63 多少敵が増えてもやる事は変わらない
「さて、ここからが本番だ。私が考案した作戦を説明するぞー」
会議用のテーブルにヴィルオン国の地図を広げると、みんなが覗き込んだ。
「この開けた土地が主戦場になるだろう」
地図上で周囲に何も無い平野が広がる部分を指差す。
ここヴィルオンは小国だ。首都に隣接する平野は兵を展開するにはうってつけの場所である。
「ここはサフスガル平野だな。確かに歴史上、ここで大きな戦が幾度なく繰り返されている。しかし、我々の戦力でまともにぶつかり合ったら、あっという間に押し潰されてしまうぞ。それに隠れて迎え撃つ場所も無い」
顔をしかめるデインツァに同意するように、士官達や四獣侯爵も難しい顔をして頷く。
「そう慌てるな、デインツァ。お前の兵士達はあくまでも牽制や陽動で動いてもらう。本命はメグ達獣人だ。私の詠唱時間を死ぬ気で稼いでくれ」
「私達は、とにかく暴れ回ればいいんだよね?」
その素敵な笑顔がなんだか怖いぞ、メグ。
「私の自慢のメイスのフルスイングを見せて差し上げましょう」
撲殺しちゃダメだからね、ユズリ。
「わ、私も頑張ります!」
うむ、君はやれば出来る子だから。ミンニエリ。
「俺は銀魔狼達と好き勝手にやらせてもらうぞ」
頼んます。ガーランドの旦那。
「おっしゃあ! 丁度暴れたり無かったところだぜ!」
「やっぱ、魔獣なんかより対人戦が面白いよな!!」
「俺、人の骨が砕ける音が好きなんだよな……」
「腕の一本や二本ぐらい、死ななければいいんだろ?」
「俺は相手の悲鳴を聞くと絶頂しちまうから、パンツの替えは必須なんだよなぁ」
……まるで悪役ですがな。剣闘士の皆さん。
それと、ちょいちょいヤバい奴も混じってない?
「言っておくが、あくまでも私が詠唱を終えるまでの時間稼ぎだから無理しないでくれよな? 準備終了の際は狼煙で合図する。その際は全速力で撤退してくれ。巻き込まれても知らんぞ?」
メグ達は不敵な笑みで頷いた。
実はこいつらって、戦闘狂なんじゃないかなと思う今日この頃である。
「後はそうだな。各自『これだけは他人に負けない』って特技がある奴は名乗り出てくれ」
私が呼び掛けると獣人や士官の何人かが手を上げた。
「はい、そこの悪役顔の剣闘士さん」
剣闘士全員が悪役顔と言ってはいけない。
「へへっ、俺は爆薬を使った暗殺が得意でね。昔、浮気したカミさんと間男を爆殺して奴隷堕ちしたんだよ」
マジですかー。完全な犯罪者じゃないですかー。
だが、今は有事だ。利用できる者は利用しておく。
「爆薬が作れるスキル持ちって事か?」
「まあ、材料さえあればな」
爆薬の材料は薬の素材にもなる。
私は魔法が使えるから爆薬の事は詳しくないが、恐らく手持ちの素材でどうにかなるかもしれない。
「こんな材料で作れるか?」
それっぽい素材をいくつかアイテム袋から出すと、男は真面目な顔で吟味し始める。
匂いを嗅いだり、舐めたり。そんな事で分かるのだろうか。
「へへっ、いい爆薬を作れそうだが量が全然足りないなぁ」
「ならば、これでどうだ?」
アイテム袋から、ありったけの素材を取り出して山積みにしてやった。
爆薬男を含めて周囲の全員が唖然としている。
こんな時のために、もしもの事を考えて貯めておいたのだ。
決して忘れて貯め込んでいた訳じゃないからな。
爆薬男が真面目な顔で聞いてくる。
「……威力はどうする? 完全に殺すぐらいにするか?」
「いや、足止めする程度で構わない。怪我人が多いほど相手の戦意も削げるからな」
「そうすると、投擲型より地雷型だな……」
昔、なにかの本で読んだ事があるな。
地面に爆発物を仕込んで、踏んだ者を殺傷するえげつない装置だ。
こんな知識を持っているとは本当に何者なんだろうな、この男。
その知識を間違った事に使わなかったら、今頃は立派になっていたかもしれない。
「後は手先が器用な人手が何人か欲しい。すぐに製作に取り掛かる。それと、夜のうちにこれを仕掛けてくれる奴も欲しいな」
爆薬男の要望にデインツァが手配すると答えた。
ちなみに他に挙手した者は、弓の名手に穴掘り名人や隠密行動が得意な獣人の少女等であった。
簡易的にだが弓による狙撃隊を編成し、塹壕や落とし穴を作る事にもした。
