番外編 8 テルアイラ実家へ帰る・3
妹が借りてるという家までやってきた。
なんの変哲もない、こじんまりとした一軒家である。
「お前、転移魔方陣のために、わざわざ家を借りてるのか?」
「あれ? 姉さん、知らないの? 今は各エルフの里共同で、世界各国にこういった拠点を設けてるじゃない。一応、ここは里の代表として、私名義で借りているけど」
「……ちょっと待て。すると、なんだ。エルフの里のネットワークでもあるのか?」
「そうだけど……。姉さん、本当に知らなかったの?」
「私は知らん」
妹が絶句している。
絶句したいのは私のほうだよ。
「じゃあ、転移魔方陣で各エルフの里に一瞬で移動できるとか?」
「いや、流石にそれは無理。共同で管理している中継地点に繋がってるだけだよ。それにここは特別だから。普通は町の外とかにあるからね」
マジですか。
私、今までに中継地点があるなんて、一度も教えてもらった事がないのだけど。
「大昔は普通にあったみたいだけど、私が転移魔方陣を再現させる前は、ほとんど廃れちゃってたみたい」
ぐぬぬ……。
なんかそんな話を聞いたような記憶があるが、さっぱり分からん。
「ねえねえ、この家は他に誰か使ってるの?」
「何人かで住んでいる形跡がありますね」
メグとユズリが部屋の中をキョロキョロと見渡している。
今にも家探しをしそうな勢いだ。
「私の友人達とシェアハウスにしてるんですよ」
聞けば、以前『学祭』で妹と一緒にいた二人の仲間だそうだ。
一人は研究者で、もう一人は冒険者だとか。
普段は別の町で暮らしているらしい。
「……って、その二人も転移魔方陣を利用してるのか? そいつらは部外者だろう!?」
ある意味、エルフの重要機密だろうよ。
そんな簡単に使わせてしまっていいのだろうか。
「使う時は私が使用許可証を持たすし、ここからエルフの里には直接転移はできないよ」
「じゃあ、どうやって実家まで帰るんだよ?」
てっきり、実家のある里までひとっ飛びだと思ってたのだけど。
「落ち着きなよ、姉さん。これが転移魔方陣だよ」
小さな個室の床の中央に、複雑な模様が描かれた布が敷かれていた。
「これで別の場所に移動できるの?」
「確かに、何かしらの魔力は感じますが……」
メグとユズリが興味深そうに床の魔方陣を覗き込んでいる。
妹は屈んで転移魔方陣の布に触れると、何やら呪文を唱え始めた。
「これで準備が済んだよ。じゃあ、まずは私から行くので、そのままついてきて」
そう言って、妹はためらいもなく魔方陣の上に乗ると消えてしまった。
「ねえ、テルアイラ。これって大丈夫なの?」
珍しくメグが不安そうな顔をしている。
こいつ、こういうのが苦手なのだろうか?
面白い。いっちょ脅かしてやるか。
「次はメグ、お前が行けよ。ほら」
「え!? えええええーーーーーー!?」
メグを魔方陣の方へ押し出したら、泣きそうな顔のまま転移していった。
思った通りの反応で嬉しいぞ。
「ちょっと、テルアイラさん? 今のは可哀想じゃないですか!?」
「ユズリも行ってこーい」
「えぇ!? いきなりですかーーーーーー!?」
ユズリも消えた。
……さて、私はどうしよう。
このまま、宿に帰って寝るとするか。
うん、それがいいな!
そう思って、踵を返そうとしたら、魔方陣が光って妹が現れた。
「姉さん? まさか逃げようと思ってないよね?」
ギクッ。
「ははは、まさかそんな訳がないじゃないかー」
くそう、読まれていたか。
「だったらいいけどね。ほら、行くよ」
「あ、ちょ、待てよ!?」
妹に腕を掴まれて、転移魔方陣に引き込まれてしまった。
気がつくと、見知らぬ小部屋の中である。
「ここはどこだ?」
「中継地点だよ」
妹に引っ張られながら小部屋を出ると、メグとユズリの他に見知らぬエルフの男女がいた。
「こちらが、ここの中継地点の管理されている方達だよ」
妹が紹介してくれたので、会釈しておく。
当たり前だが、女の方は私達と同じスレンダーな体形である。
やっぱり、マリアの胸がおかしいのだと思う。
管理人への挨拶はそこそこに、現在地を聞いたら西方諸国の一つらしい。
ここから再度転移して、次の中継地点に向かうそうだ。
「よく考えてみるとさ、この転移魔方陣って、他のエルフ達も普通に使ってるのか?」
「使ってるよ。ほら、前に里で姉さんが面倒をみていたロワリンダちゃんだっけ? あの子も里に帰省する時も使ってるし」
なんですと……。
アイツも使ってたのかよ!
