55 みんなで連れて帰ってあげような
「た、大変だ!! 街で剣闘奴隷達と対戦用の魔獣共が暴れている! それにあちこちで火災が起きているぞ!!」
予想通りというか、お約束だ。ガーランドの奴が独断で動き出したみたいだ。
「な、何だってーーー!?」
「我々の他に動いている組織があったのか!?」
「まずは状況確認と住民の避難が先だ!!」
「…………ぐう……はっ!? 吾輩は寝ていたのか!?」
さっきから腕を組んで眠っていた男の鼻ちょうちんが割れて、ようやくお目覚めらしい。
本当に大丈夫なのだろうか、こいつら……。
「とにかく外の様子が見たい。一番近い出入口があったら案内してくれ!」
「こっちだ。ついて来い」
私を隠れ家に案内した短髪の男の後をついて行く。
成程、地下通路は色々な場所に通じているっぽいな。
ご丁寧に通路の壁には、主要な施設への方角と距離が記されている。
これなら、余程の方向音痴でなければ迷わないだろう。
「ここが収容施設に近い出入口だ」
短髪の男がガラクタをどかしながら扉を開く。どうやら廃材置き場みたいな場所らしい。
「……っ!」
空が赤く燃え盛っていた。あちこちで火災が起きているとの報告であったが、周囲では怒号や悲鳴が断続的に聞こえてくる。想像以上に大混乱だな。
男の案内で、私はメグ達がいる収容施設へ走った。
「テルアイラ!!」
「良かった! 無事だったんですね」
「メグとユズリも無事だったか!?」
「うん。私達も他の子達も大丈夫だけど……」
「ミンニエリさんが……」
二人が指し示す方を見ると、ミンニエリと数人の少女達がうずくまっている。
まさか、怪我でもしたのでは……。
……いや、違う。ミンニエリは少女の亡骸を抱きしめていただけだ。
その周囲を数人の少女が取り囲んでいる。
「それで、そっちの男の人は誰?」
「もしかして、内通者さんですか?」
「ああ、まあそんなところだ」
短髪の男はメグ達に軽く会釈している。
私はその間に、ミンニエリの方へ向かう。
「その子は?」
できるだけ優しく声を掛けたつもりだが、ミンニエリ達の体が強張った。
「私達の集落の子です……助けられませんでした」
「そうか……」
恐らく交戦したのだろう。返り血で汚れたミンニエリの顔は涙で濡れている。
まったく、こんな時に私は何と言葉を掛けたらいいのだろうか。
そんな私に気を使ったのか、ミンニエリが涙を拭って立ち上がった。
「テルアイラさん。この子を連れて帰りたいです。せめて、生まれ故郷の土に還してあげたいです。この状況で無理な事を言っているは重々承知していますが、お願いします……」
「「「「お願いします」」」
ああもう! ミンニエリとその周囲の子達に頭を下げられたら断れないじゃないか!!
「分かった。みんなで連れて帰ってあげような」
「ありがとうございます……」
水精霊の魔法の応用で氷を作りだし、少女の亡骸を凍結させる。
魔力で固めた氷なので、滅多な事では溶け出さないはずだ。全てが終わったら連れて帰ってやろう。
「それで、この騒ぎはどうなってるんだ?」
メグとユズリに聞くと、二人は複雑な顔をしている。
まさか、こいつらの仕業なのか!?
そういえば、収容施設も何だか荒れ放題になってるし……。
「えっとね、地下施設を調べてたら色々あって、壊しちゃったんだよね」
「何だか大きな魔石が組み込まれた柱がありまして、メイスでフルスイングしたら爆発しちゃいまして……」
思わず天を仰いだ。
本当に何をしてくれてるんですかね、こいつらは。返り血で血まみれなのに、世間話でもするかのようにまったく悪びれていない。
私に付き添って来た短髪の男なんか、絶句して言葉も出ないらしい。
「でもね、違うんだよ?」
「そうですよ。私達のせいじゃないですからね?」
「何が違うんだっての。現にこうして街中が混乱してるじゃないか」
「私達が壊したのは地下の施設だけど、地上に出たら街中が大変な事になってたんだよ!」
「爆発はあくまでも、地下だけでしたし!」
そうなると、街の混乱の原因はガーランドの独断行動って事か。
これはある意味好機だよな。元からそういう作戦だったし。
混乱に乗じて城に潜入、ヴィルオン国王を捕らえれば私達の勝ちだ。
そんな算段をしていると、魔獣である魔狼が数頭、私達の前に姿を現した。
咄嗟に攻撃態勢に移るも、聞き覚えのある声がする。
「思ったより早く行動に出たな! おかげでこっちも大変だったぞ!!」
ひと際大きな魔狼と一緒にいたのは、ガーランドだった。
「は!? 何を言ってるんだよ!! お前が勝手に行動を起こしたんだろ!?」
「何を言うのだ、エルフのお嬢さん。最初に合図の爆発を起こしたのはそっちだろう?」
はて……。そんな合図を出した覚えは無いのだが……。
自然とメグとユズリに視線を向けるが、露骨に顔を背ける。
「合図って、どう考えてもお前達が起こした爆発だよなぁ」
「そう、なるかなぁ」
「えへへ。誰にでもミスはありますって」
こんちくしょうめ。後で反省会だからな!!
