49 良きにはからえ
まあ! 奪われた土地を奪還だなんて、大それた事を言う御仁ですこと。
現在のフェイミスヤの土地は、魔王が倒れた際にヴィルオン国が混乱に乗じて奪い取ったのだ。
それを取り戻すとなると、戦争を仕掛けるのと変わらないじゃないか。
「それは、王国にヴィルオン国に対して宣戦布告しろって事か?」
成り行きでそうなってしまったが、今の私達は王国に雇われている。
その雇い主に戦争を仕掛けさせるのは、どうかと思うぞ。
メグとユズリも不安げな表情を浮かべている。
「まあ、落ち着け。俺もそんな無責任な事は考えていない」
メグの父親のガーランドは、睨む私の視線を軽く受け流す。
そもそもが、娘に国土奪還を丸投げしてる時点で無責任じゃないのかね。
メグの母親のイリーシャは、申し訳ないと思っているのか、終始うつむいてしまっている。
「じゃあ、何か策でもあるのか?」
「うむ。実は内通者がいてな。その者の情報によると、どうやらヴィルオン国内で、とある動きがあるそうだ」
「ほほう。内通者とな。そいつは信用できるのか?」
「勿論だ。ヴィルオンは先王が謎の死を遂げ、現在の国王が即位した。それを快く思わない者達、早い話が先王派が内通者なのだ」
一気にきな臭い話になってきたなぁ。
メグは話に付いて行けないのか、呆けた顔をしている。って、お前が当事者なんだからしっかりしろよ。
「そんで、その内通者と組んで現王を暗殺しろとでも?」
「ご名答!」
冗談のつもりで言ったのだが、物凄くいい笑顔で返されてしまった。
冷静に考えると、それは思いっきりヤバい橋を渡る事になるじゃないか!
「……ちょっと待ってくれ。考えをまとめたい」
「うむ」
簡単に言うが、そんな事をしたらヴィルオン国が大混乱に陥るんじゃないか?
その状況で、どうやって土地を奪還して国を再興するというのだ?
そもそも、ヴィルオン国にどうやって入り込むんだ?
どう考えても疑問しか湧いてこない。
仕方なく私は、そのままの疑問をガーランドにぶつけてみたのだが……。
「良きにはからえ」
こんの野郎……!
丸投げもいいところじゃないか。どんだけ無責任なんだよ!
何も聞かなかったことにして、帰ってしまおうか。
「ちなみに言っておくが、この計画を聞いておいて逃げようと考えるなよ?」
にこやかにプレッシャー掛けてきたよ。くそ、こんな所にくるんじゃかったよ。
「申し訳ありません。私達のために、皆さんに大変なご迷惑をお掛けして……」
イリーシャが深々と頭を下げるが、既に迷惑ってレベルじゃないぞ。
それにしても、こんな旦那だとこの人も相当苦労してるんだろうな。頭を下げる姿が痛々しい。
「ガーランドさんよう、奥さんをもうちょっと労わってやりなさいよ。何だか見てて可哀想だぞ」
「むう、そうか。これでも週五でエステ通いさせてるし、好きな物は買わせてやってるのだが、まだ足りぬか……」
いや、それはかなり贅沢させてますがな。というか、この集落にエステあるのかよ。私も行きたいんだけど。
よく見たら、奥さんの肌が凄く色つやがいいし、爪も綺麗に手入れがされてる。 しかもアクセサリーも良いのを付けてるな。何だか急にムカついてきたぞ。
「素敵な旦那様に愛されるためには、日頃のお手入れも必要ですし……」
「イリーシャ。お前はいつ見ても美しいぞ。まるで雪の妖精の様だ」
「ガーランド様……」
「イリーシャ……」
私達そっちのけで、そこの夫婦が自分達の世界に入りやがってるんだけど。
「なあ、メグ。この二人を爆裂魔法で吹っ飛ばしていいかな?」
「一応、私の両親だからやめてね?」
何だよつまらん。ノリが悪いなぁ。どうせ吹っ飛ばしても無傷だろ。
「テルアイラさん、これからどうするんですか?」
早くこの場から立ち去りたいって表情のユズリが聞いてくる。
あーあ。面倒事は、結局私が全部やる事になるんだよなぁ。
「なあ、ガーランドさんよ。最初に聞いておきたいんだけどさ、その計画が成功した暁には、私達に何かメリットがあるのか?」
それこそ魅力的な報酬が無ければ、骨折り損もいいところだ。
「そうだな。メグナーシャが女王に即位したら、エルフとタヌキのお嬢さんには側近になってもらうか。国の重鎮だぞ、偉くなれるぞ? そうしたら、俺とイリーシャは悠々自適な生活が待っている」
おいおい。そんな子供だましみたいな話で喜ぶかっての。
後、後半部分は余計だ。むしろやる気を削がれる。
「テルアイラさん! 私達が重鎮ですって! 凄くないですか!?」
喜ぶ奴がここにいたよー!
ユズリ、お前は権力とか肩書きに弱いだろ?
