番外編 3
今年もやってきた一大イベント。
いつから広まったのか、誰が広めたのかは知らないが、好きな異性にチョコレートを渡す日である。
もっとも最近は、異性に限らず友人等に配ったり、交換するのが流行らしい。
無論、私は愛しい少年に渡そうと思っているぞ。
昨年は愛の隠し味と間違えて下剤を混ぜてしまったが、同じ失敗は二度と繰り返さない。
そんな訳で、レンファの店を借りてチョコレート作りに勤しんでいる。
しかし、ここの厨房は結構広いよな。
レンファの親父さんは、よく一人で切り盛りしてると感心してしまう。
「どうでもいいけどさ、なんでお前らまでいるんだよ。まさか、みんな少年を狙っているのか!?」
私がチョコレートを湯せんしている隣で、メグとユズリとミンニエリも同様の事をしていた。
「私? あの子にはお世話になってるから、そのお礼って感じだよ。後はお父さんと弟の分かな」
まあ、メグの場合は色恋沙汰には縁遠そうだし、心配は要らないか。
「私はほら、彼は将来有望でお金の匂いがしますので、今から関係作りですよ」
ユズリはなんて卑しいのだ。
まあ、こいつの場合は普通に義理チョコだろうから、ある意味安心だな。
「えっと、私は父上の分と、彼にも色々とお世話になりましたので……」
ミンニエリ、こいつが一番要注意人物だ!
なんだかんだで、少年とスイーツ食べ歩きしている仲だからな。
……後でミンニエリのチョコに下剤を混ぜておくか。
私が色々と画策している横で、レンファとミラがチョコレートをラッピングしている。
「お前達、もう作ったのか? 早くね?」
私が感心していると、レンファとミラが呆れ顔になる。
なんか馬鹿にされたみたいで、無性に腹が立つな。
「テルアイラさん達がゆっくりし過ぎなんですよ。私達は昨日のうちに作り終えましたからね」
「ですので、これからレンファさんと一緒に関係各所に配りに行って来ます」
なんですと!?
まさか先を越されるとは!!
「ちょっと待てい!! お前達、あの少年にも配るのか!?」
「当たり前じゃないですか、常連さんですよ。もちろん、リューミアさんとルーミさんに他のお姉さん達にも配りますけどね」
確かに、お得意様にはサービスしておかないといけないな。
レンファも中々商売上手じゃないか。
「あのお兄さんなら、テルアイラさんのチョコより、私が作った方が美味しいと言ってくれるに違いありませんね」
ミラの奴、この私に喧嘩を売るとはいい度胸だな。
とっ捕まえてやろうとミラに近付くと、何やら可愛らしい小さな包みを私に差し出してきた。
「はい。私とレンファさんからです」
「え? お前らが作ったチョコなのか?」
「そうですよ。他に何があるって言うんですか? 他の皆さんの分もありますから。メグ姉様の分は増量してあります」
ミラの奴が勝ち誇った顔で言いやがる。
悔しいが何も言い返せなかった。
「日ごろお世話になっていますので、皆さんもどうぞ~」
レンファがメグ達にもチョコを手渡している。
なんという気配りだ!
じゃなくて、そんな事で私達のご機嫌を取ろうだなんて、考えが甘いわ!!
「わぁ! レンファとミラもありがとね!!」
「お二人ともありがとうございます」
「私にもいただけるのですか? 嬉しいです!」
ぐぬぬぬ!
メグ達め、あっさりと買収されやがって!
そうだ! レンファとミラにも下剤入りチョコを食らわせればいいんだよ!!
ふふふ、待っていろ。
お前達が帰って来たら、とっておきのをチョコを食らわせてやるからな……。
ほくそ笑みながら二人が出て行ったのを見送った。
私が勝利の微笑みを浮かべながら、湯せんしたチョコをかたどりするための容器に移していると、後輩のマリアンヌが店にやってきた。
相変わらずの狂暴な胸のサイズに殺意すら覚える。
「先輩、調子はどうです?」
「現れたな! 戦犯め!!」
「いきなりなんですか!?」
「お前のせいだぞ! 本来はこの季節ネタを本編でやるはずだったのに、こっちで続ける羽目になったのは!」
「なんかよく分からないですけど、メタっぽい話はやめません?」
「私だって、こんな話はしたくないんだよ。そもそもがお前が少年にいかがわしい事をしたから怒られたんだぞ!」
「私だけのせいにするんですか!? それでしたら、そちらのミンニエリさんだって彼に色々やりましたよね?」
マリアめ、ミンニエリに責任を擦り付けるつもりだな。
姑息な奴だ。
「ええ!? 私もですか!? えっと、彼が身動きが取れなくて寝たきりの際に、下のお世話をしましたけど……」
そういえば、そんな事もあったなー……。
「思い出した!! あの時、お前が尿瓶をあんな所に置いてたせいで、とんでもない目に遭ったんだからな!!」
「普通は尿瓶の中身を飲もうと思わないですって。あれはテルアイラさんの落ち度ですよう」
だってさ、てっきりリンゴジュースだと思ったんだよ。
あれは誰だって間違うはずだ。
それに、いくら少年が愛しくてもあれは飲めない。
流石に私もそこまで上級者ではない。
「先輩、そんな事をしたんですか? エンガチョですよー」
「やかましいわ!!」
「あいた! 暴力反対です! それとドサクサで胸を揉まないでくださいよ!」
まったく腹が立つ。
この無駄肉め!
