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番外編 9 テルアイラ実家へ帰る・4

 さて、妹のファリアにはああ言ったが、どうしたものか。

 先程から森の中を全力に近い速さで駆け抜けているのに、私の動きを読んでいるかの如く的確に矢を射ってくる。

 悪い事に、こちらの残りの矢は矢筒の中に二本だけ。


 あのバカ妹がファッションで持ってた弓なので、そもそも矢の数もほとんど無かったのだ。

 これじゃ牽制にも使えない。

 頼りの精霊魔法も、先程から精霊が呼び掛けに応じない。

 無論、通常の魔法も何かの力によって封じられている。

 恐らくは森全体が結界みたいになっているのだろう。

 でなかったら、とっくに周囲を焼き払ってたところだ。


 そうこうしているうちに、新たに矢が射られてきた。


「ふんむ!」


 思わずどこかの獅子顔のオッサンみたいな口調になってしまったが、飛んできた矢を咄嗟に掴んで回収する。

 やれば意外とできるもんだな。

 かと言って、ピンチなのは変わりがないが。


 すぐさま矢をつがえて射る。

 すると、これ見よがしに私の射った矢を向こうが放ってきた矢で弾き落とす。

 こんな芸当、その辺のエルフじゃできないだろ。

 魔法は使えない。矢も落とされる。

 これ、詰んでない?


 それとも、ここは一気に打って出るか?

 肉弾戦はスマートじゃないし、苦手であるのだけど。

 気配を読む限り、私を狙っているのは一人だけみたいだ。

 残りはメグとユズリ達が対処してる事だろう。


 大木の影に身を潜め、周囲を窺う。


 くそ、向こうも気配を完全に消してやがるな……。

 動いたら覚られる。それは相手も同じで、我慢比べとなった。




 ……どのくらい時間が経ったのだろう。

 辺りは木々の葉が風で揺れる音や鳥のさえずりが聞こえるだけだ。

 そして、私は別の敵と戦っている。


 そう。尿意という強敵だ。


 こればかりはどうにもならない。

 いくらなんでも、こんな実家に近い場所で漏らしたなんてバレたら『お漏らしアイラ』なんて呼ばれてしまうだろう。

 そんなのは親戚のロワリンダだけで十分だ。

 そういえば、アイツ昔はよく漏らしてたなぁー。


 って、それどころじゃない!

 そろそろ洒落にならなくなってきた。

 どうする?

 恥を忍んで、一旦待ってもらうか?

 だが、流石にこの状況でトイレ休戦なんてあり得ないよな……。


 とにかく耐えてくれ、私の膀胱ぼうこうよ!

 そんな事を考えていると、


「ちょっとゴメン! 少し待ってもらえるー?」


 向こうの方から声が聞こえてきた。

 やはり、私の知っている女の声だな。


「どうした? 休戦にするのかー?」


「えっと、お花摘みに……」


 向こうも我慢してたよ!!

 しかし、これはチャンスである。


「あー、実を言うと私もなんだ」


「アイラちゃんは大きい方? 私は小さい方!」


「私も小さい方だよ!! ていうか、その情報は要らないだろ!!」


 本当に最悪だよ!!


「ねー、ちょっと木陰でするの怖いから近くにいてくれない? 代わりに私がアイラちゃんがしてる所を見ててあげるからー」


「うるせえよ! その辺で一人でしてろよ!!」


 そもそもなんで、私が見られながらしなくちゃならないんだよ。

 いつだってアイツはそういう事を言う奴だ。



「アイラちゃん、ひどいよう!」


 突然、私の背後から非難する声が聞こえた。


「しまった……!!」


 いつの間にか私の背後に奴が立っている。

 くそ、私としたことが油断した!!


