44 そいつらに心当たりがあるわ
蛮族達の集落は、案外普通だった。森を切り開いた土地に普通に家を建てている。
てっきり、大木の樹上に集落があるもんだと期待していたんだけどなぁ。
そんでもって、先程と打って変わって歓待を受けている。みんな飲めや歌えの大騒ぎだ。
「あのさ、集落総出の宴は嬉しいんだけど、さっきと態度が変わり過ぎて怖いのだが……」
「ワシらはお主達に負けた。そして命を助けられた。それだけだ」
獅子の顔をしたライガという筋肉ダルマが私に酌をしてくるのだが、あんまり嬉しくない。ここは美少年、せめて美少女がしてくれれば嬉しいのだけど。
って、メグとユズリの方はイケメン達が付きっきりじゃないか!
何で私だけこんなオッサンに酌をされなきゃいけないのだ。
ちなみに、さっきの勝負に勝った後、ライガ一同が『さあ殺せ』とばかりに私達に首を差し出したものだから、私達は冒険者なのでそんな物は必要無いと突っぱねた。
そうしたら、突然私達をもてなす宴が開かれてしまったのだ。
「それはいいんだが、ここって何でこんなに暖かいんだ? 森の外は結構寒かったぞ」
この集落に入るまでは上着を着込むぐらいには寒かったのだが、集落の中は温かい。むしろ汗ばむぐらいに温暖で住人はみんな薄着だ。
「それはこの森が精霊樹に守られているからです」
ライガのオッサンの代わりに森の外で戦った猫耳女が答えてくれた。
だが、精霊樹と言われてもイマイチ分からん。よく、森の住人のエルフと言われるけど、それは保守的な暮らしをしているエルフであって、街に馴染んだ私みたいなエルフには森の事はよく分からないのだ。
「ミンニ、お前がテルアイラ殿のお相手をしなさい」
「分かりました。父上」
そう言って、ライガはメグとユズリの元へ向かって行く。それを見送ったミンニと呼ばれた女が私の隣にやってくる。……って、何か距離近くない? そういう物なの?
「改めまして、テルアイラ様。私はミンニエリと申します。族長ライガの末娘でございます」
最初に会った時と随分と印象が変わったな。もっとぶっきらぼうだったのに。それにしても、あの獅子頭のオッサンが族長だったんだな。そいつを私がぶっ飛ばしたんだから、そりゃ態度も変わるか。
「精霊樹のお話でしたね。この樹海には精霊が宿る大樹がいくつもあります。私達はその加護を受け、この森の恵みを頂いて暮らしてるのです」
「ふーん。いわば自給自足ってやつか?」
「そうですね。木の実を採り、動物を狩って食料にしています。この果実酒も木の実から作っているのですよ」
説明しながらミンニエリが酌をしてくれる。その酒を飲みながら私は気になっていた事を彼女に伝えた。
「ミンニエリ、言っちゃ悪いがお前は戦いに向いていないぞ」
「……何故、そう思われますか?」
案の定、動揺しているな。
「さっき他の集落の者達と戦って思ったが、お前の攻撃には迷いがある。そんな事では敵に遅れを取るぞ」
「父上と同じ事を言われるのですね」
「テルアイラ殿もそう思われますか!」
「うわ!?」
いきなり背後からライガのオッサンが大声を出すから驚いてしまった。
「そうなのです。このミンニはどうも戦いが苦手でして、集落の外で子供達と訓練をさせていたのですが……」
「そんで、私達と出会ってしまったと」
「出会ったのがテルアイラ殿達で良かったです。これが王国兵だったらどうなっていた事やら」
「その時は私が犠牲になってでも、あの子達を逃がしました!」
「でもさ、私と戦ってあっさり全滅してたよな?」
「うぅ……」
ミンニエリが悔しそうに俯いた。まあ、人には向き不向きってのがあるからなぁ。単にこいつは戦いに向いてないだけだろ。
「少し前に仲間だった狼耳の獣人の娘の方が、少なくともお前より強かったぞ」
「あう……」
追い打ちを掛け過ぎたかな? 可哀想なぐらいにしぼんでしまった。
「戦えない戦士はこの集落には不要。それが我らの掟なのです」
「自分の娘にそれを言っちゃう? 厳しいなー」
これを野蛮と言うのは簡単だ。でも、ここでは強者が絶対なのだろう。
私達の尺度で彼らを推し量ることは出来ないし、それをするのはおこがましいと思う。
早い話がその土地の文化を尊重しようって事だ。
「でも、なんだって王国兵を目の敵にしてるんだ?」
その言葉を聞いた瞬間、二人の瞳に憎しみの色が浮かんだ。
「あいつらは、ワシ達戦士が狩りで留守の時に集落を襲って娘達をさらったのだ」
「絶対に許せません!」
んん? あの国でそんな事してるのか? 蛮族が領土に侵攻してくるのに対抗するための見せしめか?
