8 人の為になる様な事をされてはどうですか?
相変わらず暇なのでオープンテラスで食事を終えてグダグダしてしまっている。
流石にこのままではいい加減にマズいとは思っているよ?
思っているのだが……本気は明日から出そうと思う。
そんな悩める私の前にアホ面したメグが大口を開けて居眠りを始めていた。
「一応女性なんですから、恥というものがないんですかね」
ユズリが呆れた表情でメグを見る。
こいつにバカにされるメグはどうしようもないんじゃないだろうか。
「そんな物はこいつに微塵も無いんじゃないか」
もともとそんな恥じらいとか持ってたら、こいつとはつるんでなかったと思う。
サバサバ系とは違うが、表裏がなくて付き合いやすい奴だとは思う。
……だがこの大口を開けて寝るのは流石に許せない。
「激辛ソース瓶の中身をメグさんのコップにぶちまけて何をやってるんですか?」
ユズリがつまらなさそうに頬杖をついて聞いてくる。
ここで止めてこないのがこいつのいい所だ。
「まぁ、見てろって」
そのまま私はメグの大きく開けた口に食卓塩を振りかける。
効果はてきめんだ。
「あがっ!? 何かしょっぱいよ!!」
「ほらこれを飲みな」
何が起きたのか分からなくて目を白黒させているメグにコップを手渡す。
「ありがとう——」
そしてメグがコップの中身を一気に飲み干す。
その水の中には激辛ソースがブレンドしてあるとは知る由もないだろう。
「何か辛いーーーー!!」
「あはははは!!」
「流石にそれはいじめですよ……」
ユズリがドン引きしているが止めなかったお前も同罪だぞ。
「一体何をやっているんですかー!」
悲鳴を聞きつけたレンファがすぐにメグに水を飲ませた。
目を離せばすぐこれだと溜息をこぼしている。
「だってヒマで仕方がなかったんだもん」
「そんなにヒマなら冒険者ギルドで仕事を見つけてはどうですか? お金には困っていないみたいですけど、人の為になる様な事をされてはどうですか?」
ぐぬぬぬ。正論過ぎてぐうの音も出ないぞ……。
「冒険者ギルドか。どう思うユズリ」
「そうですね。情報を集めるにはいい頃合いかも知れませんね」
「冒険者ギルド行こうよ! 何か面白い事もあるかもよ!」
復活したメグが急に乗り気になっている。まったく面倒くさい奴だ。
ま、しょーがない。やる事も無いし取り敢えず行ってみるとしますかね。
「それじゃ行って来るね。レンファ」
そう言ってメグが手を振り、私達はその場の勢いで冒険者ギルドへ向かう。
◆◆◆
「ここがこの街の冒険者ギルドなんだね」
「意外と小さいですね」
「あんまり繁盛していないんじゃないか?」
外からでも分かる。この冒険者ギルドには活気が無い。人がいない訳ではないが、冒険者への依頼が少ないのだろうか。
早速中に入ると、そこは食事を出すこじんまりとした店が併設されているごく平凡な冒険者ギルドだった。
中はそれなりに冒険者で賑わっているみたいだ。だけど揃って覇気が無い。
そんな中、いきなり私達が入ってきたので暇を持て余している冒険者の男共は色めき立っている。
これも私が美しすぎる為であろうな。
「取り敢えず依頼掲示板のチェックだな」
そんな冒険者達の視線を無視してまずは掲示板の確認だ。意外に大事なお知らせがあったりするのだ。
「私達の手配書はありませんね」
「そうだねぇ。あんだけボコボコにしちゃったから手配されてもおかしくなかったのだけど……」
ユズリとメグは自分達がまだお尋ね者になってない事に取り敢えず胸を撫で下ろしているようだ。
そもそもメグが勇者をボコらなきゃこんな事にならなかったんだけどな。
「それに手配と言えば、この遺跡破壊者ってのぐらいだね」
メグが男が描かれた手配書を指した。長髪で目つきの悪い男だ。
何やら古代遺跡でトレジャーハンター達とやり合ってるみたいだが、そんなのは私達に関係ないだろ。
「嬢ちゃん達、冷やかしなら帰ってくれないか?」
突然背後から口髭を生やしている冴えない中年男から声を掛けられた。
これでギルド職員の制服を着てなかったら不審者として殴っていたかも知れない。
「ああすみません。新しくこの街に来たので冒険者登録を更新しようと思いましてね」
ユズリが顔色ひとつ変えずに事務的に応対する。
こういう時のこいつの冷静さは正直羨ましい。
私は思った事がすぐに顔に出るからな。
「そうだったのか。ではこっちへ。受付の者にやってもらいな」
何か態度悪いなー。
絶対に接客に向いてないけど、どうせどこかでクビになってここに流れ着いたタイプだろう。
「ねぇ、テルアイラ」
メグが小声で話し掛けてくる。
何か気になる事があるのだろうか。
私はあるが彼の名誉のために敢えて黙っている。
「あの人って絶対にかつらだよね?」
メグの言葉に先を行く中年男の肩がびくっと反応する。
めちゃくちゃ聞こえてるじゃねえかよ!