 やられる……と思ったのだが。


「ほら、アイラちゃん。一緒にお花摘みに行こう?」


 えー。連れションとかないんですけどー。





  ◆◆◆





 何が悲しくて、こんな奴と一緒に連れションなんてしなくちゃならんかったのだ。

 結局あれから勝負もウヤムヤになってしまった。


 悔しいけど、あのまま勝負を続けていても私の負けだっただろうな。

 その位の力量の差はあった。

 仮に魔法を封じられていなくても、正直勝てた気がしない。


 そんなこんなで、置いてきた妹の回収へ向かう途中、メグとユズリと合流した。

 二人は何故かボロボロの姿で泣きじゃくっている女のエルフに肩を貸していて、その様子を不安そうに見つめる数人のエルフ達。

 それぞれが傷を負っている。

 あの二人、もう少し手加減してやれよなー。


 もっとも、私は同族相手に手加減するつもりは微塵も無いけど。



「テルアイラの方も終わったのー?」


「こちらも色々と大変でしたよ……」


 その割には二人とも元気そうだな。

 すると、私と戦っていた女が興味深そうに尋ねてくる。


「ねえねえ、アイラちゃん。この二人は?」


「あー、私のパーティーメンバーだよ……」


「へえ!? あのアイラちゃんがパーティーメンバー作ったんだ!?」


「うるせえよ。私だっていつまでもソロな訳ないだろ。それに後輩ともコンビで冒険者やってた時もあるんだよ」


 本当にウザい女だ。

 会う度に絡んでくるから、妹以上に苦手なんだよなー。



「ねえ、テルアイラ。その女の子は誰?」


「幼馴染みの方ですか? 随分と可愛らしい子ですけど……」


 あー、本気でこんな奴を紹介したくない。

 どうしよう。このまま他人の振りでもしておくか?


「えっとな、そこで知り合っただけの──」


「初めまして! 私はアイラちゃんのお母さんです!! よろしくね!!」



 もう帰りたい。

 と言っても、実家に帰ればこの女も一緒だけど。


 そんでもって、母親の紹介を受けた二人はというと……。


「こんにちはー。私はメグナーシャです。メグって呼んでね」


「私はユズリです。あまりテルアイラさんに似ていらっしゃいませんね。若くてむしろ娘さんに見えますよ」


 おい、もう少し驚いてやれよ。

 こういうのはお約束だろ。


「ええー。私の方が娘に見えるの? 嬉しいこと言ってくれるわね、ユズリちゃん!」


 いきなり馴染んでるんじゃないよ。

 他のエルフ達も呆気に取られてるぞ。


「それはそうとメグ。その肩を貸してる奴はどうしたんだ? 服はボロボロだし、めちゃくちゃ泣いてるじゃないか」


 そこまで泣かす事は無いだろ。

 下手するとトラウマになるぞ。


「この子なんだけどさ、うっかりトレントに掴まっちゃったみたいで、襲われかけてる所を私とユズリで助けたんだよねー」


「まったく、あの破廉恥なトレントはなんなんですか!?」


 ユズリがプンスカと怒っている。

 外敵用の罠として配置した人喰いトレントだが、女を見ると苗床にしようと問答無用に種付けしてくるらしい。

 そんなのに自分達が襲われてるんじゃ本末転倒だな。


「じゃあ、他のそいつらは?」


「私達より先に助けようとして戦ってたけど、返り討ちにあってたみたい」


「邪魔でしたので、私とメグさんだけで討伐しましたよ」


 むしろ足引っ張ってるだけじゃないかよ。

 こいつら何がしたかったんだろうな。

 だが、私の母親はそれを聞いて表情が変わった。



「あなた達、お客様に助けていただいて恥ずかしくないの?」


 微笑んではいるが、目は笑ってない。

 あれはマジギレの時の顔である。


「も、申し訳ありません!!」


「後で話がありますから、覚悟しておきなさいね」


 その気迫は、流石のメグとユズリも尻尾の毛を逆立てている。

 娘の私が言うのもなんだけど、見た目だけは可愛らしいんだよなぁ。

 その外見に騙される奴は数知れず。



「それはそうと、ファリアちゃんは?」


 二コリと不気味に微笑んだ母親が尋ねてくる。


「あー、アイツは役に立たなかったから、向こうで隠れてるはずだが……」


 私が言い終わらないうちに母親は駆け出し、すぐさま妹の首根っこを掴んで戻ってきた。

 当の妹は何が起きたのか分からないって顔をしている。


「さあ、これで全員かな?」


 母親が周囲を見渡す。

 手荒く歓迎してくれたエルフは知らんが、私達はこれで全員だ。


「ようこそ、わがエルフの里へ!」


 母親がにこやかに言うが、なんか納得いかない。


「アンタさあ。歓迎するなら、なんで襲ってくるんだよ」


「え? こういうのってお約束じゃないの? こういう事をすると冒険者さんが喜ぶって、聞いたのだけど……」


 知らねえよ。

 そもそもどこ情報だよ、それ。


「おい、ファリアはこの事を知ってたのかよ?」


 未だ状況がよく分かってない妹を問いただす。


「い、いや私だって知らないよ。私はただ、姉さんを連れてこいと言われただけで……」


 まったく、何を考えてるのやら。

 おかげで無駄に疲れたわ。

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