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54 そうだ! あなたに加護を与えて差し上げます!!

※胸糞描写と残酷な描写がややあります。

誤字修正しました

 〜ユズリ視点〜


 私は昔から他人に流される事が多いです。

 あんまり自分から『こうしたい』という様な事を言わないタイプでしたので、何となく周囲の人の言う事を聞いて生きてきました。


 唯一の例外は、子供の頃に見た神楽舞。私の住む地域は極東の国の人達が多く住んでいたので、極東の神様を祀る神社という教会みたいな施設もあって、そこのお祭りで見た舞い踊るキツネの獣人の巫女さんに憧れたのです。


 子供心になんて綺麗な人達なんだろうと思って、父親に自分もやりたいと言ったのですが、お前には無理だと鼻で笑われてしまいました。

 後から知りましたが、あれはキツネの獣人に伝わる神様を祀っているので、他の種族は正式な巫女になれないそうです。

 そもそも、私みたいなタヌキの獣人は論外だとか。その反動なのか、今ではキツネの獣人が苦手になってしまいましたけど。


 それはさておき、父親からは『そんなに神に仕えたかったら神官の資格でも取れ』と教会に併設されている学校に入れられてしまったのです。

 今まで自分の意思をあまり表に出さなかった私が将来の事を口にしたものだから、喜んだ家族が勝手に手続きをしてしまい、今更興味が無いとは言えずに何となく教会の学校で教えを受ける事になってしまいました。


 そこでは仲の良い友人もできたし、全裸のおじさんが乱入してきたトラブルもありましたが、それなりに平和な学生生活を送る事ができたのでした。

 あの事件が起きるまでは……。



 その日、女神エルファルドを象った石像の前で日課の祈りを捧げていると、強烈な光に包まれました。

 驚いたのも束の間、私は真っ白い空間に座り込んでいて、目の前には石像に象られていた本人がおわすじゃないですか。

 これが噂に聞く『奇跡』という現象なのでしょうか。



「もしかして、エルファルド……様ですか?」


「そうですよ。いつも熱心に祈りを捧げてくれてありがとう。……でも、本心では別の事を考えてるのかしら?」


 驚きました。神様が目の前にいるのも驚きですが、私の本心が見透かされています。


「申し訳ありません。実は——」


 神様の前でこんな事を言うのは罰当たりだとは、自分でも重々承知しています。

 ですが、自分の心に嘘はつきたくありませんでした。



「まあ!? 本当は巫女になりたかったと……」


「はい。他の敬虔な信徒に対して失礼だと自覚しております。罰を受ける覚悟はできております」


 エルファルド様は驚きに目を大きく開き、そのまま何かを考えるかの様に顎に手を当てています。


「うーん。極東の神ですかぁ……。ほとんど面識が無いので、私もよく知らないのですよね。挨拶に行こうかと思ったのですが、他の神々の手前それも難しくて……」


 よく分かりませんが、エルファルド様も他の神様との付き合いで苦労されている様です。


「ねえ、ちょっと聞いてよ。ただでさえ、他の次元から神を名乗る者達が攻め込んできたのでようやく追い払ったと思ったら、今度は異世界から人間を引っ張り込んできたりとかして色々大変なのよ? しかもその異世界人とやらが魔王になって暴れ出してるし! というか、別次元と異世界ってどう違うの? 全く理解できないんだけど!!」


