45 私、戦士として強くなりたいんです!!
「いててて。おでこが腫れちゃったじゃないか〜」
「うるさい。メグがしっかりしてないからだ」
「じゃあ、テルアイラがこれからの事を全部管理してよ。それなら文句ないでしょ?」
「ああ、任せておけ——って、全部私に丸投げかよ!?」
頼んだよーと言いながらメグは、他の獣人達が集まってる方へ行ってしまった。
何という事だ。都合よく面倒事を押し付けられた形になってしまったじゃないか。
「テルアイラさん。これは完全に自業自得だと思いますよ?」
ユズリに同情的な目を向けられてイラっとしたので、頭突きをしようとしたら避けられた。
「私はメグさんみたいに単純じゃないですよー」
「おのれ、ユズリのくせに生意気な!」
「くせにって、何ですか!? 馬鹿にするのもいい加減にして下さい!」
「なにおう! やんのか!?」
「先にそっちから手を出してるじゃないですか!」
ユズリと掴み合ってると、慌てたようにミンニエリが割って入ってきた。
「お二人とも落ち着いて下さい! 仲間で争うなんて駄目ですよ!」
「は? こんなの争いのうちに入らないぞ」
「そうですよ。テルアイラさんとは普段からこんな感じです」
「そう、なのですか……?」
何となく理解した。こいつは優しすぎるのだ。その優しさは否定しないが、これでは戦いに向かない。
だからと言って、私がどうこうする立場ではないのだが……。
「気付きましたかな? テルアイラ殿!」
「うわ!?」
またもや、いきなり背後からライガのオッサンが大声を出すから驚いてしまった。
「そうなのです。このミンニはどうも優しすぎて、どこか相手に遠慮してしまうので、攻撃の際に隙が出来てしまうのです」
「はあ……」
「ですから、テルアイラ殿が娘を鍛えてやってくれませんか?」
「はあ!? 何で私がそんな事をしなくちゃならんのだ!」
ユズリに助けを求めようとしたら、既に姿を消した後だった。こんちくしょう、裏切者め!
「お願いします! 私、戦士として強くなりたいんです!!」
「娘をどうかよろしくお願いします!」
親子二人から頼まれてしまっては断り切れない。というより、ここで断ったらメグの両親のところへ案内してくれないかもしれない。それでは本末転倒だ。
「あー、分かったよ。取り敢えず、見てやるだけだからな!」
「ありがとうございます!」
泣いて喜ぶミンニエリが抱きついてくるのだが、こいつはスキンシップに抵抗が無いタイプなのだろうか。私はそういうのは苦手な方だ。お気に入りの少年ならずっと抱きしめられるけど。
「むふふ。テルアイラもいいところがあるじゃん!」
「何だかんだ言って、結局優しいですよね。テルアイラさん」
いつの間にか戻って来たメグとユズリがニヤニヤしている。まったく、こいつらは他人事だと思いやがって……。
「まあ、いいや。まずは動きを見てやる。メグ、ミンニエリの相手をしてやってくれ」
「りょーかい!」
それからミンニエリをメグと試合形式で戦わせてみたのだが、動きは悪くない。むしろ、かなりいい動きだ。メグも驚いているのか、押される場面も何度かあった。
集落の住人達も二人の戦いに大盛り上がりだ。
はて? この実力なら、私なんか簡単に圧倒できたはずだぞ。
「テルアイラさん。ミンニエリさんって普通に強くないですか?」
「ああ。恐らくは実戦となると、怯えと遠慮が出てしまうタイプなのだろう」
「気付きましたかな? テルアイラ殿!」
「うわ!?」
だからいきなり後ろから大声出すなっての!
「そうなのです。ミンニは実力はあるのですが、本気で相手を殴れないのです!」
「分かった、分かった。相手を遠慮なく攻撃できる様にしてくれって事だろ?」
ライガのオッサンは満足そうにうなずいていた。まったく、とんでもない事を任せられた物だよ。
◆◆◆
宴会の流れで夕飯もご馳走になった後は、風呂もいただいてしまった。まさか、蛮族の集落にちゃんとした入浴施設があるとは想像もしなかったよ。
「いいお湯だね〜」
「露天とは風流ですね」
メグとユズリはすっかり露天風呂を満喫している。これがただの旅行だったら私も満喫していたのだが……。
「そんで、お前は実力はあるのに実戦では力を出せないと?」
隣にいるミンニエリに問い掛けると、彼女は恥ずかしそうに俯いている。これはやっぱり精神的な物だろうなぁ。何か荒療治でも試してみるか?
そんな事を考えていると、ミンニエリがピッタリと私に密着してきた。
「な、何かな?」
思わず声が上ずってしまった。いきなりそんな事されると、流石の私も緊張するんだけど。
「テルアイラさんって、肌が綺麗ですね……」
「そ、そうか?」
「ええ。触ってみてもいいですか?」
何だか雲行きがおかしくなってきてないか? 私はそっちに興味は無いぞ。
「じゃあ、私達は先に上がるね〜」
「お二人ともごゆっくり」
あ、メグとユズリが逃げやがったな!
って、ミンニエリが勝手に私の腕を撫で回してるし!
