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59 今は非常事態なんだよ! 争ってる場合か!!

「デインツァ、こちらの声を拡散させる効果はもう始まっているぞ」


「ああ、分かった……」


 私が声を掛けると、デインツァは緊張した面持ちで軽く咳払いをする。


「ええっと、皆さん今日はお日柄も良く——」


「お前はバカか!? そんな挨拶してる場合じゃないんだよ!!」


 思わずツッコんでしまった。

 まさか、こんなボケをかましてくれるとは思いもしなかったよ。


「だって仕方ないじゃないか! 俺だってこういうのは慣れてないんだよ」


「だからって、時と場合を考えろよ!」


「無茶言うな! だったら、アンタがやってみろよ!」


「ああん? お前、先王の息子だかなんか知らないけど、お坊ちゃんが生意気言うなよ!」


「なんだよ、アンタだって出来ないじゃないか。大口叩いてその様か!」


「こんの野郎……! これからお前が寝る度にとっておきのウンコ話が枕元で強制的に囁かれる呪いをかけてやるぞ!」


「ふん。そんな下品な事ばかり言ってるから、恋人の一人もいないのだろうよ」


「お、お前! まるで見て来たかの様に言うなよ! いるよ! 恋人ぐらいいるってばさ!! ……一応」


「どうせ空想の恋人だろう?」


「もう頭に来た! ぶっ殺ーす!!」


 売り言葉に買い言葉。

 段々とヒートアップしてきたところでメグに肩を叩かれた。


「ちょっと、テルアイラ……」


「なんだよメグ。邪魔するなよ」


「いや、ほら……周り見て」


 メグが周囲を見る様に促してきた。

 気付くと、先程までパニックで逃げ惑っていた周囲の人達がこちらを注目している。

 はて? 一体、どうした事だろうか。もしかして、この可愛らしいウサギ耳が偽物だとバレたのか!?

 戸惑っていると、困惑顔のユズリがやって来た。


「あのう、テルアイラさん達の会話が周囲に拡散して丸聞こえなんですけど」


「は? ユズリ、お前訳の分からない事を言うな……」


 そう言い掛けて、気付いてしまった。

 確か、こちらの声を拡散する範囲魔法を使っていたんだよな。

 ……という事は、今までの会話を全部聞かれてしまっていたのか!?


 すると、ウンコとか恋人云々の事までもか!?

 途端に全身から嫌な汗が噴き出す。

 メグとユズリは、目を伏せて私から顔を逸らした。


「……ミンニエリ?」


「い、いえ! 私はテルアイラさんに恋人がいないとか全然聞いてませんからね!!」


 やっぱり聞いてるじゃねえか! というか、恋人ぐらいいるわ!!

 ……一応。


「はっはっは! 愛する人がいないとは寂しい物だな。エルフのお嬢さん! いや、今はウサギのお嬢さんかな?」


「ガーランド! アンタに言われたくないわ!!」


「あれが色々とこじらせてしまった女の末路だぞ。怖いなぁ、銀魔狼よ」


「くぅ〜ん」


 あんの畜生め!! 獣の分際で私を見下しやがって!!


 ……って、まずは落ち着け私。

 これ以上焦るとドツボにはまる。深呼吸して十秒数えるのだ。


 ……よし、もう大丈夫。


「えーっと、こちらが先王の息子さんのデインツァ氏です。彼から皆さんに挨拶があるので拝聴する様に」


「うお!? いきなり俺に振るのかよ!?」


「元々お前が喋る予定だっただろ!」


「そうだけど……何かもう収まってないか?」


 デインツァが周囲を見渡して戸惑っている。

 確かに東の空からの怪光線もいつの間にか止んでいた。


「……取り敢えず、挨拶でもしておけば?」


「あ、ああ……」


 何だか納得のいかない顔をしていたが、デインツァは身の内を話し始めた。

 ノスダイオという男がどこからともなく現れ、父王アーデントが謎の死を遂げた事。

 他の親族も謎の死を遂げていく中、父王の腹心であったゼルドレンが突如、王位に就いた事。

 自分だけが父王の側近にかくまわれて何とか逃げ落ちた事。


 そして、ついに仇を討った事。


 彼は、そういった事をとつとつと語り続けた。

 その言葉に兵士達は耳を傾け、剣闘奴隷だった獣人達、捕まっていた獣人の少女達は複雑な表情を浮かべている。


 神妙な顔で聞いていた民衆はゼルドレンの死に歓喜したが、疑問を持った者達もいる様だ。


「悪いけど、あんた本当に王子なのか? 証拠はあるのか?」

「ゼルドレンがいなくなったのは嬉しいが、国を混乱させてどうするつもりなんだ?」

「もしかして、他国からのスパイなんじゃないのか!?」

「この国を混乱に陥れて攻め込むつもりじゃないだろうな!!」


「ち、違う! 俺は断じてそんな事……」


 疑惑は途端に周囲に広がって行く。

 こんな非常事態なので、冷静になれと言っても民衆の不安と恐怖はすぐには収まる訳が無い。

 突然街が魔獣に蹂躙じゅうりんされて、みんな疑心暗鬼に陥っているのだ。


「テルアイラ、これどうするのかなぁ」


「何だか雲行きが怪しくなってきてますよね……」


「そんな事は分かってるよ。二人とも少し黙っててくれ」


 メグとユズリが不安そうに私の顔を窺うが、正直、次の一手が思い浮かばない。

 ミンニエリはおろおろしてるばかりだし、ガーランドの旦那は銀魔狼の首筋を撫でているだけだ。


 さて、どうするよ……。

 いよいよトンズラでもしようかと思った時だった。


「皆の者よ、聞け!!」


「我々、四獣侯爵が約束する!!」


「ここにおわす方が、先王アーデント様の遺子である事を!!」


「…………ぐう……すぴー」


 あいつら、地下の隠れ家にいた男達じゃないか!!

