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私は吸血鬼  作者: ローズベリー
10/33

10. 軋音


 いつも通りに目を覚ましたある日。まさか大事件が起きることになるなんて思いもしなかった。


 いつものように学校を終え、血を吸うべく家を出る。私も随分狩りに慣れて失敗することがなくなったから、ここ最近この辺りで吸血種の被害ニュースは出ていない。そのおかげで出歩く人も増えてきて選り取り見取りだ。

 お母さんの言いつけは守って小さい子供とか年配の人は襲っていないけど、男の人を狙うことは増えてきた。さっと魅了してしまえば抵抗されないから男も女も変わりはない。


(今日は誰にしようかなあ…)


 自分で言うのもなんだけど、もうかなり経験を積んできたからおいしそうな人はだいたい見分けられるようになってきた。若くて活力がある方がおいしいんだけど、香水とかのにおいが強い人は少し苦手だ。せっかくの血の香りが混ざってしまう。


(あの人おいしそうだけど…、もうちょっと別の人も探してみよ)


 もう血を吸う行為への罪悪感はない。だって私にとってはそれが生きるために必要なことなんだし、相手も血を吸われたことに気づかないから。

 まるでその道の専門家みたいに人間の見定めをして今日の獲物を決め、慣れた身のこなしで背後に詰め寄る。そして赤く光る眼で魅了し牙を立てようとしたその時だった。


「きゃっ!!」


 突然、左の肩から横腹にかけて激痛が走った。後ろで軽く舌打ちが聞こえたと思うと、続けて背後に迫る気配を感じて思い切り地面をけってその場から距離をとる。あまりの痛みにお腹を抱えながら顔を上げると、そこには神君が鬼の形相でこちらを睨んでいた。

 痛みで体が思うように動かない私はその場から動けず、ゆっくりと神君がこちらに歩いてくる。そして私のすぐそばまで来た神君が私の顔を見たときの表情は、驚き。


「美夜…!なのか…?」


 見られた、殺される、そう思ったけど、神君はその場に立ったまま動こうとしない。咄嗟に冷静になった私はとにかくその場から逃げようとしたが、神君は追ってはこなかった。




 なんとか家までたどり着いた私は玄関で倒れこんだ。いつもはすぐに治ってしまうはずの傷口からは、何かが焼け焦げたような黒い煙が出ている。ただならぬ様子で私が帰ってきたことを察して部屋から慌ててお母さんが飛んできた。そして、私を見るなり目に絶望の表情を浮かべる。


「っ!美夜!しっかり!しっかりして!」


 息を荒げて言葉も言わない私を見てお母さんは目に涙を浮かべる。


「なんで…こんなこと…!死なないで…!美夜!」

「…だ、大丈夫だから…、安心して…」


 なんとか言葉を絞り出すけど、傷口からは今も血が流れ続けて意識が遠のいていく。


「そうだ、血さえあれば!」


 お母さんはそう言って家から飛び出そうとする。きっと誰かを無理やり連れて来ようとしているんだろうけど、もう夜も遅いしすぐに見つかるとは思えない。


「待って…!」


 もしかしたら、そう思った。愛海なら助けてくれるかもしれない。私の事を知っても友達でいてくれた愛海なら。私はそんな身勝手な希望を抱き、抜けていく力を振り絞って愛海に電話をつないだ。


(おねがい愛海…、出て…)


 そして、そう願ったのもつかの間、携帯の向こうから愛海の声が聞こえてきた。


『もしもし美夜?どうしたの?』

「おねがい…、助けて…!」


 私はなんとかそれだけ言うと、その声色から察してくれたのか、愛海は慌てた様子で今すぐ行くと言ってくれた。

 五分ほどたっただろうか、勢いよく玄関の扉が開く。そしてその瞬間、愛海はその惨状に絶句する。血まみれで倒れている私と必死に傷を押さえてくれるお母さん。玄関は私の血に染まっていた。


