように口を開く。
「…、誰かに血をあげるとか…」
「聞いてたのね」
「も、もしかして吸血鬼とかかわりあるんですか…?」
「……」
「いえ、ごめんなさい」
それから少し話したけど、どうやら私が吸血種だということはばれていないみたい。でも確実に何か疑われてるみたいで、私はまた心労が一つ増えたことを嘆くのだった。




