57 今更なんだが、本当にあんた達は何者なんだ?
「覚悟しろゼルドレン!! 先王アーデントが末子、デインツァが貴様の首を貰い受ける!!」
短髪の男が、剣の切っ先を玉座に向けた。
玉座で偉そうに踏ん反り返っているオッサンは、一瞬固まったが、すぐに笑い出した。
「ふはははは!! 死にぞこないがまだいたのか!! これは面白い!!」
ゼルドレンと呼ばれた玉座に座るオッサンが高笑いしている。どうにも小物臭がプンプンするなあ。
まず、玉座に座るにはオーラが足りないな。地味にも程がある。
そんな事を考えていると、この城のどこにいたのだろうかってぐらいの数の甲冑姿の兵士が玉座の前で守りを固める。
「王直属の近衛騎士団か!!」
デインツァと名乗った短髪の男の顔が苦渋に満ちる。
「何だそれ? 凄い奴らなのか?」
「ゼルドレン配下の騎士団で、残虐行為もいとわない騎士道にもとる奴らだ」
なんだかご大層な騎士団みたいだが、試しに火炎弾を撃ち込んでやると魔法を弾かれた。
アンチマジックの魔道具を装備してるみたいだな……。
いつだったか、盗賊団の奴らも魔法攻撃を無効化していたのを思い出した。
そんな高価な魔道具を人数分揃えるのは、とてもじゃないが非現実的だ。
恐らくは、寿命か何かを対価にする呪われた魔道具の類なのだろう。
「ほほう。貴様は魔法の使い手みたいだが、お前程度の魔力では効かぬぞ」
ゼルドレンとやらが、玉座の上でせせら笑っている。
ムカついたから、少し本気出すか。
気合いを入れて火球を撃ち込むと、数人が悲鳴を上げながら炎に包まれて転げ回る。
すまない。文句はそこの玉座のオッサンに言ってくれ。
案の定、騎士団とやらが私を危険視して狙いを定めたのか、一斉に斬りかかって来た。
白兵戦に持ち込んで呪文の詠唱をさせないつもりだろう。
だが、そんな事でやられる私ではない。
「テルアイラ!!」
「テルアイラさん!!」
既に騎士達と交戦しているメグとユズリが声を上げる。
私の事より自分の心配をしろっての。
既にデインツァは、騎士達に取り囲まれて防戦一方になっている。
自分の身は自分で守れるところぐらい見せてやるか。
「覚悟ーーーー!!」
残虐な奴らと言う割には、剣筋がアホみたいに真っ直ぐだ。
正々堂々な攻撃は素晴らしいよ。だが、私は報酬次第で汚い仕事でも請ける冒険者だ。
文字通り、うんこまみれになって汚くなった事もあったけどな。
そんな冒険者に教科書のお手本みたいな攻撃は通じる訳がないだろう。
難無く『真剣白刃取り』で相手の剣を封じる。
「な、何だとう!?」
「いちいち驚いてるんじゃないよ!」
そのまま頭突きで吹っ飛ばしてやった。
兜がへこんでいたが、安物じゃないか?
「て、鉄兜を頭突きで潰しただとう!?」
「あの女、化け物だ!!」
「危険だ! 早く殺せ!!」
化け物だの危険だのって、美し過ぎる私に向かって言う言葉じゃないよね。
腹が立ったので、私を取り囲んでいた奴らを一人ずつ頭突きで吹っ飛ばしてやった。
こんな奴らに魔法を使うのも勿体ない。
「やるじゃん、テルアイラ」
「私達も負けていられませんね!」
そう言いながらメグは騎士達を次々と殴り飛ばし、ユズリはメイスのフルスイングで一気に数人をまとめて吹っ飛ばしていた。
それを見ていたデインツァが絶句しながらも、私に聞いてくる。
「今更なんだが、本当にあんた達は何者なんだ?」
「ああん? うら若き乙女の冒険者だけど? あ、乙女は私だけでメグとユズリは違うからな」
「いや、聞いた俺が間違いだった……」
デインツァがそのまま黙ってしまった。
私の乙女っぷりの前に恥ずかしくなってしまったのかしら?
