6 笑える話は難しい・前編
「今日はヒマだねぇ。王都内で観光する場所はまだあるけど今日は行く気が起きないし」
メグが猫耳をぺたんと伏せてついでに自身もテーブルに突っ伏している。
昼食時の忙しい時間も過ぎた昼下がりの午後、宿屋「月花亭」に併設している食堂のオープンテラスで昼食を食べた私達は相変わらず駄弁っている。
「私はメグさんのせいで寝不足ですよ。なんで眠りながら部屋のパーテーションを器用に乗り越えて襲って来るんですか。ホント迷惑なんですけど」
狸耳の小柄なユズリが椅子の背もたれに寄り掛かりながら空を仰いだ。
見えるのは日除けのシェードだけどな。
「……二人とも今からそんなにだらけていたら早々にボケてしまうぞ……」
まったく二人ともたるみ過ぎだ。
私を見習え。こうやって瞑想をして……そのまま寝落ちだ。
「皆さん、そんなにヒマならまたうちの店を手伝ってくださいよう。夜は人手が足りないんですから」
私達の様子を見にきたのかレンファが口を尖らせている。
「それもそうだねぇ。レンファは頑張ってるよ。よく一人で注文をさばき切るよね」
「でもこの前はとんでもない事になりましたよね。私達、責任取れませんよ?」
ユズリの言葉にレンファの顔色が変わった。
つい先日も私達は頼まれて夜の時間帯に給仕を務めたのだが、まあ大変だった。
メグは客の注文した料理をつまみ食いしまくり、ユズリはセクハラされまくってブチ切れて、私は失礼な客から喧嘩を売られたので買ってやったのだ。
その後どうなったかはご想像にお任せする。
それでも私達は酔った客をあしらったり、宿泊する女性客狙いのナンパ男を店から叩きだしたりと用心棒としての仕事は全うしていたからレンファも文句は言えないだろう。
結局レンファは困った顔で店の奥に戻って行ってしまった。
「でもそんなこと言ったってこの王都は平和過ぎて何も起こらないからヒマなんだよね。平和って事はいい事だと思うけど……」
テーブルに突っ伏したままメグがぼやく。
「仕方が無い。それならば何か笑える面白い話をするのはどうだ?」
ナイスアイデア私。
楽しい話をすればこんなアンニュイな気持ちも吹き飛ぶはずだ。
「別にいいよー」
「テルアイラさんの面白い話って不安しか無いんですけど……」
二人からは異論が無いので決まりだな。
「……面白い話ってどんなお話ですか?」
店の奥から再び姿を現したレンファが身を乗り出して来た。
興味津々って面持ちだな。好奇心の強い子はお姉さん好きだぞ。
「お、レンファも興味あるのか? それなら言い出しっぺの私からでいいか?」
「ちょっと待ってください! すぐ片付けちゃいますので」
そう言うとレンファはすぐさまテーブルの上を片付け、四人分のお茶を持って戻って来るなり私達のテーブルに着いた。
流石は飲食店の娘だ。気が利いている。
「それでは始めるぞ。昔、極東のイヅナ国に帝都タワーという塔があってな。私が子供の頃に両親に連れて行ってもらった時の話だ」
「ちょっと待ってください! 帝都タワーって天に届く高さと言われて神の怒りを買ったとかで随分前に倒壊した塔じゃないですか? テルアイラさんって一体何歳なんですか!?」
ユズリよ、そんなところに噛み付くな。
まるで私が年寄りみたいじゃないか。
「私はそんな塔は知らなったよ。レンファは知ってた?」
「いいえ。私も初めて聞きました」
えー。メグとレンファは存在すら知らないのかよ。
話す気を削がれるなぁ。
「お前ら話の腰を折るな! そもそも私は二十六歳だからな!」
少しサバを読んだ。少し。
「絶対に二十六歳の訳ないじゃん」
「おいユズリ、何か言ったか?」
「何も言ってませーん」
くっそ、本当に腹立つな。
「それでだ。帝都タワーには塔の妖精を自称するタワーマンというキャラクターがいてな。まぁ着ぐるみなんだけどさ、子供ってこういうのを見ると全力を出すよな」
「それ分かります! わたしも小さい頃は着ぐるみとか見ると全力で抱き付いていました!」
レンファの表情がパッと明るくなった。
やっぱりこういうところはまだ子供なんだな。
少し安心した。
「ちなみに私の場合は抱き付かずに全力でボディーブロウをかましていたのだ。タワーマンの腹に二発、三発を叩きこんでいたらタワーマンの中から『調子に乗るんじゃねぇぞクソガキ』とくぐもった声が聞こえてきてな。中の人なんていないはずなのに不思議だよな」
「一体何をやってるんですか! 普通はそんな事しませんよ!!」
ユズリがテーブルをバンバン叩いて怒っている。
何だよー。そんなに怒ることないじゃんかよー。
「私も流石にそんな事はしないなぁ……。それでその後はどうしたの?」
メグにも呆れられるとは何たる屈辱!
