5 何でその人は泣くの? 花粉症かな?
「ふと思ったんだけどさ、何だかんだ言って精神面が健康な人がいいよな」
私達は相変わらず何もせずにグダグダしている。
流石に最近はレンファの目も厳しくなってきた。これで宿代滞納でもしていたら役人に突き出されていただろう。
そんな事はお構いなしに私は昔の事を思い出していた。
「相変わらずいきなり何を言い出すのかなぁ」
相変わらずなのはお前の方だメグ。
そんな彼女の額には絆創膏が貼ってある。
どうやら昨夜は寝ぼけてユズリを襲って返り討ちにあったらしい。
もっとも本人は覚えてないらしいので余計に質が悪い。
「テルアイラさんの思い付き発言はもういい加減に慣れましたけど」
ユズリはユズリでもう少し愛想があってもいいのだと思うんだけどな。
普段の外面はいいくせに私に対してはいつも辛辣だ。納得いかぬ。
もっと私に優しくしろ。そして敬え。
「冒険者になる前の事を思い出したんだよ。私、以前は事務職をやってたんだ」
「えー!! テルアイラって社会人してたの!?」
「信じられません……。冗談じゃないですよね?」
本当にこいつらは失礼な奴らだな。
私だって最初から冒険者をやっていた訳ではない。
魔法の実力をひけらかす事無く地道に生活しようと思った時もあったもんさ。
「本当だよ。昔とあるエルフの役所で働いていたんだ。それである時、新人の女の子が入ってきてな。そいつがまたえらく陰鬱な感じであんまり関わりたくない感じでさ」
「私的にはその新人の子の話より役所で働いてるテルアイラの方が気になるんだけど……」
「そんな新人の子より役所でのテルアイラさんの事を話してくださいよう」
「うるせえよ! 私の事はどうでもいいだろ!! ……それでだ。その新人は最初からそんな感じで他の誰とも上手く馴染めなくて私達も困ってたんだ」
これ思い出すと今でも何だかモヤモヤする話なんだよなぁ。
「そっかあ。環境に馴染めないって大変だよね……。私だったらその子に公私問わず付きっきりで構っちゃうな!」
「私は面倒なので最初から無視します」
この二人の後輩になる奴は苦労するだろうな。
想像するだけで恐ろしくなる。
「そんなこんなである時、その新人がいきなり『みんながいやらしい目で私を見てくる!! そして悪口を言ってくる!!』とか支離滅裂な事を言いだして……もう大変だったわー」
「え? その話はこれで終わりなの?」
「オチはあるんですか? 何が言いたいのか分かりませんけど」
えー。
こいつらに何も伝わってないの?
「あ……うん。その新人はそのまま辞めたよ。精神面が健康な人がいいなって話だったんだけどな」
「ふうん? 健康じゃない人って?」
「もっと具体的に説明して下さいよ」
本当にこいつらアレだよな。
もっと私の気持ちを酌んでくれよ。
それにしてもあの彼女は元気してるかなぁー。
「えっと、それじゃ昔の茶飲み友達の話だ。彼女は会う度に泣くんだよ。もう鼻水と涙がダラダラでさ」
「何でその人は泣くの? 花粉症かな?」
「どうせテルアイラさんがあること無い事言って泣かしたんですよね」
本当にこいつらは人の話を真面目に聞く気があるのだろうか。
「違うわ!! まぁその何だ。恋人との関係に悩んでたらしくてな。それで喫茶店等で会う度にその話をされるのだが、ボロボロ大泣きしてまるで私が泣かしてるみたいで感じが悪かったぞ」
「あー、それは困っちゃうね。私なら気分転換に二十四時間耐久スライム駆りに連れて行ってあげるけどなぁ」
「私だったら『そんなのさっさと別れろよこんちくしょう』と吐き捨てますけどね」
まったく本当にこいつらは……。
もう考えるのはよそう。
「ただの恋人なら良かったんだけどな。その彼女の『恋人』は同性だったんだ。そもそも相手は恋人関係だとは思っていなくて単なる友人同士だと思っていたのかも知れない。そんな相手に『最近冷たいんだけど何故? どうして?』と詰め寄ったら距離を置かれたとか……」
思い込みって大変だよな。
それに親しい間柄にも距離感って大切だ。
「はぇー。そんな話があるんだね。私、同性とお付き合いした事がないから分かんないや。そもそも男の人とも付き合った事もないけどね」
どの口が言いやがる。お前は散々ユズリの寝込みを襲ってるだろうが。
と言うか男と付き合ったこと無いアピールとか要らねえよ。
そうだよ。私だってねえよ! 何故かいつも向こうが逃げるんだよ!!
……いや待てよ。集落にいた頃、幼馴染みと手を繋いだことがあるけどそれは付き合ったうちに入るかな?
「私は今の話よりテルアイラさんがどうしてそんな人と茶飲み友達だったのかが知りたいんですけど。やっぱりアレですか? 怪しいセミナーとか? テルアイラさんって詐欺とか簡単に引っ掛かりそうですもんね」
ユズリ、お前はもう少し他人を敬うという事を覚えろ。
と言うか怪しいセミナーって何なんだよ。
そんなの誘われても面倒で行かねえよ!
「まぁ……私が言いたかったのはさ、お前らみたいな単純バカでも元気な方がいいなって話だよ」
本当にこいつらと付き合ってると疲れる。
でも妙な安心感はあるんだけどな。
「は? 誰がバカなの? まさかテルアイラに言われるとは思わなかったよ」
「本当ですよ。バカの化身にバカ認定されて嬉しいと思うんですか? バカですか?」
こいつらバカと言われて急にまともに話を返してきやがったよ。くそ。
「テルアイラさんも色々苦労してるんですね……」
「レンファよ……お前は分かってくれるか!!」
一部始終を聞いていたレンファが慰めてくれた。
こいつだけだよ。私の話をまとも聞いてくれるのは。