でも駄目だからな。私には愛しい少年がいるのだから。
そんな事を考えていたら、あれだけいた騎士団が壊滅していた。
残るは、玉座のアホ面だけだな。
「お、お前達は化け物かぁっ!?」
まったく、失礼な奴だな。冗談はその顔だけにしろっての。
「どうするテルアイラ? 取り敢えず、意識が無くなるまで殴っておく?」
「メグさん、それは野蛮ですよ。メイスで鳩尾に一突きがスマートですよ。肋骨が何本か折れても気のせいで済ましちゃいましょう」
「い、いや、俺がゼルドレンを始末する!」
あなた達、やる気満々だね。お姉さんは止めませんよ。
「く、くそう!! 化け物には化け物だ!! おい! アレを連れて来い!!」
玉座のオッサンが叫ぶと、玉座の左右の扉から強い殺気が近付いてくるのを感じる。
……これは只事では無いな。同じく気配に気付いたメグとユズリが私の顔を見て頷く。
「おい、デインツァ。あんたは下がってな」
「なんだと!?」
「言っちゃ悪いが、あんたの勝てる相手じゃない。さっきの『一撃必殺』が決まればやれるかもしれないが、多分当てられないだろう。最後の手段として温存しておけ」
「……分かった。言う通りにしよう」
ふーん? 意外に素直なんだな。てっきり反発するかと思ったのだが。
人の忠告を素直に聞ける奴は成長するぞ。
「テルアイラ、来るよ!!」
メグの声と同時に玉座の左右の扉から数人の兵士に引っ張られて現れたのは、太い鎖で繋がれた牛と馬の顔をした二足歩行の二体の化け物だった。
双方とも身長は、ゆうに三メートルは越えているだろうか。筋肉の塊の様な奴らだ。
向かって右が牛頭、左が馬頭で、それぞれが巨大なウォーハンマーを抱えている。
牛の方はミノタウロスかと思ったが、どうも違うみたいだ。
「テルアイラさん、あれなんですか? 獣人じゃないですよね?」
「ユズリ、私が知るかよ。……デインツァ、あんたは知ってるか?」
「すまない。俺も知らない……」
「そんなのどうでもいいよー。やっつければいいんだし」
メグの奴、能天気過ぎだろう。まあ、倒してしまえばいいのは事実だが。
「余裕ぶるのもそこまでだぞ! 貴様らはここで死ぬのだからな!! おい! こいつらの枷を外せ!!」
「し、しかし、ゼルドレン陛下! ノスダイオ様が危険なので、枷を外さない様にとおっしゃっていましたが……」
「国王の俺の命令が聞けないのか!?」
「め、滅相もございません!! おい、今すぐ実験体の枷を外すのだ!!」
玉座のオッサンに脅された兵士のリーダーが、下っ端らしき兵士に命じると、その兵士が小さな装置みたいなのを操作し始めた。
その途端、牛頭と馬頭の化け物が耳をつんざく咆哮を上げる。
そして、そのまま巨大なウォーハンマーを横殴りに薙いで、自分達を拘束していた兵士達に叩き付けた。
可哀想に。兵士達は水風船が弾ける様に木端微塵だ。ついでに命令した兵士も叩き潰されている。
「はっはっは!! ゴウズとメウズには、お前達でも勝てまい!! せいぜい苦しまない様に殺してもらうんだな!!」
相変わらず玉座でアホみたいに高笑いしているオッサンだが、仮にこいつらが私達に勝ったとしても、この二体の化け物をどうするんだろうな?
次の餌食になるのはお前自身なんだぞ?
