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私は吸血鬼  作者: ローズベリー
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1. 本当の私


「お、美夜おはよーー」


 私、黒瀬美夜に元気に話しかけてくるのは友達の野原菜月。肩につくかつかないかくらいで切られた赤い髪は明るくて元気な彼女によく似合っている。


「おはよー、相変わらず菜月は早いね。まだ一時間目まで30分もあるよ」

「だって家にいても暇だし早く美夜に会いたいもーん」


 私は軽く微笑み返すと自分の席に着いた。

 ここは私の通う都立第一中学校。私は中学3年生であと一年で卒業する。とはいっても第一高校とは校舎が違うだけで同じ敷地内にあるので特段変わることはない。


「おはよう」

「おはよう愛海」


 後ろから私にそう声をかけてきたのは小倉愛海。ベージュの髪を長く伸ばしておりおしとやかな印象を受ける。愛海は私と家も近くて中学に入ったころからよく遊んでいる友達だ。

 そうして私たちがいつものように3人でしゃべっているうちに授業の開始時刻となり、先生が入ってくる。


「では授業を始める。教科書100ページを開いて、今日はここからやっていく。…」


 いつものように教科書を開く。教科書のタイトルは"人間と吸血種"。

 この世界には人間と吸血種がいる。吸血種とはいわゆる吸血鬼であり、人間の血を食らい人間よりも長い時を生きる。見た目はおおむね人間と変わらないが、その瞳は赤く輝き、歯は人間のそれよりも発達して牙のようになっている、……らしい。

 らしい、というのは実際に見たことなんてもちろんないし写真でも見たことがないからだ。でも都市伝説とかそういうのではなく実際にいる。少なくはあるものの毎日都市のどこかで吸血種による被害が出ているのだ。幸いなことに私も私の家族、友人も含めて吸血種の被害にあったことはない。

 


「吸血種は人間を魅了しそのすきに血を食らう。みなさん、特に夜道を歩くときは十分注意して一人で出歩くことは極力避けてください。」


 先生はそう言って授業を終える。そして私は菜月の方をちらっと見て少しクスッとしてしまう。この授業の後は菜月はいつも少し怖がっているのだ。それに気づいた菜月は少しムスッとして私の方を見る。


「もう美夜、何笑ってるのよ」

「ううん、可愛いなあと思ってね」

「美夜は吸血鬼のこと怖くないの?」


 吸血鬼。菜月は吸血種のことをそう呼ぶ。人間よりも強い力を持ち人間の血を吸う吸血種は菜月にとっては鬼そのものなんだろう。


「まったく怖くないわけじゃないけど話を聞くだけでそんなに怯えるほどではないかなー」

「怖いよ!もし帰り道とかに後ろからバーッ!て襲われたらどうするのよ…!」


 もうこの授業も何十回とやってるけどまだ慣れないらしい。菜月のいうこともわからなくはないけど、そもそも吸血種は数が少ないらしく遭遇する確率なんてほとんどない。そう言おうとすると愛海が口を開く。


「でも別に襲われたっていいんじゃない?どうせ血を吸われるだけなんでしょ?」


 愛海はそれほど吸血種のことを怖がっていない。というのも、吸血種の被害はその多くが血を吸われて意識がなくなるというだけで殺されてしまうわけじゃない。まあもちろんそういうことがないわけではないんだけれど。かく言う私もそこまで怖がっているわけじゃない。


