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56 私だっていい所を見せたかったんだよぉ

 私達は短髪の男を伴って街中を駆け抜ける。

 時々、交戦したのか兵士らしき男達が転がっているのが見えた。

 それにしても焼け焦げた兵士が多いのだが、剣闘奴隷に魔法使いでもいたのだろうか?


「ねえ、テルアイラ。街中が火事になってるんだけど、これってお父さん達がやったの?」


「分からん。お前の親父のガーランドと一緒にいた銀魔狼は冷気を操る魔獣なので、この火災とは関係ないと思うのだが……」


「でも、テルアイラさん。現に街中が燃えてますよね?」


 ユズリの言葉に短髪の男が顔をしかめている。

 同じ魔狼でも赤魔狼って奴が炎を吐くが、ここまで火災を広げるとは思えん。

 それこそ数十頭もいれば話が別だが……。


「……まさか、火トカゲか!?」


「それって、サラマンダーって魔物だっけ?」

「そんな危ない魔物が何でこの街にいるんですか!?」


「あくまでも可能性の話だよ。ただ、街中を火に包む能力はあるだろうな」


 思わず無言になってしまった。サラマンダーは吐き出す炎の威力も厄介だが、その表皮は固く、並の刃物では歯が立たない。

 私達なら対処出来るが、その辺の冒険者はおろか、一般兵士ではどうしようもないだろう。

 焼け焦げている兵士達の遺体を見てしまうと、サラマンダーが現れた可能性を捨てきれない。



「多分、コロシアムだ……」


 短髪の男が吐き棄てる様に言った。


「何だって!? そんなヤバい奴まで飼ってたのか?」


「見せ物で剣闘奴隷と戦わせるために、とんでもない金を掛けて様々な魔獣を仕入れていたと聞く。まさか、魔物にまで手を出していたとは。そのための重税で、どれだけ皆が苦しんでいると思っているのか……!」


