番外編 10 テルアイラ実家へ帰る・5
「うわー地元だよー! いつ振りだろうなー、懐かしくて鼻水出るわー!」
大変に久方振りな地元の集落なので、思わず変な笑いが出た。
それは妹も同じみたいで、周囲をあちこち見回して挙動不審になっている。
「アイラちゃんもファリアちゃんも久々に帰ってきたのに、歓迎式典とかしてあげられなくてごめんね?」
うちの母親はいきなり何を言うのですかね。
そんな式典なんかされたら、それこそこの集落にいられなくなるっての。
「へー、ここがテルアイラの育った集落なんだね。私、こういう場所は結構好きかな?」
「自然が多くていいところですね」
「メグちゃんとユズリちゃんもいい事言うわね! ご褒美に抱きしめてあげちゃう!」
「やったー!」
「ちょ、ちょっと、恥ずかしいですよう!」
「ほらほら照れないの~」
……本当にうちの母親は何をしてるのでしょうかね。
見た目が少女なので、メグとユズリとじゃれ合っていても違和感が全く無いのが恐ろしい。
思わず妹と顔を見合わせて溜息を吐いてしまった。
「でも懐かしいね、姉さん」
「何がだよ?」
「ほら、昔は私達も母さんにああやって抱きしめられてたよね」
「……そうだな」
ふと幼かった頃に妹と一緒に抱きしめられた感触を思い出してしまった。
なんだろう、こう妙に切なくなるのは。
将来の事なんて何も心配しなくて、毎日駆け回って楽しかった日々。
そんな毎日が永遠に続くと本気で思っていたあの頃の私……。
あー! 嫌だ嫌だ!
こんな気持ちになるのが嫌だから、地元に帰りたくなかったんだよなー。
思い出から現実に戻る時のこの苦痛は、筆舌に尽くしがたい。
「だったら、またお母さんと一緒に暮らす? アイラちゃんとファリアちゃんと仲良く暮らせたら、お母さん嬉しいな?」
いきなり母親が私達の顔を覗き込んできた。
そのなんでもお見通しって表情が腹立つな。
「それは無理だよ母さん。私も仕事があるんだよ? それに、姉さんだって冒険者をしてるんだから……」
「ふーん、何よー。ちょっと言ってみただけじゃないの! ファリアちゃんのいじわる!」
可愛らしく頬を膨らませる母親の姿を見るのも、中々キツいものがあるな……。
「ちょっとアイラちゃん? 今何か失礼な事を考えてなかった?」
頼むから私の思考を読むな。
「ねー、テルアイラ。面白いお母さんだね?」
「別に面白くもなんともないだろ、メグ」
「そんな事ないよー。私のお母さんって、上品過ぎるっていうのかな。ちょっと甘えにくいんだよね……」
「いや、お前の年齢で母親に甘えるのもどうかと思うぞ」
「だって、私、小さい頃に両親と離れ離れになったから、甘えたくても甘えられなかったし……」
「まあ! そうだったの!? だったら遠慮なく私に甘えていいからね、メグちゃん!」
いきなり母親が割り込んでくるなりメグを抱きしめ、頭を撫で始めている。
「えへへ~」
そして素直に甘えるメグ。
こいつ、すっかり骨抜きにされてるな。
「なんか、私もテルアイラさんのお母さんに憧れちゃいますね」
「ユズリまで何を言うんだよ!?」
「だって、私の母親って絵に描いたような肝っ玉母さんで、色々と雑なんですよ。こうやって可愛らしいお母さんっていいなって……」
「あら! ユズリちゃんも嬉しい事を言ってくれるわね! でもユズリちゃんのお母さんは雑じゃなくて、あなたの事を信頼してるからこそ、本心で接してくれてるのよ」
「そ、そうでしょうか……」
「絶対そうよー。じゃなかったら、こんないい子に育たなかったはずだわ」
「そんな風に言ってくれた人、初めてです……」
恐ろしい。
こんな短時間であの二人が完全に手懐けられている。
やはり、あの女は化け物だ……。
「それはそうと、母さん。父さんはどうしてるの?」
「ファリアちゃんはパパっ子だったものね。元気してるわよ。早く顔を見せてあげましょうね」
「うん!」
妹もすっかり母親のペースに乗せられている。
くそ、私は絶対にあの女に屈しないぞ!!