「愛海はほんとすごいよねー、その図太い神経私も欲しいわー」

「図太いはひどくない?菜月もそのうち慣れてくるよ」


 菜月はそんなわけない!と言わんばかりに口をすぼめ、私と愛海はそれを見てつい笑ってしまう。

 でも、私たち3人の中では菜月が怖がりすぎ、という感じになってはいるが、大多数の感情はむしろ菜月のほうに近い。吸血種は人間にとって恐怖の対象なのである。


「ハンターとかしてる人すごいよねー」


 菜月がそうつぶやく。


「それは私もそう思うわ。さすがに戦おうとは思えないかな」

「でもハンターさんのおかげで被害が少ないんだと思うし意外と男子には人気のある職業らしいよ?」


 そんな何気ない話をして今日も学校がおわる。


 いつもと同じみんなといつも通りのおしゃべりをしていつも通りの日々が過ぎていく。

 これがあっさりと変容してしまうなんて、私は想像すらしていなかった。




◇◇◇




「美夜ー、明日って美夜の誕生日だよね!」


 放課後、菜月が何やら楽しそうに私に話しかけてくる。明日は7月3日、私の15歳の誕生日だ。


「うん、そうだよ」

「「明日美夜のうちでお誕生日会しよ!」」


 菜月も愛海も目を輝かせてそう言う。急に言われたから驚いてしまった。


「え、めっちゃ急だね」

「んー、サプライズみたいな感じ?」

「美夜もパーティしたいでしょ?」

「したいけど、ちょっとお母さんに聞いてみないと…」


 今まで自分の家に友達を連れてきたことがなかったこともあり、急にパーティなんてお母さんがオッケーを出すかわからなかった。


「あ、急でごめんね」

「ううん、たぶん大丈夫だと思うし、ちょっと電話してくるね」


 私はそう言って二人と少し離れて家に電話をかける。


『もしもし』

「あ、お母さん?今日友達がお誕生日会を私の家でしようって言ってくれたんだけど大丈夫?」


 オッケーが出るか少し不安ではあったけど、お母さんは優しいしたぶん大丈夫だろうと思って「いいよ」と言われるのを待っていた。でもなかなか返事が返ってこない。


『……』

「あれ、お母さん?聞こえてる?」

『ああ、聞こえてるわ。………いいわよ、でもあんまり遅くまではだめよ。そうね、8時までに帰ってもらえるなら呼んでもいいわ』

「わかった!」


 お母さんからお許しが出たので、そう二人に言うと二人は大いに喜んでいた。


「あ、できたら友梨佳も連れて行っていい?」

「友梨佳ちゃんね、大丈夫だよ」


 小倉友梨佳、愛海の一つ下の妹だ。愛海に似て少しおとなしめだけど小さくてかわいい子。愛海と遊ぶときにたまに友梨佳ちゃんも一緒に遊んでいる。


「じゃあこれから買い物に行く?」

「「賛成!」」


 そうして私たちは明日の誕生会に向けて買い出しに向かった。




◇◇◇




「おおー!この新作のポテトチップスおいしそうじゃない!?期間限定だって!」

「ちょっと菜月、まずはケーキ探そうよ」


 菜月は新発売や期間限定にめっぽう弱い。


「ケーキだけじゃ足りなくなるかもしれないし、とりあえずケーキ買ってからおやつは考えよ」


 そう言ってケーキ売り場に向かう。


「今回の主役は美夜なんだから美夜の好きなやつにするよ。どんなのが好きなの?」

「そうだねー、やっぱりイチゴのショートケーキが一番好きかな」

「お、王道だねー」

「じゃあそうしようか」


 私たちはケーキを買うと次いでおやつコーナーに向かった。菜月はさっき言っていたポテトチップスをかごに入れる。


「他に何買おっか」

「私チョコレート好きだからこれとかどう?」


 愛海はそう言ってカカオ70%とかかれたものを手にとる。


「70ってちょっと苦すぎない?」

「私甘いのちょっと苦手なのよ」


 甘いのが苦手でチョコレートが好きとはどうなってるんだ、と思ったけど口には出さないでおく。確かに愛海はカフェとかではいつもブラックコーヒーを頼んでいた気がする。


「あ、これもよさそう」

「私はこれ買おうかなー」


 そうして結構な数のおやつがかごに入った。スナックとチョコレートばっかりで喉が乾きそうだなあ、なんて思う。


「あ、飲み物も買わないと」

「ほんとだ、忘れるところだった」


 そういって私たちは飲み物コーナーに向かった。オレンジジュース、カルピス、ウーロン茶といったパーティに欠かせない飲み物をかごに入れていく。


「おっもーーい!」

「ふふ、代わるよ、菜月」


 愛海がそう言って買い物かごを代わって持つ。重そうにしてる二人を横目に私はある飲み物に目を奪われていた。


「どしたの美夜?まだ何か買うの?」

「……トマトジュース」

「トマトジュース?買いたいの?」

「…ん、美味しそうだなと思って」

「まあトマトジュースはおいしいけど美夜ってトマトジュース好きだったんだね」

「…いや、飲んだことないんだけど…なんとなくかな?」


 自分でもよくわからないけど、ただなんとなく美味しそうな気がして買ってしまった。

 こうして私は大量に買ったものを持ち帰ることになった。




「ただいまー」

「おかえり、美夜」


 お母さんが笑顔で迎えてくれる。


「明日お友達三人呼んでくるね」

「ええ、いいわよ」


 そういってお母さんは買ってきた大量の買い物をみる。その時少し表情が曇ったのは気のせいだろうか。

 そして買ってきたものを冷蔵庫にしまっていく。


(あ、そうだ、なんでか買っちゃったトマトジュース…。やっぱりおいしそう、ちょっと飲んでみよ)