「税とかそっちの国の事情は分からんが、コロシアムにはそんなヤバいのがゴロゴロいるのか?」


 短髪の男が頷いた。


「じゃあ、お父さんがそんな危ない魔物を逃がしちゃったって事?」

「いくらガーランドさんでも、それは非常識過ぎますよ……」


 あの戦闘バカでも流石にそこまで考え無しだとは思いたくないが……。

 むしろ、アイツなら率先して魔物と戦っていただろう。


「本当に危険なのは厳重に管理されているはずだ。恐らくは、追い詰められた関係者が放したのかもしれない」


 死なばもろともってやつか。

 だとしても、要因を作ったのは私達なので無関係とは言えなくもない。


「何にしても、さっさと城へ向かおう。私達の目的は魔物討伐じゃないからな」


 短髪の男には悪いが、この街を守っている場合じゃない。

 そう思って前を向いた時だった。



「あれって、サラマンダーだよね?」

「それ以外に何に見えるんですか、メグさん」


 体長十数メートルだろうか、口元からチロチロと火が漏れ出ている真っ赤な巨大トカゲがこちらを見ていた。


「回り道がある! そっちへ向かおう!!」


 短髪の男が叫ぶが、ここで逃がしたら被害が広がるだろうな。

 ミンニエリ達の所へ行ってしまったら、アイツでも獣人の子達を守りきれないかもしれない。


「メグ、ユズリ! やるぞ!!」


「ほい来た!!」

「了解です!!」


「お、お前達、正気かーーー!?」


 短髪の男の叫びを無視して、私達は駆け出した。


 サラマンダーが口を大きく開けて火を噴きだしたので、それを水の精霊魔法による障壁で防ぐ。途端に障壁で守られている以外の周囲が焼け焦げた。

 まともに食らったら洒落にならん熱量だな。

 再度、火を噴き出す行動に移ったのと同時に口内に氷柱を何本も撃ち込んでやる。

 サラマンダーの口内で水蒸気爆発みたいなのが起き、のたうち回っているが致命傷ではない。

 流石に頑丈だな。


「任せて下さい! 我に加護を――」


 ユズリが空中で一回転しながら振り下ろしたメイスで、サラマンダーの頭を叩き潰すと色々な物が飛び散った。

 これで決まったな。相変わらずの無慈悲な攻撃だ。


「とどめだよー!!」


 突然メグがそう叫びながら、サラマンダーの横っ腹に拳を叩き込むなり爆散させてしまった。


「おい、ふざけんなよメグ!! バラバラにするなよ!!」


「そうですよ! せっかく私が頭だけ潰して綺麗に倒したのに、粉々にしちゃったら素材の価値が無くなっちゃうじゃないですか!!」


「えー。だって、私だっていい所を見せたかったんだよぉ」


「誰に見せるんだよ!!」

「ギャラリーなんて誰もいないじゃないですか!!」


 不満そうなメグが指差す先には、短髪の男が呆然としていた。

 いや、見せられてる方も困っているだろう……。


「まあ、いいや。魔石だけでも回収しとくか」

「そうですね。メグさん、次からは素材回収の事も考えて行動してくださいね」


「はーーーい」


 ぶーたれて口を尖らせてるメグの事を気にせずに、城へと駆け出すと短髪の男もちゃんとついてきた。そこはヘタレじゃなくて助かったよ。


 しばらく走っていると、前方から土煙が迫って来る。

 お次は何でしょうかね。


「おっきな猪!!」


 メグが嬉々として叫ぶ。

 魔狼と並んで割と見掛ける魔獣だが、魔狼と違って突き進む事しか脳が無い奴だ。

 きっと街中を縦横無尽に破壊しまくっていたのだろう。

 だとすると、こいつも無視は出来ないな。サクッとやりますか。

 私達が巨大な猪の魔獣と対峙しようとすると、短髪の男が剣を手に私達の前に出た。


「一応、俺も戦えるところを見せないと格好がつかないんでね」


 こいつも見栄っ張りかよ。

 それなりに戦えるみたいなので、お手並み拝見といきましょうかね。


 手負いで目が血走っている猪が迫ってくる中、短髪の男は剣を構える。


「先手必勝!! 一撃必殺!!」


 短髪の男が大きく足を踏み出すのと同時に、剣先を巨大猪の顎から脳天に向けて突き出す。

 一瞬の間の後、巨大猪は横倒しになって絶命していた。


「ほほう。アンタやるなぁ」

「無駄に苦しませないのは、好感が持てますね」

「剣から衝撃波かあ。面白い技だね」


「お恥ずかしながら、初見殺しの技なので防がれると次は無いのだが……」


 短髪の男は私達に褒められて満更でも無さそうだ。


「それでも大した物だよ。的確に相手の弱点に打ち込める事が出来れば、文字通り一撃必殺の技だな」


「でも、あんた達に見せてしまったので、何かあった時には俺に勝ち目は無いな。もっとも、最初から勝てる気はしないが」


「ん? 私達と敵対したいのか?」


「……国を守るとなったらな」


 短髪の男は、それっきり何も言わなかった。

 それから私達は、襲い掛かって来る魔獣どもを一掃しながら、ようやく城門に辿り着いた。




「これって、堂々と入れるんですかね?」


 物陰から顔を出して城門を見ていたユズリが呟く。

 常時だったらまず無理だろうな。だが、今は非常事態だ。警備兵の数も少ない。


「殺さない様にすると、見付かる可能性も高くなるよねえ……」


 メグがぼやく。出来れば戦闘は避けたい。魔獣や魔物はともかく、人間相手は完全な悪人でなければ、後味が悪いんだよなぁ。

 あの兵士だって、立場は違えど守る物があるのだから。


「ねえ、テルアイラさん。お得意の魔法でどうにかならないんですか?」

「そうだよ。いつもの精神魔法で簡単にやってよ」


「お前ら無茶言うなよ。この距離じゃ無理だし、近付いたらあっという間に見つかるだろ。……アンタの方で何か策は無いか?」


 短髪の男の方を見ると、何か考え込んでいるみたいだ。

 妙案はあるのだろうか。


「以前、地下の隠し通路から進入を試みたのだが、罠が張り巡らされていて失敗した。しかし、悠長な事は言ってられない。今から隠し通路へ向かおう」


 おいおい、そんなヤバい橋だって分かってるのに行くのかよ!?

 罠にはまって全滅エンドとか私は嫌だぞ。


 その時だった。魔狼の群れが私達の脇を駆け抜けて城門の中へ入って行くのが目に入った。

 案の定、城門の内側では悲鳴や怒号が飛んでいる。



「お前達、こんな所で油を売っているのか?」


「お父さん!」


 銀魔狼の背に乗ったガーランドが、私達を見下ろしていた。


「ガーランドさんよう、こっちは途中でサラマンダーとか出てきて大変だったんだぞ。簡単に言うなよ」


「そうなのか? 道理で街が燃えてると思ったな。途中で火にまかれて逃げ遅れた住民達を助けたりしてたんだが、サラマンダーがいたのか……。戦ってみたかったな」


 娘が娘なら、親も親だな。

 だがこの反応からすると、ガーランドが危険な魔物を街に放したって訳じゃなさそうで安心した。


「それはそうと、城に入らないのか?」


「見張りの兵がいたので、計画を練ってたんだよ……だが、それも要らなくなったな」


 魔狼の群れが入り込んだ事によって、城内はパニックに陥ってるみたいだ。

 この混乱に乗じてお邪魔する事にしよう。


「じゃあ、俺はかく乱してればいいんだな?」


「頼む。それと出来るだけ殺さないでやってくれ」


「……ふん。甘いな」


 ガーランドに鼻で笑われてしまった。

 そうだよな。ここは獣人にとっての仇みたいな国だ。

 恨みを持つ者は多いのだろう。

 短髪の男は、私達の会話を聞いて黙ったままであった。



  ◆◆◆



 城内は兵士が出払っているのか、静かだ。非戦闘員は既に避難しているみたいだ。

 時折、兵士に遭遇するもメグとユズリが一撃で気絶させていく。


「こっちだ」


 短髪の男が迷いなく城の中を走って進んで行く。

 正直、城の中に入り込めば何とかなると思っていたが、道案内がいてくれて助かったよ。


「それにしても、テルアイラさん。あの人って何者なんですか? やけに城の内部に詳しいですよね?」


「さあな。他人の経歴を詮索するのもあんまりいい趣味じゃないぞ、ユズリ」


「案外、私みたいに元王族だったりしてねー」


 メグがアホみたいな事を言い出したその時だ。

 先導する短髪の男が立ち止まったのは、如何にも王の間と思われる大きな扉の前だった。

 躊躇ちゅうちょなく扉を開くと、王の間に飛び込んだ。

 私達もそれに続く。


 私達が目にしたのは、王の間の玉座で偉そうに踏ん反り返っているオッサンだった。

 アイツが今回のターゲットか。あれをどうにかすれば、今回の仕事は終了だ。

 早く帰って、お気に入りの少年に会いたいな!



「覚悟しろゼルドレン!! 先王アーデントが末子、デインツァが貴様の首を貰い受ける!!」


 いきなりそう叫んだ短髪の男が、剣の切っ先を玉座に向けた。


 ……面倒な展開は、やめてくれませんかね!?

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