「うふふ。テルアイラさんとマリアンヌさんは仲が良いんですね」
「おい、ミンニエリ! 仲が良いんじゃない、これは教育的指導だ!!」
「違いますよ、先輩は私の胸に嫉妬してるだけですって!」
「なんだとう!?」
「あいた!」
「やっぱり仲が良いじゃないですか」
ええい、埒が明かん!
……って、なんの話をしていたんだっけ。
「とにかくだ! お前達が少年にいかがわしい事をしまくったおかげで、本編をやり直しになったんだからな!」
「えー、私達のせいですか? 教師と生徒ごっこをしただけなのに……」
「私は彼の入浴を手伝っただけですのに……」
まったく、私がプラトニックな関係を貫いてるというのに、こいつらときたら。
ふと気づくと、メグとユズリは既にラッピングを終えていた。
「あれ? お前らもう終わったのか!?」
「そうだよ。テルアイラが騒いでる間に終わっちゃったよ」
「魔道具ですぐにチョコレートを固められるので、作業が捗りました」
そう言いながら、二人はミンニエリとマリアにチョコを渡した。
「ありがとうございます! 私もすぐに作って、お返ししますね」
「いつも先輩がお世話になっています。これは私からのお返しです」
気づくとチョコの交換会になっている。
私だけ、のけ者みたいなんだけど。
「ほら、これはテルアイラの分だよ」
メグが私に……?
「テルアイラさん、何を呆けてるんですか? これは私の分ですよ」
ユズリもくれるのか……。
「出来立てホヤホヤです。受け取ってください」
「はい、先輩。可愛い後輩からのチョコを味わってくださいね」
ミンニエリとマリアも……。
「あ、ありがとう……」
不覚にも、ちょっと泣きそうになってしまった。
そんな私を見てメグ達が笑っている。
「あはは。そんな気にしなくてもいいよー」
「そうですよ。ついでなんですから」
「テルアイラさんに感謝されると、ちょっと変な感じがしますね」
「らしくないですよ、先輩」
四人ともいい奴じゃないか。
だったら、私もお返しをしないとな。
「よし、お前達に私のとっておきのチョコをお見舞いしてやろうじゃないか!!」
愛しい少年に使おうと思っていた隠し味をふんだんに使う。
これで香りと風味も格段に良くなるはずだ。
四人の他にレンファとミラ、それ以外の奴らの分も用意したら、肝心の少年に使う分が無くなってしまった。
今年も少年への愛の隠し味は、お預けになってしまったな……。
申し訳なく思っていると、店のドアが勢いよく開け放たれた。
「テルちゃんはいるか!? 友チョコを届けに来たぞ!!」
せっかくいい感じの雰囲気をぶち壊しやがったのは、この国の第一王女のイリーダだった。
いきなりの王女の登場で、メグ以外は唖然としてしまっている。
「テルちゃんって呼ぶなと言っただろ! いい加減に覚えろよ!」
「私の事はイーちゃんと呼んでくれと言っただろう? いい加減に覚えてくれ!」
話がまったくの平行線である。
正直、頭は大丈夫なのか心配になってくるぞ。
「ふふん。相変わらず恥ずかしがり屋さんだな。さあ、私からの友チョコだ。遠慮なく受け取ってくれ。心配するな、皆の分もあるぞ」
イリーダが半ば無理矢理にメグ達にチョコを押しつけ、お返しのチョコをもらっていた。
これはもう強要だよな。
それにしても、イリーダのチョコって王室御用達の最高級品じゃないか。
庶民が気軽に口にできる物じゃない。
金の力で私達を買収するつもりか!?
「わあ、これ美味しいね!」
メグが早速食べてるし。
「イリーダ王女さま、一生ついて行きます!」
ユズリ、お前にはプライドという物は無いのか。
「こ、これは、かのパティシエの名門プレジュリア一派が作り上げたチョコレートシフォンケーキのアレンジですね! そして、この仄かな苦みが特徴の味付けは、暖簾分けされたゴルゾ店系列の期待の新人パティシエが作りだしたものでは……」
なんでそこまで分かるんですかね、ミンニエリさんよう。
「こんなの私の給料ではとても買えませんよ……」
マリア、地味にリアルな事を言うな。悲しくなるぞ。
「ふふ、皆も気に入ってくれたみたいだな」
イリーダが意味有りげに私を見つめる。
はて? 私にも褒めろと言いたいのかしら?
「テルちゃん、お主は察しが悪いな。私にもお返しをくれ」
ああ、そういう事か。
しかし残念ながら、イリーダの分は用意していなかった。
「悪い、今から用意する」
「そうか。楽しみにしているぞ」
とは言っても、適当に詰めてラッピングするだけなんだが。
「ふむ、この小瓶はなんだ? 隠し味的な物なのか?」
「あ、それは……」
イリーダが手に取ったのは、とっておきの下剤の方である。
「ふふん。テルちゃんの隠し味か。存分に味わうとするか」
「あっ!」
……やりやがった。
私が用意したチョコに、イリーダが下剤薬を大量に振りかけてしまったのだ。
「ラッピングなぞしなくてもいいぞ。それにしても、美味そうな匂いだな。妹達にも食べさせてやるとするか」
そう言って、嬉しそうに持って帰ってしまった。
どうしよう。
……見なかった事にするか。
翌日、私はお尋ね者になって逃亡するのだが、それはまた別の話である。