 しかもなんかやけに古めかしいマントを羽織って格好をつけているな。

 そんでもって、やっぱり最後の一人は鼻ちょうちんを膨らませている。


 そんな事を考えていると、兵士達や民衆が騒ぎ始めた。


「あれは、古くから王家を補佐する四獣侯爵家!」

「あのマントが四獣侯爵である証拠だ!」

「アーデント王が崩御されて、すぐに行方知れずとなっていたはずよ!」

「きっと暗殺を避けて、どこかに潜伏していたに違いない!」

「ゼルドレン亡き今、混乱を収めるために我らの前に姿を現してくれたのだ!!」

「じゃあ、あの方は本当に王子だったのか!!」


 名もなき民衆達よ、説明をありがとう。

 何だかよく分からんが、デインツァが先王の王子である事が認められたみたいだ。

 これでこの混乱も収まるだろう……。


「あいつが本当に王家の者だと……?」


 突如、背後から殺気を感じた。

 いきなり何ごと!?

 振り返ると、剣闘奴隷だった男達や捕まっていた少女達が表情を険しくしている。


「この国が俺達にしてきた事は忘れないぞ……」


「見せ物にされて死んでいった仲間が大勢いる!」


「お姉ちゃんが連れて行かれて戻って来なかった!」


「お父さんとお母さんを返して!!」


 獣人達が口々に叫ぶと、ようやく落ち着きを取り戻し始めた人々の間に動揺が走りだした。

 獣人の男達と兵士の間にも不穏な空気が流れ始め、徐々に人間達と獣人達の間が一触即発な状態になりかけている。


 どうするんだよこれ! せっかく、丸く収まるかと思ってたのに!!

 四獣侯爵とか偉そうに言っていた男達も途端に慌てふためいているし、デインツァも押し黙っているだけだ。


 ……ガーランドの旦那は我関せずか。

 まったく、一難去ってまた一難かよ!


 私は獣人の変装を解いてエルフの姿に戻った。

 そして大きく声を張り上げる。


「お前ら! さっきまで種族関係無しにお互いに助け合ってただろ! 今は非常事態なんだよ! 争ってる場合か!!」


 人間種でもなく獣人種でもないエルフの私の言葉に、周囲の者達が注目する。

 よせやい。そんなに見つめられると照れるじゃないか。

 って、今はそんな冗談を言ってる場合じゃないな……。


「俺達獣人は、この国の者からひどい仕打ちを受けた。これをただ黙って許せと言うのか?」


 獣人の重い言葉に人間達は何も言えずにいた。

 直接何もしていなくても、黙って見ていただけならば同罪に等しい。

 それを自覚している様だ。


 獣人の男に返す言葉は、私にも無い……。


「獣人に対しての差別や迫害は、ゼルドレンやノスダイオが行なった結果だというのは容易い事だと思う……」


 デインツァが沈黙を破って語り出した。


「そして、先王の息子である俺にどうにかしろと言われても困る」


 その言葉に獣人達が殺気立った。

 私は動揺するメグとユズリに対して、落ち着けと目で訴えかける。

 きっと、デインツァにも考えがあるはずだ。そう信じたい。


「だが、俺も元王族の端くれだ! あなた方にしてきた事に対しての責任は全て俺が負う。……頼む。許してくれとは言わない。この混乱が落ち着くまで、今しばらく我慢してくれないだろうか。国が落ち着いたら、俺の事は煮るなり焼くなり好きにしてくれ。だから国民に憎悪を向けないでほしい。頼む!!」


 あいつ言い切りやがった!!

 しかし、口では何とでも言えるよな……。

 獣人達の瞳から憎しみの色は消えない。


吾輩わがはい達、四獣公爵もゼルドレンの横暴を止められなかった責任を取らせて欲しい。どうか、今しばらく怒りを抑えてくれないか」


 鼻ちょうちんを膨らませていた男が頭を下げると、他の三人も頭を下げた。

 その姿を見た兵士達や民衆も互いの顔を見合わせて戸惑っていたが、徐々に申し訳なさそうに獣人達に頭を下げ始めた。


「あんた達どうするよ? ここまでされたら、デインツァを殺せないだろ? 綺麗事だと思うけどさ、憎しみは憎しみしか生まないって奴よ」


 我ながら似合わない事を言ってる自覚はある。

 だが、ここで争っても無意味だ。ゼルドレンはもう死んだのだ。

 後はノスダイオとやらの対処を考えた方が建設的である。


「……分かった。この場では俺達も怒りを忘れよう。だが、忘れるな。俺達はお前達を許した訳ではない事を」


 しばらく話し合っていた獣人達が態度を軟化させたお陰で、何とかこの場は丸く収まってくれた。


 きっと、彼等もデインツァやヴィルオン国の民に怒りを向けても、どうにもならない事は理解しているはずだ……。

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