「っ!な、なにこれ!?」

「愛海ちゃん!お願い、美夜を助けて…!」


 お母さんのその一言がどういう意味なのかを理解した愛海はすぐに私のもとに駆け寄る。愛海は上の服を脱ぐと、仰向けに倒れている私を抱きかかえるようにその首を私の口元に近づけてくれた。


「美夜早く!」


 私は差し出された首筋にかみつくと、そこからあたたかい血が流れ込んでくる。それを舌で味わう間もなく喉に流し込み、また出て来る血を舌で舐めとる。


「……、あっ……んっ…」


 愛海の血が体に入ってきて傷の周りが熱くなってきているのがわかる。でもまだまだ足りなくて、私は無意識に力を入れてさらに牙を押し込むと、愛海の血は今までよりも勢いを増して口に入ってくる。


「んっ……はぁ、はぁっ……、んんっ…」


 そしてしばらくして、徐々に痛みも引き思考がはっきりしてきたところで私は牙を抜いた。私に覆いかぶさるような形になっていた愛海はぐったりとしてしまっていて、私は慌てて愛海の背中をたたいて呼びかける。


「っ、愛海!しっかりして!」

「…、美夜…もう大丈夫なの…?」

「うん、愛海のおかげで、もう大丈夫」

「そっか、よかった…」


 愛海は相当苦しかったのか、少し汗をかいていて体温も高い。そういえば急なことで魅了も使わずに血を吸ってしまった。


「ごめんね、しばらくはゆっくり休んで」

「うん、そうする…」


 お母さんが言うには、私は死ぬほどの量は吸ってなくて貧血になるくらいだって教えてくれた。その言葉を聞いて安心した私はお母さんと一緒に愛海を運んだ。




「んっ…」

「あ、起きた?体調大丈夫?」

「私…、そっか気を失って…、って何してるの?」

「髪洗ってるのよ、楽にしてて」


 私は愛海の髪を洗っていた。私に覆いかぶさったせいで愛海のベージュの髪は私の血で汚れてしまっていた。血は固まると黒くなっちゃうし早く洗わないといけなかった。


「ほんとにありがとね」

「…うん、美夜が無事でよかった」


 私は愛海の髪を洗い終えると自分の髪もさっと洗ってから愛海をベッドに運んだ。お姫様抱っこは恥ずかしいなんて言われたけど貧血の患者さんには我慢してもらった。




◇◇◇




 翌日、私は愛海が目を覚ますのを待ってまた改めてお礼を言う。


「昨日はありがと、ほんとに助かったよ」

「うん、気にしないでいいよ」

「…それと、服も汚しちゃってごめんね」


 昨日、愛海はパジャマのまま来てくれたけど、私の血で真っ赤になってしまった。


「そっか、私の服…。…あれ?…ひゃっ!」

「ご、ごめん…、服着せるのはちょっと難しくて…」

 

 私は愛海に自分の服をかけてその上から布団をかけていた。昨日私が血をもらったあと、我に返ると愛海の上半身が裸でびっくりしてしまった。もちろん私のせいだから、出来るだけ見ないようにしながらタオルで血をぬぐった。


「私の服でよかったら着てもらっていいよ。しばらくは安静にした方がいいと思うし…」

「…うん、そうする」


 愛海はゆっくり体を起こすと、私がかけていた服で胸元を隠しながらジトっとした目で私を見てくる。私はその視線に押されるように後ろを向くと、愛海は着替えをすませる。


「もういいよ」

「…今回は迷惑かけてごめんね、今日はゆっくり休んで」

「ううん、ありがと。あっ、私家族に連絡しないと…。何も言わずに飛び出してきたからたぶん心配してる」

「それなら大丈夫だよ、友梨佳ちゃんに愛海は私の家にいるって言っておいたから」

「そっか、ならよかった」


 そして少しの沈黙の後、愛海は何があったのかを聞いてきて、私は全部説明した。私と神君は昔の知り合いだということ、神君に襲われたこと、神君に見逃してもらったこと。私の話を聞くと愛海は悲しそうな顔をする。