「後は、フェイミスヤに伝わる秘薬のレシピを伝えよう」
「ほほう。秘薬ですとな」
そちらは俄然興味がある。
「うむ、『ユグドラシルの雫』と呼ばれる薬だ。王家にレシピが伝わっているのだが、素材が足りなくて再現できないのだがな……」
「よし、了解した!!」
それを早く言えって。前に知り合いの薬師がユグドラシルの雫を再現してみたのだが、そちらはレシピが無くて不完全な物だったのだ。
よし、善は急げだ。さっさと計画を立てよう。
「一度、王国に戻って指示を仰ぎたい。という事で、一旦帰らせてもらう。行くぞメグ、ユズリ」
「ちょっと待て」
席を立ち上がり掛けると、ガーランドに呼び止められた。
まだ何かあるのかよ。
「そのまま逃げる可能性が無いとは言えないな。誰かに残ってもらおうか」
まあ、普通に考えるとそうなるよなぁ。
流石にそこまで馬鹿ではなかったか。
「この場合は、メグさんが適任ですよね!」
「私? 別に構わないよー」
ユズリの提案で留守番はメグに決まりかけたのだが、再びガーランドの待ったが掛かった。
「身内を残されても信用できないな。なので、そこのタヌキのお嬢さんに残ってもらおう」
「え!? 私ですか! 嫌ですよう!! テルアイラさんが残って下さいよ!」
ユズリがマジ泣きで抗議するが、そんなの知った事ではない。
そもそも私が残ったら、ユズリが王国に報告をしなくちゃいけなくなる。
悪いが、それこそ不安しかない。
別に取って食われる訳じゃないんだし、ちょっとしたバカンス気分でも味わってくれ。
「残念だがユズリ、お前が指名されたのだ。安心してくれ。ちゃんと迎えにはくるぞ」
「ユズリが可哀想だから、私も残るよ。それならユズリも安心だよね?」
「うぅ、メグさん。あまり慰めになってないです……」
時間がもったいない。さっさと王国へ戻って国王に報告しておくか。
「あ、そうそう。ミンニエリの事だけど、あいつの潜在能力は高いから鍛えてやっておいてくれ。戦力になるぞ」
「む、そうか。ならば責任を持って俺が鍛えておいてやろう」
メグに伝えたつもりだったが、ガーランドが自信満々に答えている。
……頑張れよ、ミンニエリ。私は心の中で手を合わせた。
それから私は、グリフォン型のゴーレムで王都へ急ぐのだった。
◆◆◆
途中で一泊して、翌日の昼過ぎに王都へ到着した。
その足で城へ報告に向かったのだが、とんでもない事になった。
北の蛮族の実態の件とガーランドに依頼された話を包み隠さずに報告したのだが、すぐに国王の元へ連行まがいに引き出されてしまい、そのまま国王からヴィルオン国の首都への潜入を命じられてしまったのだ。
「くそ! 私を何だと思ってるんだよ! 便利屋かっての!!」
城からの帰り道で憤ってみるが、どうしようもない。
王国の方にもヴィルオン国との内通者と繋がりがあって、機を窺っていたらしい。
それでもって、何やら現王が妙な動きを始めたらしく、先王派がそれを注視していたとの事。
私だって、都合よく働いてやる気はない。新たな報酬として、王国にフェイミスヤ国の再興を認めさせる事の約束を取り付ける事に成功した。
ついでに、フェイミスヤの土地返還に関する政治的な折衝を王国の方で請け負わせる運びとなった。
これなら、ヴィルオン国で騒ぎを起こした後の難しい後処理を王国に丸投げできる。考えてみれば、悪くはない条件かもしれないな。
メグ達の国を再興するにあたって、王国の後ろ盾があれば、かなり現実的な話となってくるだろう。
その代わりに、妙な腕輪を着けさせられてしまった。
これは私の行動を把握する為の魔道具の様だ。私が変な気や行動を起こしたら吹き飛ぶ仕掛けらしい。
要は、逃げるなって事なのだろうけど、これじゃ罪人扱いじゃないか。
何で私がこんな目に遭わなければならないのだろう……。
流石の私も疲れた。二、三日は王都でゆっくり休んでも罰は当たらないはずだ。
いつもの常宿に戻ると、私一人だったので、レンファとミラに訝しげな目で見られてしまった。
「あれ? テルアイラさん一人ですか?」
「メグ姉様はどうされたのですか?」
「あいつらは、まだ仕事中だよ。今日は疲れた。飯を用意してくれ」
大事な仕事中だと二人には説明して、早目の夕飯を食べて寝床に入ったら、あっという間に睡魔がやってきた。
翌日、店先のオープンテラスでゆっくりダラダラと過ごそうとしていたら、レンファとミラが心配そうな表情を浮かべてやってきた。
「テルアイラさんが一人って、何だか落ち着きませんね」
「もしかして、メグ姉様は危険な仕事をしているの?」
ミラの奴、中々鋭いな。
周囲の者を不安がらせては、冒険者として三流だ。一つここは安心させてやるのも素敵なレディとしての嗜みだ。
「ちょっと時間の掛かる仕事でな。私もこの後しばらく留守にするけど、心配するなって。お土産を買ってくるから楽しみしてろよ」
柄にも無く二人の頭を撫でてしまった。
仕方ない。早目に予定を切り上げてメグ達のところへ戻るか。
「うわぁ、テルアイラさんに撫でられた……。明日は季節外れの雪が降るかも!」
「私は蕁麻疹が出たっぽいです……」
お前ら地味に酷いよね。流石の私も傷付くぞ。
そんな事を考えていると、背後から素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「あれぇ? 先輩じゃないですかぁ! 今日も遊んでるのですか?」
私を先輩呼びする奴と言えば、後輩であるマリアンヌだった。
こいつは最近王都にやってきたのだが、会う度に腹が立つ。
何が腹が立つのかって言うと、本来スレンダーな体型であるエルフのくせして、こいつは胸が大きいのだ。私への嫌味としか思えない。
「マリア。それは私に対して失礼過ぎやしないか?」
「だって、先輩が仕事してるようには見えないですからぁ。私は定職に就いてますよ?」
本当にムカつく奴だな。
確かこいつは、冒険者予備校に併設された初等部の講師に正式に採用されたと聞いたな。安定の公務員かよ!
公務員か……。せっかくだから、こいつだけには話しておくか。