 そうしてトマトジュースを飲むと、うん、普通のトマトジュースだった。


 


◇◇◇




 翌日、学校を終えて三人がうちに来る。


「いらっしゃーい」


 私とお母さんがみんなを出迎える。


「はじめまして、小倉愛海です。こっちが妹の友梨佳です」

「はじめまして、野原菜月です。よろしくお願いします」


 お母さんはいつもの優しい笑顔でみんな迎えてくれた。昨日のあの顔はやっぱり気のせいだったのだろう。


 それから私たち四人はみんなで盛り上がった。


「初めて見たけど美夜のお母さんめっちゃ美人!」

「ほんとに!びっくりした」

「私もびっくりしました!でも美夜先輩もかわいいです…!」


 友梨佳ちゃんは私のことを美夜先輩と呼び、かわいいと言ってとても慕ってくれている。友梨佳ちゃんは愛海と同じベージュの髪で、左右でまとめてツインテールを作っている。


「みんなありがと。私の自慢のお母さんだからねー」


 お母さんに8時には帰すように言われたし、ここは早くパーティを始めよう。早速ケーキとおやつと飲み物を持ってくると、ケーキを切り分けて飲み物をいれる。


「さっそくケーキ食べよ!」


 私の15歳の誕生日、15本のろうそくが立てられていく。10本分を大きな1本にする案もあったけど、やっぱりたくさんあった方が盛り上がると思ってそうした。


「じゃあみんな歌うよー!」


 ハッピーバースデイトゥーユー

 ハッピーバースデイトゥーユー

 ハッピーバースデイディアみーやー

 ハッピーバースデイトゥーユー


 みんなが歌ってくれた後に火を吹き消し、そして一斉にクラッカーが鳴る。


「みんなちゃんと持ってきた?」


 愛海がそう問いかける。


「「「はいどうぞ!」」」


 そう言ってみんなから包みを受け取る。


「わあ、みんなありがとう!これ今開けていい?」

「もちろん」

「開けてください!」


 私は受け取った包みを開けていく。一つ目は、愛海からもらった包みを開ける。


「これは、ペンダント?」

「そう!かわいいでしょ?」

「うん、ありがと!」


 愛海にもらったペンダントは、球を細長くしたような形で赤や緑でかわいらしい装飾がなされていた。早速それを首から下げると、愛海はよく似合っているとほめてくれた。


 次に菜月にもらった包みを開ける。


「これは、十字架?」

「そうそう、たぶん迷信だと思うけど吸血鬼対策にはないよりはいいでしょ!」

「あらあら、それじゃ菜月が持ってた方がいいんじゃないの?」

「ふん、私はもう持ってるから!」


 なぜか、その十字架を見ると少し不安になり、なんとなく心の底が波立つ感覚がしたけど、もちろんそんなことは言わずにありがとうと言って受け取る。


 そして最後に友梨佳ちゃんからもらった包みを開ける。


「お、これはあのおいしいチョコレート!」

「はい、美夜先輩がこの前美味しいって言っていたチョコです!私はあんまり美夜先輩の欲しいものとかわからなかったので…」


 友梨佳ちゃんはちょっと申し訳なさそうな表情で私を見る。なんて可愛いんだろう、と自然に笑みがこぼれてしまう。


「そんなことないよ、とってもうれしいわ」



 そんなこんなでケーキやらおやつやらを食べておしゃべりをしているとすぐに時間の8時がやってくる。


「あ、もうそろそろ8時だ」

「ええー、もう?やだーあと少し!」

「ごめんね、なんかお母さんが大事な話があるみたいで…」

「…そっかあ、じゃあ仕方ないね」


 名残惜しそうにする菜月を引っ張って愛海と友梨佳ちゃんは帰る支度をする。私も何の話があるかは聞いてないけどお母さんの顔を見る限り大事な話なんだろう。


「じゃあみんな今日はありがとう!また学校でねー」

「「「ばいばーい」」」


 私はお母さんと一緒に玄関まで見送ると、三人はそう言って帰っていった。




「…美夜」


 友達を見送りまだうっすらと笑顔を浮かべる私にお母さんが声をかける。振り返るとお母さんは神妙な顔をして、少し悲しそうな目で私を見つめていた。


「…なに?お母さん、大事な話って?」

「とりあえず、部屋に戻ろっか」


 私とお母さんはリビングに戻り、ソファに腰掛ける。私はお母さんを見つめるが、黙ったままなかなか口を開かない。何か怒られるようなことをしてしまったのだろうか、と頭を回転させる。しかし特に思い当たるようなことはない。友達とも仲良くしてるし、成績だってちゃんと平均以上はキープしてる。他に何があるのかと考えたとき、お母さんが口を開いた。


