47 頭に来た!! もう知らないから!!
ミンニエリの奴、自信を付けた途端に一気に強くなりやがったな。
一人でぶちのめした人狩りの男達を踏みつけて悦に入ってる。
「ああっ! もっと、もっと踏みつけて下さい!!」
「こうですか? それともこうですか?」
「ああ、そこっ! そこですぅ!!」
何だか違う展開になってきそうなので、その辺で止めさせておいた。
踏まれていた男に恨みがましい目で見られてしまったのだが、代わりにメグが踏みつけたら、鳴っちゃいけない音がして大人しくなっていた。
「テルアイラさん、この人達はどうしましょう? ……殺してしまうのですか?」
「いや、集落で情報を吐かそう。恐らく隣国の手の者だろうから、私達が王国に連れて行く」
後の事は知らないが、今は殺さないと言った事にミンニエリは安心した表情を浮かべた。やっぱり甘ちゃんだな、こいつは。
◆◆◆
さて、困った。人狩りの偵察を捕まえて集落で事情聴取をしていたのだが、本隊が既に近くまでやって来ているらしい。
ここの所、獣人の娘の買い取り価格が高騰してるとかで、こんな僻地まで出張ってきてるそうだ。
「くそう、旅人を襲っていた奴らが軒並み壊滅させられたとかで、こうして人目に付かない場所を選んで一攫千金を狙ったのが運の尽きだぜ……」
捕まえた男が吐き捨てるが、殺気だった集落の者に囲まれているので、それ以上は強がれなかった。
「テルアイラ殿。この者達はどうしましょうか。処分するならワシ等でしますが」
「ライガのオッサン、それは待って欲しい。こいつらは利用価値がある」
「ほほう。その利用価値とやらをお聞かせ願えますかな?」
私は、ライガ達に捕まえた男達を囮にして、本隊を誘い込んで一網打尽にする案を説明した。ここで大事なのは、敵のボスをいかにして生け捕りにするかだ。
前回は生かして捕らえる事が出来なくて苦労の割には、得られた敵の情報も微々たる物だった。
いや、リューミアとルーミの姉妹を助けられたのは大きい成果だったか。
それから私は、捕らえた男の一人に精神魔法を掛けて本隊の元へ向かわせた。
男には『獣人の集落を見付けた。男達は狩りで遠征しているので今がチャンスだ』と言わせる。
はたして、こんなお約束の手に引っ掛かってくれるかどうかは分からんが、下手に手を出して逃げられては、元も子もない。
操った男を放流してからしばらくして、集落の男の一人が駆け込んできた。
「敵がきたぞ! 人数は約三十!!」
「よし! この森へ入り込んできた事を後悔させてやれ! ただし、敵の親玉は生かして捕らえろ!! 後は好きにするが良い!!」
ライガの指示で集落の戦士達は素早く散っていった。
私が子供の頃にエルフの森で暮らしていた時も、森の戦士達がこうやって外敵と戦っていたの思い出した。森の戦士は地の利を活かす戦い方をしていたはずだ。
「テルアイラさん、私達って勝てますよね?」
「ミンニエリ、仲間の戦士を信じられないのか?」
「い、いえ! そんな事は! ただ、急に怖くなって……」
そういえば、こいつは集落が襲撃された時に居合わせたんだよな。その時は防戦一方で守り切れなかったと悔やんでいた。
だが、今のこいつは本来持つ強さを取り戻している。
「よし、私達も行ってみるか。ついでに敵の一人でも殴り飛ばして来いよ」
「え、えぇ!?」
私はミンニエリの手を引いて集落の外に出てみたのだが、大変な事になっていた。
確かに蛮族達も地の利を活かす戦い方をしていたのだが、これはえげつない。
スパイクボールと呼ばれる、鋭利な棘だらけのボール状の物に叩き潰された者や、これまた鋭利な棘が配置された落とし穴の底で絶命している哀れな侵入者を見るとは思わなかった。
どうやら、前回の襲撃の後に設置した罠らしい。仮に王国との戦いになって、守りに入られたら相当厄介な相手になりそうだな。
「うわあ、痛そうだねぇ」
「私達、知らないで入り込んでいたら罠に掛かっていたかもしれませんね」
流石のメグとユズリも身震いをしているが、顔を背けていないのでそこは腐っても冒険者なんだな。
正直、私はあまりグロいのは見たくないのだが。
「えっと、殴ろうにも既に壊滅しちゃってますね……」
ミンニエリと私達は立ち尽くすだけであった。
結局、人狩りの本隊もあっさりと壊滅し、今回は無事に親玉を生け捕りにする事ができた。
「ふんむ! こやつらの尋問はワシ等に任せて欲しい。テルアイラ殿達はミンニと共に、メグ殿の家族の元へ向かって下され」
「ああ、頼む。くれぐれも殺さないようにな。重要参考人として後で王都へ連れ帰るんだから」
「了解した!!」
大丈夫かなぁ。集落の奴らも目が血走っていたし。拷問して殺すなんてよくある話だしなぁ。
「大丈夫ですよ、テルアイラさん」
「何故そう言い切れる。ミンニエリ」
「拷問と言っても、爪の先から針を突き刺すぐらいですから」
笑顔で言うミンニエリが怖くなった。
というか、それ地味に痛い奴だ。以前、爪の先から棘が刺さって、爪と指の間に入ってしまった事があったが、悶絶する痛みだったのを思い出した。刺抜きが無かったら死ぬかと思ったよ。
「へえ。私はてっきり生爪を剥がすかと思ったよ」
「私は、熱した焼きゴテを押し付けるぐらいやるかと思ってました」
メグとユズリはよくそんな事を思い付くな。実は相当ヤバい奴らなんじゃないのか?
