65 テルアイラ様の一世一代の大魔法だ!!
※少々お下品な描写があります
——両軍の戦いが始まる少し前。
約一万に達する兵がヴィルオン国首都を望むサフスガル平野に布陣していた。
その一角に貼られた天幕で、戦場にはそぐわない煌びやかな格好の男二人がこれまた豪華な食事を楽しんでいる。
「いやあ、まさかアルデカッツェ卿に助力いただけるとは思いませんでしたな」
「ふふふ。こちらとしても、獣人奴隷の解放などとふざけた事を表明されてしまったら困りますから。フラル卿もそうでしょう?」
「お互い、今更獣人奴隷を手離せる訳がありませんからなぁ」
「そういう事ですね。うちの寄り子も幾人か合流しています。一度手にした特権という物は、みな手離したくないのでしょう」
「ただでさえ、狭い領土ですからなぁ」
二人の領地では、獣人は問答無用で奴隷にされて酷使されている。
男は重労働に、女は繁殖用を除いて娼館送りか貴族の玩具だ。
一方、美少年の獣人は特殊な性癖の好事家に高く売れるので、一応は大切に扱われる。
しかし、売られた後の事を考えると幸せにはなれないだろう。
そして一般市民である人間種達には、自分達より下の身分が存在するとして、日常生活の不満を獣人達にぶつけさせて憂さ晴らしをさせるのである。
その様な都合の良い獣人を手離す訳にはいかない二人が結託して、獣人解放を唱えるデインツァを排除しようと動いたのが今回の戦いである。
二人がほくそ笑んでいると、天幕の入り口から一人の伝令兵が颯爽と現れて姿勢を正し敬礼する。
「ご歓談中、失礼申し上げます! 我が軍の兵士、全て配置につきました!!」
伝令兵が布陣の終了を告げると、二人の男は互いの顔を見合わせてニヤリと笑う。
「よし、一気に蹂躙しろ。後は現場の者にまかせるぞ!」
フラル卿と呼ばれた男が伝令兵に指示をすると、伝令兵は『御意』と再び敬礼をして駆け出して行った。
「しかし、参ったものですな。デインツァなる男には」
アルデカッツェ卿と呼ばれた男が口髭をいじりながらボヤく。
「確か、行方不明になられたゼルドレン王の先代の王の末子でしたな。そんな輩がまだ残っていたとは思いもよらず」
フラル卿もふくよかな腹回りを気にしながら一気に酒を呷り、不敵な笑みを浮かべた。
「だが、向こうは所詮二千足らずの兵。なす術もなく我らの軍に粉砕されるだろうな」
「その後は、行方不明のゼルドレン王に代わって我らが暫定的に国を統治すると」
「そして、そのままなし崩し的に私とアルデカッツェ卿でヴィルオンを支配する」
「ふふふ。フラル卿も悪ですねぇ」
「いやいや、アルデカッツェ卿程では……」
あくまでも、行方不明となっているゼルドレン王の代理として統治をするのだ。
これが王位を奪った形となると体面が悪い。しかも知らぬところで恨みを買う可能性もある。
代理として統治を続け、なし崩し的に自分達がこの国を支配する事を目論む事をお互いが確認し合う。
二人はそのまま気の早い祝杯を上げるのであった。
……その後の自分達の身に起こる事も知らずに。
「伝令! 伝令!! 主力騎馬隊壊滅!!」
「重装歩兵隊、被害甚大!!」
「魔術兵団、全滅!!」
……おかしい。何故だ。
伝令兵からの報告がこちらの被害ばかりである。
我々の兵力はデインツァの五倍以上のはずだ。それなのに、何故こうも被害を被っているのだ!?
二人の男は天幕の中で苦虫を噛み潰したような顔になっている。
その間にも主力騎馬隊は爆発と共に吹き飛び、重装歩兵隊も的確に急所を射抜かれて次々と倒れて行った。
魔術兵団は空飛ぶグリフォンの襲撃を受けたと聞く。
そんな魔物を使役する者がいるのだろうか。
新たな報告を受けて、フラル卿とアルデカッツェ卿の二人が頭を抱えている。
それでも兵の多さで押し返している部隊もあるが、どうも旗色が悪い。
こうなったら、ダメ押しで後方に控えている首都攻撃用の広範囲攻城兵器を持ち出して一気に攻勢に出るか。
そんな考えが二人の脳裏に浮かぶ。
「後方の補給部隊に急襲!! 攻城兵器が狙われました!!」
「なんだと!?」
「どういう事です!? フラル卿!! 我らの圧倒的優位だったはずでは!!」
「ええい、やかましい! アルデカッツェ卿の兵がだらしないだけじゃないのか!?」
「それは聞き捨てなりませんぞ!!」
二人が見苦しい掴み合いを始めた時だった。
「報告! 突如、敵軍が撤退していきます!! 我が軍が押し返しています!!」
伝令兵の報告に掴み合っていた二人がニヤリと笑う。
やはり兵力の差の勝利だ。
そして二人は、同時に指示を出した。
「「全軍、突撃だ!!」」
◆◆◆
「撤退ー! 撤退だーー!! 急げーーーー!! テルアイラ殿の大魔法が来るぞーーーーー!!」
あちらこちらで騎馬兵や獣人の剣闘士達や偵察の獣人少女が大声を上げて駆け回っている。
その途端にデインツァの軍勢が潮が引いたように一気に後退して行く。
しかし、撤退時用の仕掛けを設置していくのは忘れない。
勢いを盛り返し、攻め込んでくる敵軍が爆発物に巻き込まれ足止めされていた。
これは殺傷目的でなく、あくまでも目くらまし的な物だ。
パニックになった敵軍の足並みが乱れている。
その間にデインツァの軍が安全地帯に撤収が完了したのと同時に、サフスガル平野の広範囲に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「いくぞ、テルアイラ様の一世一代の大魔法だ!! とくと味わえ!!」
テルアイラは持てる魔力のほぼ全てを使い、広範囲魔法の術式を組み上げた。
敵軍を跡形もなく吹き飛ばせれば早いのだが、大量虐殺はご遠慮したいのである。
そこで今回の超高難度の魔法術式を使う事にしたのだ。
浮かび上がる魔法陣の中に取り残された敵軍の兵達が不安そうに辺りを見回しているが、突如膝から崩れ落ちていく。
全員が腹部を押さえ、苦悶の表情を浮かべていた。
◆◆◆
「ふんぬぬぬぬぬ! ……こ、これは一体何事なのだ……」
「うぅ……あ、もう駄目かもしれない……」
天幕の中で二人の男が顔を真っ青にして悶え苦しんでいた。
その近くでは額に脂汗をにじませた伝令兵も腹を押さえて倒れている。
「ほ、報告……!! もう……駄目であります……」
「ま、待て! こんな場所では駄目だ!!」
「そうだ! 外でやれ!」
「そ、その様な事を言われましても……一瞬でも気を抜くと……あ」
その直後、盛大な破裂音の様な音が鳴り響き、サフスガル平野のあちこちから悲鳴が上がり、悪臭も立ち昇った。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
ブリブリブリブリブリュリュリュリュリュ!!!!! ブッチブブブブブブブリリリィブブブブブブッブゥ!!!! ……ぷう。
戦場は文字通り阿鼻叫喚と化したのである。
……これはひどい。
デインツァの軍は、全員が同じ事を思った。
そして、テルアイラを敵に回さなくて良かったとも。
それから程なくして悪臭がこもる天幕の中から、げっそりした顔の二人の男が引きずり出されたのであった。