「美夜、驚かないでほしいの」

「ん?それは聞いてみないとわかんないけど…」

「…」


 またいやな沈黙が訪れる。こんなに真剣な顔をして言うということはかなりの衝撃的なことを言おうとしているのだろうか。そして、お母さんが続ける。


「…美夜、まずこれを見て」


 何を見るの?と言おうとした瞬間、私は言葉を失った。赤色に輝く眼。いや、紅色。まるで底の見えない海のような、底知れない不安を感じる。そして一瞬頭が真っ白になった後、徐々に思考がはっきりしてくる。


(真っ赤に輝く眼…、吸血種。でもそんなわけ…。だってお母さんだもん。…いや、今まで言われてなかっただけでお母さんは吸血種…?なら私も…、いやそれはおかしい、私は吸血なんてしたことない。じゃあ目の前の人はお母さんじゃない…?いや、それも…)


 頭がぐちゃぐちゃになる。もしかしたら逃げた方がいいのかもしれない。でも足が動かない。そんな不安を感じ取ったかのようにお母さん続ける。


「美夜、安心して。お母さんはお母さんよ。」

「…、どういうこと…?」

「私たちはね、吸血種と呼ばれるものよ」


 信じられない、何を言っているのかわからない。


「信じられないかもしれないけど、美夜も吸血種よ」


 とどめのように、しっかりと、私に向かってそう言った。信じられないけど、嘘を言っているようにも見えない。それでもやっぱり信じられない。


「わ、私は吸血種じゃないよ…!だって血なんて吸ったこともないし吸いたいと思ったこともないわ」

「…それはまだ美夜が成人していなかったからそういう欲求がなかったのよ」

「成人って…、私はまだ15だよ?」

「吸血種は15で成人を迎えるのよ」


 一気にいろんなことを言われて頭が追い付かない。私は吸血種で、それに気づかなかったのは成人になる前で欲求がなかったからということ。それはつまり、これから欲求が出てくるということに他ならない。


「はは、嘘だよそんなの…」

「……」


 お母さんは何も言わない。そして何より紅く光る眼が私に事実を突きつける。


「ごめんね美夜、今まで黙ってて」

「いや、それは…」


 言葉が続かない。何を言えばいいのかわからなかった。頭がパンクしそうになる。


「急なことで戸惑うのもわかるわ。時間をあげるから、ゆっくりして落ち着きなさい」


 お母さんはいつもの優しい声でそう言った。その眼はいつも通りの黒い瞳に戻っていて、私に申し訳なさそうにリビングを出ていった。


 私はとりあえず自分の部屋に入ってベッドに寝転がり、さっき言われたことを反芻する。私は吸血種であるということ。別に私は大多数の人みたいに吸血種をそこまで怖がっているわけではない。でも自分がその吸血種であるというのは全く別の次元の問題だ。授業で教えられた吸血種という存在について思い出す。夜、人気のない道で人間を襲い、その血を食らうもの。多くの人間にとっての恐怖の対象。


(本当に私は吸血種なの…?もし菜月がこのことを知ったら…。いや、菜月だけじゃない。愛海もそこまで怖くはないと言っていたけど、実際に目の前に吸血種がいたら怖がると思う。いや、そもそも私は自分が吸血種なんて実感はない。血が飲みたいなんて思ったこと……)


 そこまで考えて私の脳裏をよぎった邪な考え。人間の血を想像したときに体のどこか奥底から湧いて出る、欲求。


(血……、一体どんな味がするんだろう………)


 そんなことを考え、頭を振る。明らかに異常な考え。今までそんなこと考えたこともなかった。途端に自分が怖くなる。今の自分がほんの少し前までの自分と大きく変わっているはずはない。なのに自分が大きく変わってしまったような気がしてしまう。その恐怖に思わず自分の体を抱きしめる。自分でさえ震えているのがわかる。


 私は恐怖に押しつぶされそうにそうになり、お母さんのところまで走っていく。そこにはいつも通りの優しいお母さんがいて、私は15にもなって思い切りお母さんに抱き着く。お母さんは優しく私を撫でてくれて、これ以上ないほど泣きわめいた。


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