「はあ……」


 エルファルド様が段々とヒートアップしてきて、遂にはグチを言い始めてしまいました。

 よく分かりませんが、魔王の脅威は実際に起きている事です。

 私が産まれる少し前には、獣人の王が治める国が魔王軍に滅ぼされたらしいです。

 幸い、私が暮らす国には魔王の手が伸びていませんが、侵攻も時間の問題かもしれません。東のレイデンシア王国方面に移住しようかと計画する人達が増えているとも聞きます。


「そうだ! あなたに加護を与えて差し上げます!!」


「……はい?」


「その加護で魔王をやっつけてくれない? うん、それがいいわね!!」


「ふぇ!? いきなり加護だなんて、それも魔王を討伐ですか!? その様な事を言われても困ります!!」


 突然何を言い出すのでしょうか。物語で神々は傍若無人で理不尽だと描写される事が多いですが、正にその通りです。


「大丈夫だって。あなたは正直者ですし、何より私好みのタイプだから自信を持って!」


 そのままエルファルド様は消えてしまいました。

 仲間を見つけて冒険の旅に出なさいと言い残して。


 それから紆余曲折あって、自称勇者に率いられて何とか魔王を打ち倒す事はできました。

 疲れたので、しばらくゆっくり観光でもしようかとレイデンシア王国にやってきたのですが……どうしてこんな状況になったのでしょうかね。


 成り行きとは言え、何か悪い事を企んでいる国に入り込んで、その国の国王を暗殺してこいって、意味が分かりません。

 ……今まで誰かに目的地を決めてもらっていたツケが今になって来たのでしょうか。

 テルアイラさん達と一緒にいて精神的にも随分と鍛えられましたし、これが全部済んだらもっと自己主張して生きていこうと思います。



  ◆◆◆



「ほら、ユズリ遅れてるよ」

「あ、メグさん待ってくださいよう」


 考え事をしている場合ではありませんでした。テルアイラさんが内通者とやらに会いに行っている間に、私達は収容所の地下施設の偵察です。


「ミンニエリは先行し過ぎだよ。ここはもう少し慎重にね」

「分かりました!」


 普段はマイペースなメグさんですが、意外に面倒見が良くて頼りになります。

 私もしっかりしないといけませんね。


 テルアイラさんが収容所の看守達を無力化してくれたおかげか、地下施設へ向かう階段を簡単に下る事ができました。


「ここは一体、何の施設なんでしょうね」


 私達の眼前に広がるのは、大きなガラスの様な透明な筒が並ぶ光景でした。

 その筒の中には液体が満たされ、異形の生物の姿も見えます。

 床や壁は金属みたいで、何だか不気味で背筋が寒くなってきました。


「ここに長居するのは、あまり良くない気がします……」


 ミンニエリさんの言葉に同意です。


「二人とも気を付けて。誰か来る」


 メグさんの制止の声に、私とミンニエリさんが慌てて物陰に身を潜めます。

 ……相手は二人。何かを運んでいるのでしょうか。台車の車輪の音が聞こえます。



「まったく、こいつも使い物にならなかったな」

「しかたない。さっさとバラして魔獣のエサにしよう」


 現れたのは見慣れぬ白い上着を着込んだ男達でした。何かを乗せているのか、布が被せられている台車を押しています。

 その二人は鼻と口元を隠すような白い布を顔に巻き、手袋をしていて何とも怪しげな風体です。

 思わず私達は、互いの顔を見合わせてしまいました。


「薬を投与しただけでショック死するんだからな。実験にもならないぜ」

「そのくせ、散々泣き喚くから手間ばかり掛かかるしな」


「せめて肉体変化でもしてくれれば良かったのだが。そうしたらサンプルとして保存してやったのに」

「ノスダイオ様みたいにはいかないよ。ま、切り替えて次に行こうや」


 二人が何を言っているのか分かりませんが、不穏な事なのは確かです。


「メグさん、どうします?」

「もう少し様子を見よう。ユズリ」


 いつになくメグさんも慎重です。こんな怪しげな場所で、怪しげな二人組が怪しげな会話をしてるんですから、不用意に動けませんよね。

 そう思っていると、台車の車輪が何かに乗り上げたのか台車が傾いて、乗せていた物がどさりと床に転がり落ちました。


「「「!?」」」


 ……それは獣人の少女の亡骸でした。

 何かの実験をされたのか、その顔は苦悶に満ちていました。


「あー、あー。ゴミならゴミらしく大人しく死んでろよ」

「ったく、落とすなよ。お前が拾えよな」


「えー、俺が悪いのかよ。手間掛けさせやがって……このゴミがぁっっっ!」

「おいおい、死んでるからってボールみたいに蹴り飛ばすなよなぁ」


「そういうお前だって蹴り入れてるじゃねえかよ」

「ん? そうか? ゴミだから気付かなかったなぁ。ははは」



 ひどい……!


 どうしよう。今すぐこの男達をぶちのめしたい。でも、そんな事をしたら見付かって騒ぎになってしまうかもしれない。

 私は思わずメグさんを見ると、彼女は無表情で男達を見ています。

 その時でした。私の横を風が通り過ぎたと思った瞬間、ミンニエリさんが笑っている男の頭を掴んで床に叩き付けていました。同時に床に赤い飛沫しぶきが飛び散ります。


「ユズリ、行くよ」

「はいっ!」


「ひいぃっ!? な、何なんだお前達はーーー!!!」


 こうなったら、もうヤケです。騒ぎになろうが全部やっつければいいんですから。

 男が上着のポケットから何かを取り出して操作するのと同時に、メグさんが男の顔面を殴りつけて叩き潰しました。

 ……あれではもう助からないでしょうね。

 今のが契機だったのか、周囲にけたたましい警報が鳴り響きだしました。



「ミンニエリさん……」


 彼女は少女の亡骸を抱いて震えていました。

 苦し気な表情で見開かれている目を彼女がそっと手で閉じさせてあげています。


「この子、私の集落で連れ去られた子です。私があの時に守れていれば……」


 ミンニエリさんに掛ける言葉が見つかりません。

 それはメグさんも同じで、私達は立ち尽くすしかありませんでした。

 こんな時、テルアイラさんがいてくれたら……と強く思ってしまいます。



「いたぞー! こっちだー!!」

「侵入者を始末しろ!!」

「上の奴らは何をしていたんだ!?」


 ですが、私達に感傷に浸る時間は無いようです。

 すぐに先程と同じ様な白い上着を着た人や兵士達が武器を手にして走ってきました。


「すみません。私が我慢できなかったせいで……」

「ミンニエリは悪くないよ。私だってもう少しで飛び出すところだったんだから」


「それよりも、大勢来てますってば!!」


「分かってるって。……二人とも、あいつら全員潰すよ」


 いつになく険しい顔をしたメグさんが低い声で呟くと、私達は力強く頷きました。

 こんな怪しげな施設もついでに壊してしまいましょう!!

 私は愛用のメイスを強く握りました。


 ——エルファルド神のご加護を!!



  ◆◆◆



 全てが終わって収容所の外に出てみると、周囲は大騒ぎでした。

 空が赤く燃え、あちらこちらで怒号や悲鳴が聞こえてきます。

 地下の施設に大きな魔石が組み込まれた柱があったので、メイスでフルスイングしたら大きな爆発が起きてしまいました。

 はて? 街中を破壊するまでの爆発では無かったと思いますが……。


「ねえ、みんな。一体何があったの?」


 返り血で真っ赤なメグさんが、捕まっていた子達に笑顔で尋ねるのですが、ホラーにしか見えません。

 怯えて座り込んでしまっている彼女達の中から、ひょう耳の子が恐々と教えてくれました。


「ち、地下から大きな音と振動がして何事かと思っていたら、すぐに街の中心街からも大きな音がして、それがどんどん広がって……」


 彼女が指差す方向は、メグさんの父親であるガーランドさんが連れて行かれたコロシアムでした。

 ……まさか、ですよね。

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