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46 ……それは知らない方がいいですよ

 ミンニエリとライガの親子喧嘩は場所を外に移し、一層派手に繰り広げられている。その騒ぎに集落の者達も集まってきてしまっていた。

 そんな中で私達が呆れて見ていると、ようやくアホらしい親子喧嘩に決着がついたみたいだ。


「ふんむ……我が娘ながら、いい拳であった……」


 ミンニエリの渾身の拳を受け切ったライガのオッサンが満足そうな笑みを浮かべて倒れた。娘のパンツを握りしめながら。

 周囲はミンニエリが族長に勝った事で大騒ぎになっている。


「まあ、なんだ。取り敢えず朝からお疲れさん」


 ミンニエリの肩をポンポンと叩いてやると、ミンニエリはそのままへたり込む様に座り込んでしまった。


「私、本気で相手を殴れました……」

「そうだな」


「私、強くなれたのでしょうか?」

「まあ、そこで伸びてる親父より強いんじゃないの?」


 倒れているライガに目を向けると、その姿が無かった。

 ん? どこに消えたんだ?


「気付かれましたか! テルアイラ殿!!」

「うわ!?」


 突然背後からライガが大声を出した。私、低血圧なんで朝っぱらからそういうのは止めてくれよなぁ。


「ミンニエリはもう強い。立派な戦士です!」

「はあ……」


「これも全てテルアイラ殿達のおかげです!」

「分かった、分かったからその暑苦しい顔を寄せてくるな!!」


 まったく、朝ぐらいゆっくりさせてくれっての。


「ところでさ、ミンニエリ。一つ聞いていいか?」

「何でしょうか、テルアイラさん」

「お前のその下着類ってどこで入手したんだ? この集落で売っているとは思えないのだが……」


 こいつの下着やら部屋のインテリアはどう見ても、この集落で生産されているはずがない。


「えっと、普通に町に行って買ってきました」

「え? 町に買い物に行くのか!?」

「はい。集落で作った加工食品や工芸品を町まで売りに行くのですけど、その時に買ったりしますよ」


 何だか凄いカルチャーショックを受けた気分だ。


「ねえねえ。その格好じゃ街で目立ったりしないの?」

「そうですよね。腕とか顔の独特な紋様とか、蛮族ですよってアピールしてますよね」


 メグとユズリの疑問はもっともだ。少なくとも、私は街で蛮族を見掛けたことは無い。


「普通に着替えますし、メイクも普通の人みたいにして行きますよ。一応、私達も時と場合を考えますので」


 何か一気に脱力してしまった。何が蛮族だよ。単なる森の集落の住人じゃないか。

 これも王国に報告しといた方がいいのかなぁ……。



  ◆◆◆



 一騒動の後、ミンニエリが朝食を用意してくれたのだが、これが普通に美味しい。

 素朴だけど店に出せるレベルだ。特にメグがお気に入りみたいでさっきからお代わりしている。


「ねえ、ミンニエリ。このスープの肉団子って美味しいね。何の肉を使ってるの?」


 メグが質問すると、先程まで笑顔だったミンニエリの表情が固まった。


「……それは知らない方がいいですよ」

「え? それって……どういう事?」


 メグが再度質問するが、ミンニエリは空いた皿を片付けて台所に行ってしまった。

 何とも言えない空気の中で私達は顔を見合わせる。


「今のミンニエリさんの言葉って、どういう意味ですかね? テルアイラさん」

「どうもこうも、私が知る訳が無いだろ。ユズリ」


「もしかして、人の肉だったりしてね。あはは——」


 メグの言葉に沈黙が訪れた。


「私、もうお腹いっぱいだから、これテルアイラにあげるね」

「あ、私もお腹いっぱいでした! 私の分もテルアイラさんが食べて下さい」


 そう言って二人が私の皿に肉団子スープを流し込んできた。


「あ! 何すんだよお前ら! 今まで食べてただろ! それに口を付けたのなら責任もって食べろよ!!」


 どうするんだよこれ。私は食べ物を粗末にするのが嫌いなのだ。

 だからと言って、この謎の肉団子スープを今更食べる勇気は無い。


「どうされましたかな? テルアイラ殿!」

「うわ!?」


 いきなり背後からライガが現れた。朝の鍛錬だとか言っていたが、丁度帰ってきたみたいだ。


「いや、この肉団子が……」

「ほほう! これは美味そうじゃないか! ちょっと失礼して……」


 いきなり私から皿を取り上げるとそのまま一気に飲み干してしまった。


「うむ、美味であった! よし、鍛錬を続けるぞ!」