まあ、そんな事にまで頭が回るんだったらこんなアホ面してないよな。
「わぁ、強そうだね! 私が牛の方と戦うから、ユズリは馬の方をお願いね!!」
「あ、ちょっとメグさん! 勝手に決めないでくださいよう!!」
メグの奴、嬉々として牛の化け物の方に駆け出して行った。
ユズリの方は、やれやれといった感じで馬の化け物と対峙する。
「デインツァ、私達は高みの見物だ」
「二人に任せていいのか!?」
「私達の出る幕はないよ。邪魔にならない様にしてよう」
「しかし……」
デインツァが難色を示した時だった。
突然、天井から無数の魔力弾が降り注いできたので、魔力障壁を張って直撃を防いだ。
「お前達の相手は、我々宮廷魔導師だ! とくと魔導の真髄を味わうがよい!!」
声のする方へ目をやると、深紅のローブに身を包んだ十数人が私達に杖を向けている。
これまた宮廷魔導士だなんて、ご大層な奴らだなぁ。
「おのれぇ、ゼルドレンめ! 遠距離攻撃とは卑怯だぞ!!」
デインツァが悔しげに宮廷魔導士とやらを睨みつける。
それを見て、玉座のオッサンが満足そうな表情を浮かべた。
「ふははははは! 絶望に打ちひしがれろ!!」
あー、うん。お約束な展開だよね。
あちらこちらから、ヒョロヒョロした魔力弾やらが飛んでくるが、私の魔力障壁の前には無力だ。
ここはデインツァに花を持たせてやるか。
「おい、デインツァ。私は大丈夫だ。お前は宮廷魔導士とやらを頼む。やれるな?」
「ああ。任せてくれ!」
剣を握りしめて駆け出すデインツァに障壁魔法を掛け、宮廷魔導士とやらに適度に牽制攻撃して注意を逸らしてやる。
まあ、この調子なら大丈夫だろう。さて、メグ達の方はどうかな?
……派手にやっておりますなぁ。
「いいね、いいね! そのパワー!! そうこなくっちゃ!!」
尻尾が二股になっているメグは、牛頭が叩き付けるウォーハンマーをひらりとかわし、笑顔で牛頭の顔面を蹴り飛ばしている。
相変わらずとんでもない奴だよなー。
「あなたの力はその程度ですか? 神の御力の前では無力にも等しいですよ!」
ユズリの方は、ご自慢のメイスで馬頭の巨大なウォーハンマーと打ち合っている。
やっぱ、こいつら普通に化け物だわー。
デインツァの方は、あらかた魔導士達を切り伏せているな。
「ゴウズ、メウズ!! 相手は小娘だぞ!? 何をやってるんだ!!」
玉座のオッサンが口角泡を飛ばして叫んでおりますなぁ。
そろそろ頃合いだろうか。
「おい、メグにユズリ! その辺で決めろ!!」
「りょーかい!」
「まったく、好き勝手言ってくれますね!」
メグが飛び上がり、延髄蹴りで牛頭の首をへし折る。ユズリはメイスを馬頭の脳天に叩き込んでそれぞれ止めを刺していた。
「……ごめんね」
「神の御許に召されて下さい」
とどめを刺した二人が複雑な表情をしている。
考えてもみれば、あの二体の化け物も人工的に生み出されたのだろう。
可哀想な事をしたかもしれないけど、恨むならお前達を創り出した奴を恨んでくれ。
「ひ、ひいいいいい!! お前達は何なのだーーーー!?」
偉そうにふんぞり返っていたオッサンは、小物っぽく玉座から転がり落ちて這いつくばりながら逃げようとしている。
「誰か! 誰かいないのかーーーーー!?」
必死に叫んでいるが、助けは誰も来ない。
「……こんな奴に父上や母上達が殺されたというのか」
無表情のデインツァが剣を片手に、這いつくばって喚く男に近付いていく。
「お、お前ごときに、この私の崇高なる計画が邪魔され——」
男が言い終える前に、デインツァの剣が男の胸を貫いていた。