「うふふ。アイラちゃんの強がりもいつまで続くかしらね? 早くお母さんの胸に飛び込んできて」
やっぱりこいつは化け物だ!!
そんなこんなで実家に帰ってきた。
マジで何年振りだろうな。
集落一番の秀才で名の通った妹は、大きな街の学院に入学するため、私より先に家を出て行った。
なので、こうして家族全員が揃うのは本当に久しぶりである。
ちなみにだが、私は集落一番の天才と呼ばれていたぞ。
「アイラちゃん、自称天才の口癖は治ったの?」
だから私の思考を読むんじゃないっての!!
まったく、ひどい母親だな。
「はい、ここがアイラちゃんとファリアちゃんのお家でーす!」
そんな自慢気に紹介する家じゃないと思うんだがなあ。
とは言っても、私と妹にそれぞれ部屋があったし、来客用の部屋もあるから平均的な家よりは広いのだろうか。
「うわー! 懐かしいなー! 姉さん、早く入ろう!!」
「おい、待てって。お前は父親に早く会いたいだけだろ」
「分かってるなら、早くしてよ!! グズグズすんな!!」
いきなり逆ギレかよ。
まったく、妹もいつまで経っても子供だなあ。
「あら、アイラちゃんなんて、昔は『右目が疼く!』とか『右腕に封印された邪竜が!!』とか言ってたじゃない? 少しは成長したの?」
「おい! 私の黒歴史を掘り返すなよ!! メグとユズリもいるんだぞ!?」
「そっかー。テルアイラもそういう時期があったんだねー。私は無かったけど」
「そういうお年頃って、ありますよね。私もありませんでしたけど」
「おい、その生暖かい目をやめろ! 今はそんな事無いから!!」
くそ、だから帰ってきたくなかったんだよ。
溜息を吐きながら、懐かしの我が家に入ったのだがリビングの入口で妹が固まっている。
石化の罠にでも掛ったのか?
「おい、どうした? 早く中に入れよ。後ろがつかえてるんだけど」
「姉さん、あれ……」
「ん? あれってなんだよ──」
妹が指差す方向を見ると、オーク……いや豚が転がっていた。
何故我が家のリビングに豚がいるんだ?
「なあ、母さん。いつからウチはペットの室内飼いを始めたんだ?」
「ペット? いやねぇ。あれ、パパよ?」
はい?
あれが父親ですと……?
妹が完全に固まってしまっている。
こいつ、父親に甘えまくりだったからなー。
それもそのはず、娘の自分が言うのもなんだけど、私の父親は集落でも屈指のイケメンなのだ。
面食いの私も流石に実の父親に憧れるとかは無かったが、妹は完全にファザコンであった。
それこそ『私、大きくなったらパパのお嫁さんになる』を思春期に入っても言ってたぐらいだ。
それで一度、父親を取り合ってマジで母親と喧嘩をしていたのを私が止めた事もあった。
「……え? 嘘、でしょ? あれがパパなの? ママも冗談やめてよね……?」
ショックのあまり、妹が遂にパパとママ呼びになってるな。
一方、事態が飲み込めないメグとユズリは置いてきぼり状態である。
「えっとな、信じたくないんだけど、あの豚が私の父親らしいんだ……」
「そうなんだ……」
「なんか、すごいお父さんですね……」
うむ、無理にコメントしなくてもいいからな。
そんな事を考えてると豚がむくりと起き上がった。
よく見ると、ちゃんと服も着てるし二本の足で立っているので、辛うじて人型であるのが分かる。
というか、ぶっちゃけただの肥満だった。
「ぷふー、アイラとファリアもお帰りぷふー!」
……これ、どう反応していいんだろうな。
あ、遂に妹がぶっ倒れた。