まあ微々たるものだが、何も準備しないよりはマシであろう。
後は敵陣後方の輜重兵を叩いておきたいな。
兵站が機能しなくなれば、どんな大軍でも総崩れだ。
その辺は追々考えていくか。
こうして付け焼刃的な軍隊を率いる私達は、あっという間に決戦の日を迎える事になったのだった。
◆◆◆
「良い場所に陣取ったな」
私達はサフスガル平野を一望出来る小高い丘に本陣を構えた。
平野には既に両軍が布陣を敷いている。
見るまでも無く、圧倒的に敵軍の方が兵が多い。
「しかし、本当に向こうは六千なのか? なんか多くないか?」
こちらは二千の兵だが、向こうはどう見ても三倍以上はいる気がするのだが。
「伝令! 伝令! 緊急事態であります!!」
伝令兵が叫びながら走り込んできた。
「一体、何事だ!?」
四獣侯爵の一人が声を荒げる。
「申し上げます! アルデカッツェ辺境伯も挙兵し、約四千がフラル伯の軍に合流しているとの事です!! 小規模ですが、恐らく他の諸侯の兵も合流しているかと!!」
伝令兵の言葉に立派な鎧に身を包んだデインツァを始め、四獣侯爵や将軍らしき男達も顔色を悪くしている。
三倍の兵力差がとうとう五倍以上になってしまいましたな。
勇者と一緒に魔王軍と戦った時と比べればどうって事はない戦力差だが、今は盾役の勇者がいないので楽観は出来ない。むしろ絶望的でもある。
それはさておき、確かアルデカッツェ辺境伯ってメグの祖国であるフェイミスヤの土地の現領主だよな。そいつが動いたのか。
大人しく自分の領地だけで満足していればいいものを欲をかいたな。
まあ、もっともその領地も私達がどのみち頂くんだけど。
「おい、今からそんなしけた顔してると勝てる戦も勝てなくなるぞー」
「テルアイラ……流石にこの戦力差はどうにもならんだろう」
デインツァ達が情けない顔で私を見つめる。
まったく、大の男達が情けない。
獣人の少女達も偵察部隊として前線に出ているのだぞ。
「は? やらなきゃどっちみち皆殺しだろ。それになんのために突貫工事で準備をしたんだと思ってるんだ」
それこそ首都の一般住民まで協力を仰いで弓矢や武具の準備、地雷の製造まで手伝ってもらったのだ。
本来なら、私達や獣人にデインツァ達だけが犠牲になれば自分達は助かるはずだ。
それなのに、戦いの準備に協力してくれた。
『兵としては戦えないけど、せめてこのくらいは』
『我々が重税で苦しんでいた時に無視していた奴らなんて、信用ならない』
そう言って協力してくれたのは、ひとえにデインツァの人柄によるものだと思うぞ。
あいつは民達に頭を下げて回った。
それが出来る王をここで死なせたくはない。
「多少、敵が増えてもやる事は変わらない。私はこれから魔法詠唱に入る。後の指揮は任せたからな」
これから国の民を率いのるなら根性を見せてみろ。
既に手はずは整っている。
こちらの布陣は中央が手薄だ。まともにぶつかり合っては、ひとたまりも無いから敢えてそうしているのだ。
向こうは兵士の数の差で気を大きくして中央から突っ込んで来るだろう。そこが狙い目である。
自陣の左翼、右翼方面から合図の狼煙が上がる。
準備万端って事だな。さあ、始めようか!
本陣からも戦闘開始の狼煙を上げる。
「おい、お互い口上を述べてからの戦いではないのか!?」
「そんな甘ちゃんな事を言ってる場合か? この際、騎士道とかなんてどうでもいいんだよ。本当に詠唱に入るからデインツァの相手はもうしないからな!」
まだ何かを言いたそうなデインツァを放置して精神を集中する。
今回の魔法は渾身の大魔法になるだろう。敵兵を殺さずに無力化。
それがいかに難しいか、凡人には分かるまい。
我が軍から太鼓の音が聞こえる。
太鼓の音に合せて陣形を動かしているのだ。本来ならば、風の精霊魔法で各隊に私が指示を出せればいいのだが、そうもいかないので頑張れとしか言えない。
上空にはグリフォン型のゴーレムに騎乗したメグとユズリ、それにミンニエリが待機している。
あいつらが上手くやってくれる事を祈る。
そうこうしているうちに、こちらの動きに気付いた敵軍がお約束の様に中央突破を狙って突っ込んできた。
我が軍は左右に分かれて誘い込む。
そして、間もなく功を焦った敵軍騎馬隊の第一陣が吹き飛んだのが見えた。




