13. 災い
《昨夜、吸血種の被害にあったと思われる女性が発見されました。発見された時点でかなり弱っており、病院へ搬送されましたが死亡が確認されました。…》
とある日、いつものように学校に行く支度をしながらテレビをつけると、耳を疑うようなニュースが流れてきた。吸血種による殺人事件、それがまさか私の住む町で起こるなんて。
学校に行くとクラスはその話題で持ちきりだった。教室のいたるところから吸血種を怖がる声が聞こえる。吸血種じゃなくても、近くで人が死んだとなれば怖がるのは当然だ。
そんな中、菜月と愛海が小声で話しかけてくる。
「ねぇ美夜、今回の事件って…」
「安心して、私じゃないわ」
「そうだよね、よかった…」
二人が安心した顔をしたところで、今度は神君が私のところにやってきた。顔から察するに神君も今回の事件のことを話そうとしているんだろう。
「美夜、ちょっといいか」
「あっ!もしかして神也君美夜のこと疑ってるの?」
「い、いや、一応だ、一応」
「美夜がそんなことするわけないでしょ」
私の代わりに全部菜月が答えてしまったけど、神君は納得して自分の席に戻っていった。
「それにしても物騒ね。私が言うのもなんだけど夜一人で出歩かないようにしてね」
「うん、気をつけなきゃ」
私は二人に注意するよう言った。でももし今回の犯人が悪い吸血種だったら、たとえ昼でも魅了を使ったりするかもしれないし、人間から隠れようとしていない吸血種だったら何をするかわからない。友達が被害にあう前に魅了の効かない私が早く調べた方がいい。
そして夜、私は早速犯人を捜してみることにした。もちろんその吸血種が間違って人を殺めてしまった可能性もある。もしそうなら私のしていることは完全に無駄になるんだけど。
それからしばらく歩き回ってもそれらしい人物は見つけられなかった。でもこの町も広いしそう簡単に見つかるほうがおかしいというものだ。
そう思って帰ろうとした時だった。私の目でかろうじでわかるほどの距離にまるで抱き合っているようなシルエットが見えた。
(まさか…)
私は気づかれないように近づいていくと、それは確信に変わった。瞳は紅く輝き、銀色の長い髪をした女性が首にかみついていたのだ。そしてその瞬間、私はその吸血種と目が合ってしまった。するとそいつは面倒くさそうに牙を抜く。
「ったく、今日はよくからまれる日ね…」
そう言うとさっきまで血を吸っていた人間を片手で引きずりながら私の近くまで歩いてくる。
「…ん?なんだ、あんたも吸血鬼なのね。それで、私に何か用?」
私を見るその目は氷のように冷たかった。何を考えているかわからないその目に私は恐怖を覚えた。
「なに、血が欲しいの?まあ、この人間ならあげるわ」
そいつはそう言って捕まえていた人を乱暴に私に放り投げ、私は咄嗟にその人を受け止めた。その人の首を見ると、噛んだ後の止血もされていないし顔も青白い。明らかに吸いすぎだ。
私はすぐに傷口をなめて止血し、脈を確認するとまだ生きていることが確認できた。
「あ?血を吸いに来たんじゃないの?」
「あなたどういうつもりなの!?こんなに吸ったら死んじゃうじゃない!」
「え、何言ってるの?人間だし別にいいじゃん」
そいつはそんなことを表情一つ変えずに言う。人間のことを食糧としか思っていないことが伝わってくる。
「あんたも吸血鬼ならわかるでしょ?」
「私はあなたなんかとは違う!」
「…なにそれ、もしかして人間を殺したことないの?」
「あるわけないでしょ!」
こいつは危険だと私の中で危険信号が鳴り響く。聞いた感じでは昨晩の事件の犯人もおそらくこいつだろう。そして警戒している私をあざ笑うようにそいつは冷ややかな目で言う。
「じゃあ血を吸いつくすあの感覚を知らないのね、かわいそうに…。あぁ思い出すだけでもぞくぞくするわ。あふれ出る血が少なくなっていく感覚、血管がつぶれて牙に張り付く感覚…、もう最っ高っ!」
異常だとしか思えなかった。顔を赤らめて薄ら笑いを浮かべるその姿はまさに化け物だった。話の通じる相手じゃないと判断した私はすぐに倒れている人を抱えて病院に向かった。
◇◇◇
翌日、私は昨日あったことを神君に話した。
「そうか、美夜も会ったのか…」
「神君もあいつに会ったの?」
「うん、あいつはやばい。まるで勝てる気がしなかった」
「…そんなに強かったの?」
「あいつは戦う気がなかったみたいだけど、まともにやりあうなんて考えたくもないくらいだ」
神君がそこまで言うってことはたぶん相当強いんだと思うけど、あれを野放しになんてするわけにはいかない。私が考えていると神君は思い出したことを付け加えた。
「そういえば少し気になることを言ってたな…」
「気になることって?」