「うわぁ、年齢の割に肌がモチモチしていますね!」
「誰が年齢の割にだ!!」
「ギャー!!」
……またつまらぬ物を頭突きしてしまった。
◆◆◆
「先程は失礼いたしました。きちんとしたお部屋をご用意出来なくて申し訳ないのですが、ここでお休みください」
ミンニエリに案内された部屋は決して広くは無いが、私達全員が寝られるぐらいのスペースに布団が四枚敷かれていた。それにしても、妙に可愛らしい配色やらインテリアというか、女の子趣味みたいな部屋だな。
「恥ずかしながら、私の部屋です……」
おおう、蛮族の集落なのに可愛らしい部屋に泊まるとは思わなかったぞ。
「って、お前と一緒に寝るのか!?」
「私とは嫌……ですか?」
何でそんな甘えた表情するんだよ! お前、そんなキャラだったか!?
「メグ、お前がミンニエリの隣で寝ろ。私はユズリの隣に寝る」
「んー? 別にいいけど?」
これなら私が襲われる心配は無いはずだ。いや、襲ってくるとは限らないが、用心に越したことはない。ミンニエリが悲しそうな顔をしてるが、私は知らん。
襲うならメグを襲ってくれ。
それにしても、ここがミンニエリの部屋か。急に探索がしたくなってきたぞ。これは冒険者としての性なので仕方がない事なのだ。
「このタンスには何が入ってるのかなぁ〜」
「あ、そこは……!!」
「メグ、ミンニエリを押さえてろ」
「りょーかい」
呆れ顔のユズリを無視してタンスの引き出しを開けると、そこには色取り取りの下着が丁寧に並べてあった。同性だが、これは思わずガン見してしまうな。
ミンニエリは顔を真っ赤にして声にならない悲鳴を上げている。
「テルアイラさん、最低ですね」
「うるさいぞユズリ。……これは何かに使えるかもしれないな」
その一言でユズリがドン引きするが、それも無視だ。
「お前、見かけによらず派手な下着持ってるな? こんなガーターベルトとか、いつ使うんだ? けしからんぞ」
「う……、私だってお洒落したいんです。別に誰に見せるって訳じゃないですが……」
メグから解放されたミンニエリが涙目で恥ずかしそうに答えた。私が男だったら、こういう表情に興奮するのだろうか。
それから微妙に気まずくなった空気の中で寝たのだが、そのまま何事も起きずに済むはずは無い。
「ぐえっ!」
夜中、隣で寝ていたメグが突然変な声を上げた。まさか、刺客か!?
とか思っていたら、何故か私の布団にミンニエリが転がりながら入り込んできた。
こいつ、メグの上を通過してきたというのか!? しかも普通に寝てるし!
しかし、別に抱き付いてきたりとか変な事してくる訳じゃないから、無理に追い出すのも気が引けるな。どうしたものだろう。
「お母さん……むにゃむにゃ……」
……寝言か。って、私は母親扱いなのかよ!?
仕方ない。たまにはこんな風に誰かと寝るのもいいかな。そんな事を考えていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。
翌朝、私の布団の中で目覚めたミンニエリが飛び起きて、ひたすら謝ってきた。
謝るんだったら最初からするなよなぁ。
……もしかしたら、こいつも寂しかったのかな。
「気付きましたかな? テルアイラ殿!」
「うわ!?」
いきなり娘の部屋に現われるなっての!!
「そうなのです。妻はミンニの幼い頃に……」
「そっか。そりゃ気の毒というか……」
「いえ、ワシに愛想を尽かして実家に帰ってしまったのです。勿論、年に数回は娘と会っていますぞ」
朝っぱらから頭が痛くなってきたよ。
「もう、父上! 勝手に入ってこないでください!!」
「おい、親子なんだからいいだろう!?」
そういう問題じゃないし、そもそも娘だって割といい歳だろうよ。まだ思春期を引きずってるのか?
「あ、そうそう。お前の娘はこんな派手な下着を持ってるんだな」
ライガのオッサンに、ミンニエリのタンスから拝借した透け透けのセクシーな下着を手渡してやった。
「何やってるのテルアイラ!?」
「それは最低すぎますよ!!」
メグとユズリの驚き以上にライガのオッサンは驚愕していた。
「お、お前! こんな破廉恥な下着なんて、けしからん! けしからんぞーー!!」
ライガのオッサンが娘のセクシーなパンツを広げて見ているが、何ともひどい絵面だ。知らない人が見たら変態と思われるかもしれん。
その時だった。一瞬、風が通り過ぎたかと思ったら、ライガが吹っ飛んでいた。
「父上? 今すぐその下着を返して、そのまま出て行ってもらえませんか?」
ミンニエリがライガを殴り飛ばしていたのだ。
「……いや、娘がこんな破廉恥な下着を身に着けるのは許せん。きっと母さんも同じ事を思ったに違いない」
「母上が愛想を尽かしたのは、そういうところです!!」
そうして、朝っぱらから凄まじい親子喧嘩が始まってしまったのだった。
まあ、こんくらいやり合えばミンニエリの遠慮も無くなるんじゃないか?