「あ、そうなのか? 気のせいじゃないかなぁ……」
私だって空気を読む時は読む女だ。
こういうデリケートな話題は避けるのがマナーだ。
「ええー? あれ絶対にかつらだってばさ! ほら、めくれば分かるんだからテルアイラやってみてよ!」
こいつ絶対にわざと言ってるだろ! しかも何で私にやらそうとするんだよ。鬼か悪魔か!?
「もういい加減にしてくださいよ! 別にいいじゃないですか。誰だって人には言えない秘密が一つや二つあるでしょう? あなたもかつらだなんて気にしないでくださいね」
ユズリがとどめを刺しやがった……。
ギルド職員の男は茹ダコみたいに真っ赤になり、周囲の冒険者からは失笑が漏れる。
これは流石に可哀想で見ていられない。
「すまない。あのバカ二人にはきつく叱っておくから、お詫びとしてこれを受け取ってくれ」
私は真っ赤な顔の職員に薬瓶を手渡す。
「何だこれは……?」
職員が訝し気に聞き返す。
「超強力発毛剤だ」
「ふん……受け取っておこう」
満更でもなさそうな感じで職員はさっさと裏手に戻って行ってしまった。
「ところで私達、ギルド間で手配されていたらどうします?」
不安顔のユズリが聞いてくる。
そういう可能性もあるか。
手配書が回っていなくてもギルドのネットワークで手配されていたら元も子もない。
「その場合は……逃げる」
その時はその時だ。さっさとトンズラするしかない。
私達に安住の地はあるのだろうか。
「私は案外大丈夫だと思うけどなぁ」
メグはあくびを噛み殺している。
こいつの能天気な部分は時々羨ましくなるよ。
「こんにちは。今日はどの様なご用向きですか?」
向かった受付には二十代半ばから後半ぐらいのショートヘアーの女が営業スマイルで応対してくれる。
さっきの中年男とは大違いだ。
「新しくこの街に来たので冒険者登録を更新しようと思ってね。私はテルアイラ、こっちがユズリでこれがメグナーシャだ」
怪しまれないように軽く自己紹介をしてそれぞれ冒険者カードを提示する。
「はい、承りました。私はサラと申します。以後よろしくお願いしますね」
サラと名乗った受付嬢が冒険者カードを水晶版のタブレットに乗せて手続きを始める。
「あの……皆さんAランクなのですが」
サラが眉をひそめて私達の顔を窺う。
確かにAランク冒険者なんて滅多にお目にかかれるものではないから珍しいのだろう。
「今のうちならカードの偽造は見なかった事にしますよ? 正直この手合いが多くて衛兵に通報とか後処理が面倒なので、自主的に帰ってくれると嬉しいのですけど」
ひどい言われようだな。
はなから私達の事を信用する気は無さそうだ。
「ふむ。確かにいきなりでは信用されないだろうな……どうしたものか」
「やっぱり信用できませんか? 賞罰欄にも問題はないですよね?」
何とか穏便に済ませたいユズリが賞罰欄の確認を求める。
確かにそれなら褒賞を受けた記録が残っているので、それさえ確認出来れば問題ないはずだ。
「ええっと、賞罰欄ですね……これ何ですか。飲食店を破壊して罰金を払ったって」
サラの表情が険しくなった。
「見るのはそこじゃないですよ!」
確かに飲み屋を滅茶苦茶にしたことはあった。でもそれはユズリが酔っ払いからセクハラを受けてトラブルになったからだ。
しかも最終的に店をぶっ壊したのはメグだ。私は完全にとばっちりを受けた被害者だぞ。
「んん〜? 魔王四天王の他に魔王討伐!? ちょっと流石にこれは盛り過ぎでは……」
おお、困ってる困ってる。