「…、これから大丈夫なの…?」

「…大丈夫、だと思う。そんなことより愛海はゆっくり休んで」


 私はそうして愛海を寝かせるとお母さんのところへ行く。私は神君に顔を見られた事を説明すると、やっぱりお母さんはこの街から出ることを提案してきた。でもそれはせっかく助けてくれた愛海を残していくということで、罪悪感やうしろめたさを感じないわけにはいかなかった。それにあの時、神君が私を追ってこなかった理由も気になる。


「おねがい…、どうするか、もうちょっと学校行ってから考えたいの」

「…また襲われるかもしれないのよ、危ないわ」

「神君だって学校じゃそんなことしないだろうし、ちょっと確かめたいこともあるの」

「…わかったわ、今日だけよ。でももし何かあったら明日にでもここを出るからね」


 そうして私は今から学校に行くことになった。




 教室に入ると私はまず神君と目が合って咄嗟に目をそらす。私が学校に来たことを神君も驚いているようだった。私は席に着くと菜月が話しかけてくる。


「美夜が遅刻なんて珍しいね。愛海も今日休みみたいだしどうなってるの?」

「うん、ちょっと寝坊しちゃって…。愛海は体調不良だって聞いたわ」


 そんな嘘をつくのは少し心が痛んだけど、ちょっと不満げな顔をする菜月に心の中で謝った。


 そして休憩時間、私は勇気を出して神君を呼び出して人のいない場所に移動した。でも私から話しかけたはずなのに、なんて言えばいいのかわからない。私が言葉に困っていると神君の方から聞いてきた。


「…昨日、あそこにいたんだよな」

「…うん」

「美夜は僕たちのこと、いや、人間のことをどう思ってるんだ?」


 どう思っているか、それは難しい質問だった。私はみんなのことが好きだし傷つけたくなんてないけど、人間の血は私にとって食糧であることは間違いない。


「…私は、血を飲まないと生きてけないの。でも、みんなを傷つけるつもりがないことは本当だよ!」

「昨日傷つけようとしてたのにか?」

「それは…、生きるためなんだよ。それに大丈夫な範囲でしか吸ってないもん」

「…はぁ、美夜の言うことだから一応信じるけど、もし今後人を殺したりしたらその時は許さないからな」

「そんなこと絶対にしないよ!」

「…わかったよ、それと…」


 昨日はすまなかった、そう小さくつぶやくと神君は行ってしまった。見逃してもらえた、ということでいいんだろうか。私はひとまず胸をなでおろすと教室に戻るのだった。




◇◇◇




 その後というもの、私はいろいろと大変だった。お母さんに神君のことを説得して、愛海の服を買いに行って、愛海の家族に謝って、とにかく大変だった。


「でも吸血種ってすごいのね、あんな傷も治っちゃうなんて」

「そうかもしれないね、愛海のおかげだよ」


 愛海の貧血もずいぶん改善してきたようで普通に話す分には健康体そのものに見えるまでになった。


「それで、私の血はどうだった?おいしかった?」

「えっ」


 突然そんなことを聞かれてびっくりしてしまった。もちろんおいしかったけど、状況が状況だったしそんなに味わっている余裕なんてなかった。私がそう言うと愛海は少し残念そうな顔をする。


「また吸っていいなら味を教えるよ」


 私が冗談でそう言うと愛海は急に顔を真っ赤にして目をそらしてしまった。


「あれ、どうしたの?」


 美夜のえっち、そう聞こえた気がしたけどたぶん聞き間違いだと思う。話の脈絡に合わないし何て言ったんだろう。聞き返そうとしたけど愛海は私と反対方向を向いて布団をかぶってしまった。


(まだ体調も万全じゃないだろうし、今はゆっくり寝かせてあげないと…)


 そうして私の大事件は幕を閉じた。


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