番外編 2
季節ネタです。時系列等は気にしないでください。
年明け早々に大ピンチである。
この寒空の中、私は住処を追い出されてしまったのだ。
このままでは強制的に野宿になってしまうので、早いところ寝床を探さないといけない。
なんでこんな事になっているのかと言うと──
事の始まりは年末の事であった。
ユズリが昨年と同じくルーデンの街にある神社とかいう東方由来の神殿で巫女のバイトをしたいと言いやがった。
私は年末年始でゆっくりしたい派なのである。
つい先日も飲み過ぎたので、体調がまだ万全ではないし。
だから、私は『行きたいならユズリだけで行って来い、私は行かないから』と言ったのよ。
そうしたら、メグやミンニエリの奴らまでバイトをするとか言い出し始めやがるのですよ。
その上レンファやミラまでもが興味を持ったみたいで、なんと五人でルーデンの街に行ってしまったのだ。
この宿はどうするんだよと思ったのだが、事もあろうことか年末年始は休業するとか抜かしやがるのですよ。
宿の主人のオヤジも奥さんのところで過ごすとか言って、店を閉めてそのまま追い出された格好になったのが今現在の私である。
ははは、笑えてくるな。
いや、笑い事じゃなくて本気でどうしよう。
愛しい少年のところに転がり込もうにも留守だ。
とにかく宿を探さないと、凍死まで一直線である。
取り敢えず、手あたり次第に宿屋を訪ねてみる。
この際、宿のグレード云々など贅沢は言えない。
「すまないねぇ。あいにく満室なんだよ」
「あー、うちは年末年始は休業でねえ……」
「姉ちゃん一人か? ここは連れ込み宿だぜ? 冷やかしなら帰ってくんな」
くそう、世の中はなんて世知辛いのだ。十数件回って空いている部屋は無かった。
女一人で寒空に放り出されているのに、ここまで冷たい仕打ちをするとは人情の欠片もない。
……一瞬、王女のイリーダに泣き付こうかと頭によぎった。
『ん〜? テルちゃんは、あまりの寂しさに私を頼ってきたのか? ふふん、この私が助けてやらない事もないが、今後一生私の愛玩ペットのテルちゃんとして振る舞うのなら面倒を見てやるぞ?』
絶対にこんな展開になるはずだ!
そんなのは私のプライドが許さない!!
◆◆◆
「……っくしゅん!!」
「あら? イリーダお姉様、お風邪ですか?」
「イリーダ姉さんってば、年末に飲み過ぎてお腹出して寝てたから風邪ひいたんだよ」
「セルフィルナとミヨリカよ。私は未だかつて風邪をひいた事が無いのを知っているだろう。きっと、これは誰かが私の噂話をしているに違いない。それにしても、テルちゃんは元気だろうか。寒空で凍えていなければいいのだが……」
「……ミヨリカさん。昔から馬鹿は風邪をひかないといった言い伝えがありましたね」
「セルフィルナ姉さん、もう少しオブラートに包んであげて……」
◆◆◆
くそう、こうしてはいられない。
あまり気が進まないが、スラム街にも足を延ばすか。
いつだったか、お邪魔した酒場を訪ねてみる。
腐っても酒場だ。年明け早々から賑やかだな。
店に入ってきた私を見て、店主のマスターや常連っぽい男達がギョッとした顔になる。
ふふん。美し過ぎる私に目を奪われているのだな。
こういうのを東方の言葉で『掃き溜めに鶴』って言うんだっけ?
何故か周囲の男達が私から距離を取る中、早速見知った顔を見つけたので挨拶をする。
「姐さん、年明けからこんな所に来るなんて物好きだな。あんまり周囲の奴らを脅さないでくれよ」
こいつはネズミ獣人のトルゲだ。
一時期、王国の元で働く事になった時に知り合った裏業界に詳しい男である。
しかし、脅すなんて失礼な奴だな。私が何をしたんだっていうのだ。
「いやあ、常宿を追い出されてな。こうして寒空の中を歩いて泊まれる宿を探しているんだよ。この辺でどこかいい宿を紹介してくれないか? 勿論、ただで教えろって訳じゃないさ」
私が宿を追い出されたと言った途端に、周囲の男達は私から目を逸らした。
店のマスターまでもだ。
私はそのまま気にせずに、テーブルに銀貨を数枚置く。
情報量としては破格すぎる金額だが、背に腹は代えられない。
だが、トルゲはその金を私の方へ突き返してきた。
「悪いが、姐さんのご要望に応えられないな」
「なんでだ!? アンタならいくらでもそういう店を知ってるだろ?」
スラム街なら多少汚くても宿ぐらいあるだろうに。
「姐さん、何か勘違いをしていないかい?」
「何?」
「この辺り一帯で姐さんに部屋を貸そうなんていう酔狂な奴はいないぜ?」
「……なんでそんな話になるんだ?」
「そりゃあ、姐さんが有名人だからだよ。部屋で大暴れして建物ごと破壊されるって、どこもお断りだと思うぜ?」
「おい! 私をなんだと思ってるんだよ!?」
「知らねえよ。ただ、姐さん達には色々と噂があって、こっちの業界では関わりたくないって奴が大勢いる。タヌキのちっこい嬢ちゃんにフルボッコにされただの、金髪猫耳の姉ちゃんに病院送りにされたって話がいくらでもあるぞ」
なんてこった。こんな時まであいつらは私の足を引っ張りやがるのか!?