知らないのは私だけなのか!?
「まあ、いいじゃない。今日から知ったんだし」
「よくねえよ!! 私だけ仲間外れじゃないかよ!!」
そんなこんなで、いくつかの転移魔方陣を中継して、実家の里の最寄りの中継地点に到着した。
「へ~。なんかあっという間だったな」
グリフォン型ゴーレムの全速力でも、休憩なしで三、四日はかかると思っていたのだが。
感心する私の隣でメグがグロッキーになっている。
どうやら、転移酔いみたいだ。
転移する際に魔力を使うので、耐性が無いとこうなるらしい。
「うぅ……気持ち悪いよう」
「大丈夫ですか、メグさん? 肩を貸しますから掴まってください」
「ユズリ、ありがと~」
こいつ今日は使い物にならんかもな。
「そんで妹よ。里まではどのくらいだ?」
「えっと、すぐだよ。だけど、森を抜けないといけないから」
あの森か。
部外者を寄せつけないため、結界が張られている森なのだ。
一般人が森の中に入っても同じ場所をグルグルと回った挙句、気づいたら森の外に出てたって感じになる。
いつだったか、知り合いの薬師のババアが普通に抜けてきやがった事もあったが、あいつが特別なだけだ。
「じゃあ、私の後についてきて。はぐれると迷うから」
まったく、誰に向かって言ってるんだか。
「姉さーん、そっちに行くと人喰いトレントがいるよー」
マジか!?
地元もすっかり恐ろしくなったな。
「ほら、未だに魔王軍との争いの後の小競り合いが続いてるからね。私達を奴隷にしようと、不届き者も多く現れるんだよ。その為の罠ってやつ」
そうなのか。
なんだかんだで、あの国の王都は平和だったから、すっかり平和慣れしてしまったよ。
「へー、人喰いトレントかあ。ちょっと戦ってみたいな?」
メグの奴、もう復活したのかよ。
やっぱ、こいつ化け物だよな。
「やめておいた方がいいですよ。あのトレントは女性を見ると、問答無用で苗床にしようと枝を触手にして襲ってきますから」
おいおい、とんでもない変態種もいるもんだな。
今度焼き払っておくか。
「苗床って、どういう事? ユズリは分かる?」
メグに聞かれて困り顔のユズリは、そっと耳打ちをして教えてやると、途端にメグの顔が真っ赤になった。
あいつ、変なところで初心だよなー。
そんなやり取りを交えつつ、森の中を進んでいると矢が飛んできた。
同時にメグとユズリがそれを叩き落とす。
「え? え? 何ごと!?」
妹は訳が分からないって顔をしている。
しかも、射られた事にも気づいていないみたいだ。
「誰かが私達を狙ってるぞ。メグとユズリはともかく、エルフの私達まで狙うなんて、いい度胸してるな」
恐らく里の住人だろうが、同族の私達まで狙うなんて、やる気満々じゃないか。
「待って!? 私そんなの聞いてないよ!」
「聞いてないって、お前が言ってたじゃないかよ。里の者は余所者を嫌うって。だから狙われてるんだろ」
その間にも連続して矢が射られる。
妹をかばいながら、二人に指示を出す。
「殺さない程度にやってくれ」
「りょーかい!」
「分かりました!」
同時に二人の姿が森の奥に消えるが、私達に射られる矢が止まらない。
ていうか、私に矢が集中してないか!?
なんとか手で叩き落としているが、このままじゃ埒が明かないぞ。
風の精霊魔法で障壁を作ろうとしたが、精霊が呼びかけに応じない。
「どういう事だ!?」
「姉さん、相手に上位の精霊使いがいるよ! 私も精霊が封じられている……」
マジか!?
この里に私より上位の精霊使いなんているのか?
……いや、一人だけいたな。
「仕方ない、物理攻撃だ。ファリア、お前がやれ。私は矢の対処をする」
「ふぇ!? 私がやるの!? 無理無理無理! 無理だってばー!!」
「お前が背負ってる弓は飾りなのかよ?」
「……これは、エルフとしてのファッションっていうの?」
思わず死ねと叫びそうになったが、我慢する。
そのまま妹から弓をひったくり、叩き落とした矢を拾ってつがえる。
「お姉ちゃん、弓を使えるの!?」
「私を誰だと思ってるんだよ!」
矢を放つと、途中で飛んできた矢とぶつかって弾け飛んだ。
くそ、防がれたか。
向こうもいい腕をしている。
「ファリア、お前は伏せていろ。向こうの狙いは私みたいだ」
「う、うん!」
そう言って、私は薄暗い森の奥へ駆け出したのだった。