想像したら痛くなってきたよ。こんな事を考えるのは止めよう。
そうして、私達はミンニエリの案内でメグの家族が仮住まいしているという集落に向かうのだった。
◆◆◆
「そんで、後どのくらい歩くんだ?」
「もう少しですよ。頑張って下さい」
「さっきから、もう少しばっかじゃないかよ! いいかげんにしろよ!!」
森の中をずっと同じ場所をグルグルと歩いている気がするのだが、はたして本当に正しい道を歩いているのやら。もしかしたら、ミンニエリは私達を罠にはめようとしているのだろうか……。
「テルアイラったら、運動不足じゃないの? このくらい余裕でしょ」
「そうですよ。ちょっとしたピクニックだと思えば、なんて事はありませんよ」
こいつら能天気過ぎて、お姉さんは心配になってくるぞ。
そうして疑心暗鬼になりそうになってきた時だった。
「ここです。この集落でアユルナさんや、フェイミスヤ国の方達が暮らしていますよ」
気付くと森が開け、集落に到着していた。ここはミンニエリの集落よりかなり規模が大きそうだな。まるでちょっとした城塞だ。
「お前達、何者だ?」
私達に気付いた門番らしき獣耳の二人の男が武器を構える。
「こんにちは。ライガの集落から来ましたミンニエリです。今日はフェイミスヤ国の方に用がありますので、取り次ぎをお願いします」
ミンニエリがにこやかに挨拶をしながら、メグの持っていた割符と自身の割符を合わせた物を門番に見せる。
「やや、ミンニエリさんでしたか! 少々お待ちください!!」
門番の一人が割符を受け取ると、慌ててどこかへ走って行った。
待っている間、残ったもう一人の門番が頬を染めてミンニエリをチラ見している。
「お前、モテるんだな」
「えぇ!? そんな事ないですよう! 私なんてとても……」
うわぁ、こういう奴ムカつくわー。
モテるくせに『私、全然モテないから!』とか言っていつも男にチヤホヤされてる奴っているよな。嫌味にも程がある。
「テルアイラ、それ考えすぎだよ」
「そうですよ。ただの僻みじゃないですか?」
「何だとう!? メグとユズリはデートに誘われても二回目は無い私の気持ちが分かるのか——」
迷惑そうな顔をしている二人に掴み掛かろうとしたその時、門番の一人が戻ってきた。
「どうぞ。フェイミスヤの方がお待ちです」
そうして門を抜けて中へ入ると、一人の男が私達を待ち受けていた。
背が高く、程好く引き締まった身体に獣耳の中々の美形で金髪の中年男だ。きっと若い頃は相当モテたに違いない。
だが、その男から凄まじい闘気が放たれた瞬間、メグが戦闘モードに入った。尻尾が二股に分かれ、瞳がネコの様に縦長になる。
って、いきなり飛び掛かかりやがっただと!?
向こうは悠然と構え、拳を繰り出すメグに合せて拳を突き出した。
ぶつかり合う拳の衝撃で周囲に衝撃波が走り、風が吹き荒れる。
こいつら、会って早々でいきなり何をやってるんだよ! どこぞの戦闘民族かっての!
「わわ! メグさん、どうされたのですか!?」
「私が知るかよ! ユズリ、メグを止めろ!」
「無茶言わないでくださいよ! あんなの私だって無理ですよ!」
そうしている間に凄まじい技の応酬が繰り広げられている。五分五分かと思ったが、メグが押されているだと!?
相手の男は涼しい顔だが、メグの顔には焦りが見える。
「ふむ。所詮はその程度か?」
男が不敵な笑みを浮かべると、メグの顔が真っ赤になった。
珍しく冷静さを欠いてるな。これは良くないぞ……。
「頭にきた!! もう知らないから!!」
そう言った途端にメグの四肢が筋肉で膨れ上がる。その姿は西方の大森林で暮らすアマゾネスと呼ばれる女戦士みたいだ。実際に見た事は無いけどな。
「うお!?」
ブチ切れたメグの猛攻に、余裕の笑みを浮かべていた男が防戦一方になる。
あんなの一発でも食らったら全身粉砕骨折するぞ……。
それでも男は、致命傷となる攻撃を確実に受け流して防いでいる。そこは流石だな。
逆にメグの方が隙を突かれて攻撃を受けていた。
「強いな。だが、それだけでは駄目だ。精進が足らん!!」
そう言った男の一撃がメグの鳩尾に入り、メグがそのまま倒れてしまった。
「我が娘よ。強くなったな……」
我が娘だって——!?