でも残念ながら本当の事なのだよ。
「だったら証拠を見せるね。はい魔王の角」
メグがそう言うなりアイテム袋から大きな角を取り出してドスン、と受付カウンターに置いた。
「ひっ!!」
いきなり目の前に禍々しい凶悪な角を置かれてサラが恐れおののいている。
うん、私もいきなり目の前に出されたらおしっこちびるかも知れない。
見ているだけで呪われそうなオーラが出ているし。
隣の受付に待機するサラの同僚もそれを見て腰を抜かしていた。
「私の一存では判断しかねますので、そちらに掛けて少々お待ちください……」
声を出すのもやっとのようなサラが慌ててギルドマスターの部屋に事情を説明しに向かっていってしまった。
「どうします? 何だか面倒な事になった気がしますけど……」
テーブル席の一つに腰掛けてユズリが頬杖をつく。
「ここで逃げたら余計に心象が悪くなるよな。でもギルドネットワークに私達は手配されていなかったみたいだし、そこは確認出来て良かった」
「まったく失礼しちゃうよね。私、あの角がお気に入りだったのに」
私達の飲み物を受け取ってきたメグが席につくなり愚痴る。
「いやいや、あんなの誰だって見たら気持ち悪がりますよ。私は早く捨ててほしいぐらいですから」
ユズリがジト目でメグを見ていると突然声を掛けられた。
「お姉ちゃん達どこから来たの? 良かったら俺達に付き合ってよ」
「何だったら今晩ベッドの中まで付き合ってくれてもいいんだぜ?」
昼間から酔っぱらっているのか冒険者の男達が下卑た笑いを浮かべながら近付いてきた。
酒は飲んでも飲まれるなと昔から言うのにな。
私なんていつもスマートに飲むから、それはそれは周囲から酒飲みの聖女と言われた物だ。
「ここで暴れたらもっと面倒な事になるんですよね……」
ユズリが溜息をこぼす。
うん。その気持ちはよく分かるぞ。
「猫耳のお姉ちゃん、綺麗な尻尾だねぇ」
男の一人がメグの尻尾を握ってしまった。
こりゃマズい。
「うひゃぁ!!」
「メグ我慢しろ!」
裏拳を叩きこもうとしたメグの手を間一髪で掴む。
「ここで騒ぎを起こすな。分かるな?」
そんな恨みがましい目で睨まれても引き下がらないぞ。
いきなり尻尾を握られるのがメグにとって一番嫌なのは重々承知している。
だけど今は我慢してくれ。
「まぁ私に任せろ」
涙目のメグに笑い掛けて男達に向き直る。
さてどうしてやるかな……今回は精神系で行くか。
「何だい? エルフの姉ちゃんが俺達の相手をしてくれるのか?」
「ちょっと年増みたいだが俺達は気にしないぞ」
少し眠らせてやろうかと思ったけど、そんな気は失せた。
「精神を司る精霊よ汝ら我の呼びかけに応えよ——」
私達に絡んで来た男達は急に上気した顔になりお互いを見つめ合う。
はたから見るとひどい絵面だ。
「お前、改めて見ると意外とセクシーだな……」
「お前こそ濃い胸毛が俺の琴線に触れる……」
そして男達は抱き合い、濃厚なキスをして密着しながらギルドから出て行ってしまった。
本当にひどい絵面だ。
「うへぇ。いつ見てもテルアイラはえげつないなぁ」
「それについては私もメグさんに同感ですよ」
「失礼な! 私はいつだって非暴力で通しているのだぞ!」
そんな私達を他の冒険者達は唖然とした表情で見つめている。
そして心なしか私達から少し距離を置いた気がする。何かひどくない?
「あの、みなさん。別室でお話を伺いたいので、お手数ですがこちらの部屋に来ていただけませんか?」
丁度良いタイミングで受付のサラが声を掛けてきたのだった。