「本当に面白いのはこれからだ、とかなんとか言ってた」
なによそれ。背筋に寒気が走る。あいつが言う面白いことなんて絶対よくないことに決まっている。これからもっと人を襲っていくつもりなのだろうか。昨日は私が間に合ったからなんとか助けられたけど、今後も助けられる保証なんてない。
私はみんなに絶対に夜に一人で出歩かないように念を押すことにした。
「暗くなったら何があっても絶対に一人で外に出ないこと。いい?」
「そ、そんなに今回の事件ってやばいの…?」
「そうよ、冗談抜きで殺されるかもしれない。絶対に出ないで」
「美夜がそこまで言うなら、そうする」
しかし私があいつと会ってから二日がたったのに何も起こっていなかった。死亡事件はもちろん、ニュースになることすらない。あいつの性格からして何かを企んでいることは間違いないと思うけど、それが何かわからなかった。
そしてその翌日、私は愛海から信じられないものを見せられることになるのだった。その日、私はいつものように学校へ行くと、愛海は怯えたような顔をしていた。
「おはよう愛海、今日は早いんだね」
「美夜…、ちょっと見てほしいものがあって…」
私は深刻な顔をする愛海を見てただ事じゃないと思った。私が何があったのかを聞くと、愛海は写真を見せてくれた。
「これ、噛まれた痕だよね…。誰の写真?」
「…、友梨佳よ」
愛海は今にも消え入りそうな声でそう言った。でも内心私は少し安心した。だって私はあいつの性格をこの目で見てるから。平気で血を吸いつくすあいつのことを考えれば、血を吸われただけならラッキーというものだ。
「それで、友梨佳ちゃんの体調は?」
「…怖がってるけど、体調は問題ないわ」
「そっか、不幸中の幸いだね」
そのあと菜月にも話をして、放課後に友梨佳ちゃんの様子を見に行くことにした。
そして放課後、私たちは愛海の家を訪ねた。すると友梨佳ちゃんは一足先に帰っていて明るく迎えてくれた。
「どうぞ!待ってました」
「「おじゃましまーす」」
そうして私たちは愛海の部屋に行くと他愛もない話で少し場を和ませる。でも愛海は友梨佳のことをずっと心配しているようで表情は硬いままだった。自分の妹が知らない間に襲われたんだから無理もない。
「…それで、私が今日来た理由なんだけど」
私は友梨佳ちゃんを心配させないように出来るだけ穏やかな口調で言った。
「首の傷ちょっと見せてくれる?」
「うん」
友梨佳ちゃんはうなずくと私に首を見せる。やっぱり吸血種の噛み痕で間違いない。でももう血も止まってるし特に心配することはないと思う。
「うん、心配ないよ。ちょっと血を吸われたところで何の害もないからね」
「美夜先輩がそう言うなら安心しました!」
友梨佳ちゃんが安心してくれたのなら来た甲斐があったというものだ。そんな屈託のない笑顔を見て元気をもらった私はその後もしばらくおしゃべりをするのだった。
◇◇◇
あの吸血種が姿を見せなくなってから一週間がたち、私はその恐怖も徐々に忘れかけていたころ。どうやらそれは菜月も同じようで、最近は朝から顔が明るい。
「今日の放課後買い物行かない?」
「いいけど暗くなる前には帰るよ」
「うん、それでいいよ。愛海も行かない?」
「…ごめん、ちょっと友梨佳が熱出しちゃって」
「え、大丈夫なの?」
「うん、たぶん風邪だと思う」
私たちがお見舞いに行こうか提案すると、移しちゃ悪いからと言って遠慮された。愛海は友梨佳の看病で付きっ切りらしく、買い物は友梨佳ちゃんの風邪が治ってから行くことになった。
翌日、愛海は学校を休んでいた。心配になった私はメールで連絡すると、友梨佳ちゃんの体調が悪化して病院に行っているらしい。それを聞いた私と菜月は放課後にもう一度愛海の家に行ってみることにした。
家に行くと、愛海が暗い顔をしながら中へ入れてくれた。今は友梨佳は少し落ち着いて眠っているらしい。
「友梨佳ちゃんは大丈夫なの?」
「わからない、今は落ち着いてるんだけど…」
「そっか、病院では何か言われた?」
「…ううん、原因はわからないって言われた」
そこまで聞いて私の中に一つの可能性が思い浮かぶ。今はもう消えてしまっているけど確かにあった首の噛み痕。もしかするとあの吸血種が何かをしたのかもしれない。だけどまだ仮説だし、愛海を不安にさせないようためにもそのことは言わなかった。
その後、友梨佳ちゃんの様子も確認した私たちは、あたりが暗くなってしまっていることに気づく。
「あ、もう帰らなきゃ」
「…そうだね、二人とも来てくれてありがと」
「うん、お大事にね」
そう言って私と菜月は家を出る。愛海を少しでも励まそうと軽く笑って手を振ったけど、家に戻る愛海の背中はとても辛そうだった。