それにしても、王都では獣人の奴隷も見掛けなかったな。どういう事だろう。
「なあ、今もあんたらは王都の領土へ侵略してるのか?」
「まさか。今は向こうから手出しをしてこない限りは、ワシ達も手を出さんぞ」
「少なくとも私達の集落はそうです。他の集落も恐らく似たようなものです」
……こいつは益々きな臭くなってきた。
侵攻してきた蛮族を捕らえ、捕虜として連行するなら分かるが、蛮族達は王国の土地へ侵略行為はしていない。だが、王国兵が集落の娘をさらって行った。
「あのさ、もう一つ聞くが、王国兵の姿は見たのか? どんな姿だったか覚えているか?」
「私が見ました。全員モヒカンや坊主頭で、棘の付いた肩当てをしていて、『ヒャッハー! 王国兵の獣人狩りだ!! 決してヴィルオンの兵じゃないぞ!!』と言いながらいきなり襲ってきたのです。私も応戦しましたが、小さな子を守って逃げるのが精一杯で……」
それどう見ても王国の正規兵じゃないよなー。というか、最近そんな奴と遭遇してぶちのめした記憶があるんだけど。
「それ、多分王国兵じゃないよ。そんで、そいつらに心当たりがあるわ」
「なんですと!?」
「それは本当ですか!?」
まったく、獣人の娘を集めるのにこんな場所まで出張ってきてやがるのか、あいつらは。これは王国の方にも報告しておかないといけないな。
「ああ、それは私達の方で何とか出来るかもしれない」
「ありがとうございます! テルアイラ殿!」
「ところで今更なのですが、テルアイラ様はどの様な目的でこの土地へ?」
本当に今更だな。と言っても、正直私も忘れかけてたのだが。
「私達は人探しをしている。フェイミスヤ国の人達が住んでいる場所を知らないか?」
「それならこの近くの集落ですな。ミンニ、明日にでも案内してあげなさい」
「分かりました父上。それでフェイミスヤの人ですと、アユルナさんのお知り合いですか?」
「そうそれそれ。ゆるあな……じゃなくてアユルナを探してたんだよ。ミンニエリは知ってるのか?」
「知ってるも何も、『私を訪ねて来る人がいたら案内してください』と頼まれていたのですが。この割符の片割れをお持ちではないですか?」
ミンニエリが模様の描かれた木片を差し出して来た。この木片の対になる物があれば、それは私達の身分証明となるのだろう。
だが、私はそんな物の存在は知らない。知っているとすると……。
「おい、メグ! お前、この割符の片割れを持ってないか?」
「急になに〜? 割符ってこれの事? 前にアユルナお姉ちゃんにもらったんだ」
それは、ミンニエリが持っていた割符と対になる物だった。
「あれえ? これぴったりとくっつくね」
「てめえ、何で黙ってたんだよ!?」
「えっと、普通に忘れてたんだよ。ごめんね?」
「こんちくしょう! これでも食らえ!!」
「ギャー!!」
思わず頭突きでメグを吹っ飛ばしてしまった。
何だか最近、頭突きだけでどんな敵も倒せる気がしてきたな。