 唖然とする私達をよそに、そのまま外に出て行ってしまった。

 色々と突っ込みたい事が多すぎるが、ここで深く考えるのはやめよう。そう思う事にした。


 そんな時だった。急に外が騒がしくなった。何か起きたのだろうか。

 私達が外に出ると、集落の若者達が緊迫した表情でライガに何かを伝えている所に出くわした。


「テルアイラさん、何かあったのですか?」


 遅れて出てきたミンニエリが首をかしげている。


「さあな。私達より、お前の方が詳しいんじゃないのか?」

「いえ、皆目見当もつきませんが……」


 ミンニエリが戸惑っていると、ライガが私達を呼んだ。

 何か嫌な予感がするなー。面倒事に巻き込まれなきゃいいのだが。


「私達に何か用か?」

「うむ。集落の外で王国兵らしき姿を見た者がいたのだ。恐らく人狩りの偵察かもしれん」


 こんな時にタイミングが良いのか悪いのか……。


「そんで、そいつらをどうするんだ? ……まさか私達にやれと?」

「いや、テルアイラ殿達は客人だ。そこまではお願いできませぬ」

「じゃあ、何で私達を呼んだんだ?」


 私の問いにライガは一呼吸置いてミンニエリに顔を向けた。


「ミンニ。お前が対処しなさい」

「え!? 私ですか!? そんな……私では無理です!!」


 いきなり指名されたミンニエリが慌てて首を横に振っている。

 まったく、ライガのオッサンも思い切った事をするな。


「要は、私達にミンニエリの手伝いをしろってか?」

「ご明察。やってくれますな?」


 ライガがニヤリを笑う。こいつも食えない奴だ。

 結局、私達にやらせる気じゃないか。


「私は別に構わないよ」

「困っている人がいたら、助けないといけませんよね」


 うわあ、メグとユズリはもうやる気だよ。戦いに飢えてるのかね。


「いえいえ! メグさんとユズリさんのお手を煩わせる訳にはいけません!」

「じゃあ、お前がやるんだよな。ミンニエリ」

「うう……、何とかやってみます……」


「こんな時に急に弱気になるなっての。私達がついててやるから」

「分かりました……」


 弱気になっているミンニエリの周りに少女達が集まって来た。

 私達が最初にミンニエリと遭遇した時に一緒にいた子達だ。


「お姉ちゃん、頑張って!」

「ミンニエリ姉様ならできます! 自信持ってください!」

「やればできる! やらなきゃできない!」


 健気にも少女達がミンニエリを励ましている。これじゃ、どちらがしっかりしてるか分からんな。


「……そうですね。私、やってみます!!」


 ようやくやる気になったミンニエリと私達は、王国兵らしき者達を見たという地点までやってきた。

 だが、そんな人影は見えない。はて、本当にいるのだろうか。


「ほら、あそこにいる人達じゃない?」


 メグが指差す方向に男達の姿が見えた。全員が棘付きの肩パット装着して、モヒカン頭だったりスキンヘッドだ。ああいう格好って流行ってるのかな?


「どうします? 先手を打って片付けます? 向こうに犠牲者が出ても、目撃者がいなければどうって事ないですよね?」


 ユズリが怖い事を言ってくる。こいつも結構過激だよな。

 私としては生け捕りにして、情報を吐かせたいところだ。


「確かあいつらって獣人狙いなんだよな。だったら私はここで見てるから、お前達が相手してきてくれ。くれぐれも殺すなよ」


「うわあ、テルアイラが楽しようとしてるー」

「ズルいですよ。自分だけ安全な所で隠れてるなんて」


「やかましい! 獣人狙いなんだから、私が出て行っても意味が無いんだよ!」


 私達が言い争いをしているうちに、ミンニエリが男達の方へ行ってしまった。

 って、アイツ一人じゃ危ない!


「ヒャッハー! こんな所に上玉の獲物がいたぜー!」

「きっと集落が近いはずだ! 捕まえて場所を吐かせるぞ!」

「でも、強い男がいたら逃げるぞ!」


 ああ、言わんこっちゃない!


「ウボアー!」

「ぶべら!!」

「ギャー!!」


 慌ててミンニエリの後を追うと、途中から男達の悲鳴が聞こえて来た。

 一体、何事だ? そう思って男達がいた場所に向かうと、ミンニエリの足元に男達が転がっていた。


「意外と手応えが無い人達ですね。このくらいだったら私一人で楽勝です」


 ミンニエリが何事も無かった様な顔をして、最後の一人に頭突きをしていた。

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