まぁこいつらには子供時代の私の可愛らしさなんて露ほども想像できないのだろう。
「それで四発目を叩きこもうとしたらさ、タワーマンにアイアンクローを食らって悶絶したという話だ。おしまい」
さあ拍手喝采モノの話をしてやったのだ。
みな感動するがよい。
「……何ですかそれ。そもそもどこが面白い話なんですか!? まったくつまらないんですけど!」
えー。そこまで言うのかよユズリめ。
本当にこいつは失礼な奴だよな。それにレンファは死んだ目で私の事を見てくるし。
「失礼な! 幼少の私は可愛らしくて微笑ましかったと言う話だぞ! だったら次はお前が面白い話をしろよな!」
ここまで私の事をバカにしたのだ。それ相応のネタでないと許さないからな。
「分かりました。次は私がお話しますよ。えっと、冒険者予備校に通う前は僧侶の資格を取得するために地元の教会に通って勉強していたんです」
なんだ、こいつはわざわざ僧侶の資格なんて取ってたのかよ。
それらしいところを見た事がないぞ。
待てよ。そう言えば回復魔法が使えたなこいつ……。
「その日は自習でして、終了時間になったので私が教室を代表して教師である司祭様を呼びに教室から廊下に出たんですよ。そうしたら廊下でパンツ一枚のおじさんが空き部屋のドアを開けようとガチャガチャやってるんですよ! もうびっくりして教室に戻ってみんなに訴えても誰も信じてくれないんです」
「まぁ……確かにいきなりそんな事を言われても信じられないよね」
「メグさん、分かってくれます? そうなんですよー」
こいつヤベエよ。一体何を言い出したのだろう。
私だけでなくレンファも戸惑っているぞ。
「それでも何とかみんなを説得して全員で様子を見に行ったのですよ。でもやっぱり廊下でパンイチのおじさんがドアをずっとガチャガチャやっていて。足元には脱いだ服もそのままですし。その後はみんなもう大騒ぎになって衛兵さんを呼んで捕獲してもらいました。おしまい」
「……何だよそれ! ただの変質者じゃないか! 想像したら怖すぎて笑えないぞ!!」
こいつ散々私の事をボロクソに言ってくれたが、こいつの方が余程ヤバい話じゃねえか。
「テルアイラさんひどいです! パンツ一枚のおじさんの足元にはきちんと折り畳んだ服があったんですよ。そんなの見たらシュール過ぎて笑っちゃうじゃないですか!!」
「そんなの笑えるかよ!! ええい、このままでは埒が明かない!」
「そうですね。ここはメグさんが話をまとめてください!」
「え? 私? そんなハードル上げられると困るんだけど……」
「構わないから話してみろ」
「そうですよ。聞いてみないとわからないじゃないですか」
「分かったけどそんなに期待はしないでよ……」
頼むぞメグ。ここで挽回しないとレンファが泣き出してしまいそうだからな。