結局居たたまれなくなったので、私はスラム街を後にした。
「くそう、このままじゃ本当に凍死だぞ!?」
素直にレンファの店で大人しく留守番していれば良かったよ。
留守中に店の高い酒を飲み干してやるなんて、冗談でも言うもんじゃなかった……。
「あれえ? テルアイラさんじゃないですか!」
「こんな所でどうしたのですか?」
弾んだ声で話し掛けてきたのは、狼耳のリューミアとルーミ姉妹だった。
この二人は獣人誘拐事件の際に面倒を見た以来、妙に懐かれてしまっている。
「……宿を追い出された」
「「…………」」
姉妹の顔が引きつっている。
くそう、笑いたきゃ笑えっての!!
「それはそうと、お前達こそこんな場所で何をしてるんだ?」
確か、どこぞのご令嬢に仕えてるって話だった。
まさかクビになって、途方に暮れている訳ではあるまい。
「私達、年末年始で休暇をいただいたのですよ。でも、故郷には帰れないので何をしていいのか分からなくて……」
「せっかくなので、お姉ちゃんと一緒に買い物をしてました」
姉のリューミアは先祖返りだかなんだか知らないが、妖狼の力を制御できなくて故郷から追い出されてしまったらしい。
そんでもって、妹も一緒にくっついて来て冒険者になったという話だ。
「あのさ、お前達の部屋に私を泊めてくれないか?」
もう恥も外聞も無い。
野宿は絶対に避けたい。
「ごめんなさい。私達がお世話になっているお屋敷は、部外者は立ち入れないので……」
「公爵家ですから、いくらテルアイラさんでも駄目だと思います……」
お屋敷とか公爵家とか嫌味かっての!
すると、姉のリューミアが何かを思いついたかの様にポンと手を叩いた。
「それでしたら、冒険者ギルドの依頼はどうでしょう?」
「依頼だと?」
訝しがる私に妹のルーミが説明する。
「冒険者ギルドに依頼掲示板に貼り出されていたのですけど、孤児院の手伝いを募集していました」
「ルーミと一緒に見ていて気になっていたのですよ。テルアイラさん、私達もお手伝いしますから、孤児院の依頼を請けませんか? 泊まり込み可だと優遇だそうですよ」
「私とお姉ちゃんも外泊はOKなので、一緒に行きましょう」
二人とも、何故そんな話に持って行こうとするんだよ。
どう考えても、面倒な事にしかならない気がするのだが……。
結局二人に押し切られる形で孤児院に来てしまった。
ここはあまりいい思い出が無いんだよなあ。
「たのもー! 依頼を見てギルドからやって来たぞー!」
ドアを適当にノックすると、犬耳獣人の女が顔を出した。
「あら!? テルアイラさんじゃないですか!! 良かった! 人手が無くて困っていたのですよ!!」
確かこの妙に色気がある女は、ミオリという名だったな。
人妻っぽい妖艶な雰囲気にリューミアとルーミが何故か顔を赤くしている。
くそう、色気なら私の方が勝っているのに!!
「えっと、こちらのお嬢さん達もお手伝いしてくれるのですか?」
「あ、はい! 私はリューミアと申します」
「私は妹のルーミです。よろしくお願いします」
「まあ嬉しい! 年末から妙に浮かれていた院長先生や他の職員達が急な体調不良で欠勤しているので困ってたところなの」
……多分だけどさ、それ全員ズル休みだと思うのよ。
私が以前働いていた酒を提供する店でも、聖夜の日のイベントがあるのに急遽、体調不良で欠勤するキャストが多かったのを思い出す。
「早速だけど、子供達を紹介しますね!」
すぐにわらわらと子供達が集まってきて囲まれてしまった。
みな、元気そうだな。
「うわあ、今回は狼のおねえちゃん達だ!」
「姉の方は意外とパイオツカイデー」
「妹は尻尾がふさふさー」
うむ、早速気に入られているな。
「テルアイラは年明けからしけたツラしてるぜー」
「粘り気のあるハナクソ付けちゃうー」
「オラ! 腹パン食らえ! ついでに消費期限切れのメロンパンも食らえ!!」
「このクソガキどもが!! 年上を敬えーーー!!」
「うわあ、エルフババアが怒ったー!」
「ひいい! 犯されるー!!」
「知ってるか、ああいうのが老害って言うんだぜ?」
「こんちくしょう!!」
相変わらず油断も隙も無い失礼過ぎるガキ共だ。
「あらあら、テルアイラさんはすっかり子供達に大人気ね」
「どこが大人気なんだよ! ミオリ!!」
なんだかんだで、メグ達が返ってくるまでの数日間を孤児院で働く事になってしまったのだった。