「それはそうと、お父さん。その魔狼はどうしたの?」
「ん? こいつらか? コロシアムでの見せ物に使われる奴らだったので、逃がしてやったんだが、どうも懐かれてしまってな」
ガーランドがそう言いながら、リーダーらしき銀色の魔狼の首筋を撫でると、銀色の魔狼も鼻筋をガーランドにこすりつけている。すっかり仲良しさんだな。
「どうだ、メグ? 美人の銀魔狼だろう? この銀色の毛並みを見ていると、妻のイリーシャを思い出す——」
そこまで言って、ガーランドは銀魔狼に頭から噛みつかれていた。
「お、お父さん!?」
「はっはっはっは! こいつめ、やきもちを焼くなんて可愛い奴だなあ!」
そういう問題じゃないだろう。
展開に付いて行けない者達が唖然としてしまっている。
「まあ、いいや。私達はこれから城に潜入する。あんたは捕まっていた子達を保護してもらえないか?」
地下組織の奴らは、当てになら無さそうだ。
少なくともガーランドなら、彼女達を守る力はあるはず。
「む、そうか。ならば同士を呼ぶとしよう」
ガーランドが指示すると、銀魔狼が遠吠えをする。
程なくして、魔狼の群れと筋骨隆々のガラの悪そうな獣人の男達が現れた。
奴隷の首輪をつけている事からすると、どうやら解放した剣闘奴隷みたいだな。
「ガーランドの兄貴、お呼びですかい?」
「俺達、兄貴に一生ついて行きやすぜ!!」
「よく来てくれた。お前達に、この子達の保護を頼みたい。頼めるか?」
「任せてくれ!!」
「お安いご用ですぜ!!」
男達の見た目が恐ろしいので、助けた子達が震えあがってしまっている。
これは仕方ないな。私だってこんなのに囲まれるのは嫌だ。
「こいつらもコロシアムで知り合った奴らでな。気のいい男達だ」
ガーランドはそう説明するが、捕まっていた少女達の恐怖心はそう簡単に拭えないだろう。
そう思っていると、豹耳の少女がおずおずと男の一人に近付いた。
「もしかして……お父さん?」
「……!? ベイルか?」
「やっぱりお父さんだ! 良かった、無事で!!」
「お前こそ、生きていてくれて良かった……」
再会した親子が抱き合っているのを見て、他の少女達の警戒心も薄れたみたいだ。
剣闘奴隷達も鼻をすする者や、男泣きしてるのもいる。
気のいい男達ってのは本当みたいだな。
「さて、俺の方は兵士共を相手に暴れてくるとするか! メグ、お前達もしっかりやれよ!」
そう言って、ガーランドは銀魔狼の背に飛び乗り、数頭の魔狼達と市街地へ向かって行った。
「そんで、あんた達の方はどうするんだ?」
私に付き添って来た短髪の男に問い掛ける。
男の方は、駆け付けた仲間らしき男達に何か指示を出していた。
「……俺も城に同行させて欲しい。一応、城の内部を把握している」
「そうか。助かる」
多くは聞くまい。こいつも何かを隠してるっぽいが、今は同じ打倒ヴィルオン国王だ。手助けしてくれる者がいれば利用させてもらおう。
それに、いざとなったら見捨てればいいんだし。
「わ、私もテルアイラさん達と一緒に行きます!!」
「ミンニエリは残れ」
「何故ですか!?」
「ここからは、私達の仕事だ。お前には関係ない」
「で、でも……!!」
「テルアイラの言う通りだよ。ミンニエリは残って、みんなを守って」
「ミンニエリさんが、私達の帰って来る場所を死守してください」
メグとユズリにも言われてしまい、ミンニエリが俯いてしまう。
ここからは、政治が絡んだやり取りだ。こいつを巻き込みたくない。
「それだったら、我々の同士と一緒に一般住民の避難を手伝ってくれまいか? 悪いのは現国王とノスダイオであって、これ以上、街に損害を出したくない」
短髪の男の提案にミンニエリは静かに頷いた。
そうと決まれば、城に乗り込むぞ!!




