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42 それならもう許可を取ってあるよ

 ここ最近、何事も無い平和な日が続いて暇を持て余していた。

 そんな中、あの少年が私達に地下ダンジョンに挑むクエストを手伝ってくれと頼んでくるじゃないか。

 多少は興味を惹かれたが、私は身の丈に合わないクエストは止めておけと少年に言った。ルーミの様に大怪我を負って欲しくないからだ。

 でも、地下ダンジョンの奥底に霊薬『ユグドラシルの雫』があると聞いて私は考えを変える。

 まさか、私の追い求める物がこの王都の地下にあるなんて夢にも思わなかったからな。


 まあ、それから紆余曲折あって、ユグドラシルの雫は無事に入手できた。

 私は霊薬を複製して量産化を狙っていたのだが、残念ながらそこまでの薬関連のスキルは持ち合わせていない。

 しかし、幸いな事に少年の仲間に薬師を目指す少女がいて、その少女の師匠が私の知っているババアだったのだ。

 このババアとは浅からぬ因縁があるのだが、薬師としての実力は本物である。


 そのババアにユグドラシルの雫の鑑定を頼んだところ、薬は本物だが完全な複製は難しいと言われてしまった。

 他方、完全じゃなくても、ある程度似た効能の薬は作れるかもしれないとも言っていたので、そっちに期待するとしよう。


 ちなみに、ババアは老化の呪いを受けていたらしく、ユグドラシルの雫を飲んだ途端に解呪されて若返りやがった。まったくふざけてるよな。

 しかも元王宮薬師だったとかで、復職までしやがって……。

 あの薬を手に入れるのに、どれだけ苦労したと思ってるんだ。頭に何度も金盥かなだらいが降り注いだんだぞ。


 そんなこんなで、不貞腐ふてくされていた私にメグが思いもよらない事を提案してきた。


「ねえ、テルアイラ。私、そろそろ両親に会いに行こうかと思うのだけど」

「そうか。じゃあ頑張って行って来いよ」


「ちょっと! 前に一緒に行ってくれるって言ったじゃない!」

「えー、そうだっけか?」


「約束を破るのは最低だよ。自分だって嘘をつかれたら嫌な気持ちになるでしょ?」


 いつになく正論をぶつけてきやがって……。そんな事を言われたら断れなくなるだろう。


「テルアイラさん。メグさんに約束したのなら、ちゃんと守りましょうよ。それが年長者としての務めじゃないですか?」


 ぐぬぬ……。ユズリまでも正論をぶつけてきやがった。

 これじゃ私が単なる悪者になってしまうじゃないか。レンファとミラまでもジト目で私を見てくるし。


「分かったよ。でも私達の置かれている状況は理解してるよな? この国を出る事は簡単じゃないぞ」


 私達は、国王と取引をしてこの国の密偵となったのだ。言わば、特別公務員というやつだな。


「ああ、それならもう許可を取ってあるよ」

「何だって!?」

「北の国境を越えるのなら、ついでに蛮族を偵察してきてくれって」


 くそ、これまた面倒くさい事を押し付けてきやがって……。


「メグさんが獣人の国の王族だったと聞いた時は驚きましたが、ご両親が健在なのは良かったですね」

「うん。会ってどんな話をしたらいいのかは、まだ分からないけどね」


「それにしても、北の国境を越えた地はどんな所なんでしょうね」

「美味しい物はあるかな?」


 何でお前らはもう行く気満々なんだよ。観光旅行じゃないっつうの。

 それ以前に話の通じない蛮族がいるんだぞ。


「メグ、行くのはいいけどミラに説明したか?」

「うん。ミラにも話したら、ちゃんと分かってくれたよ」

「え、マジで?」


「私もメグ姉様にいつまでもワガママは言えません。メグ姉様が安心して戻って来られる場所を守るのが、私に出来る唯一の事なのですから」


「ミラも大人になったね。よしよし」

「メグ姉様、撫でてくれて嬉しいです……」


 おいおい。てっきり行かないでって泣きついてくる物だと思ったのに。

 何だか知らないうちにミラも成長してるんだな。


「皆さん、またお仕事なんですね。大変だと思いますが、頑張って来てくださいね!」


 レンファに笑顔でそんな事を言われたら、こちらも頑張りますとしか言えなくなるじゃないかよ。

 仕方ない。さっさと行って帰ってこよう。そしてまた毎日ダラダラ過ごすのだ。


 そんな事を考えていたら、あっという間に私達の出発の日がやってきた。



  ◆◆◆



「それじゃ、ちょっくら言って来るから」

「お土産を期待しててね!」

「後はよろしくお願いしますね」


 レンファとミラには軽く挨拶を済ませておく。今回もそんなに日数は掛からないだろう。


「皆さん、行ってらっしゃーい!」

「気を付けてくださいね」


 早朝、二人に見送られながら私達は『月花亭』を発った。

 王都を出たら、グリフォン型のゴーレムに乗って一気に北上だ。


「何だか、冷えてきませんか?」

「ユズリよ。そりゃあ北に向かってるんだから、気温が下がるに決まってるじゃないか」


「そうなの? 私はあんまり感じないかなぁ」

「それはメグさんが鈍感なだけですよ」

「うわぁ、ユズリがひどい事を言うよう」


 それに関してはユズリに同感だ。

 しかし、このままメグの両親がいるという集落に飛んで行ってしまっていいものだろうか。

 一応、北の蛮族達の現状を調べて来いとの命令を受けている。一旦、下りて調べるべきだろうな。


「おい、二人とも。偵察するから、そろそろ下りて徒歩で行くぞ」

「分かりました」

「りょーかい」


 さてさて。下りてみたはいいが、どうするかだな。国境はもう少し先のはずだ。

 余談だが、この国境は、あくまでも王国が決めた境界だ。蛮族達はそんな物は認識すらしていないかもしれない。


「やっぱり冷えますね。上着羽織っちゃいます」

「そうだな。私も着ておこう」

「私は別にいいや」


 マジかよ。メグは健康優良児って奴か?


「流石にもう人影がありませんね」

「そりゃそうだろ。そろそろ北の国境で、あるのは大きな森だけだ。いつ蛮族に襲われてもおかしくないぞ」


「そうなの? 何かもう私達、囲まれてるっぽいよ?」

「ちょっと、メグさん。そういう事は早く言ってくださいよね!」


 周囲の木々で見えないが、確かに囲まれてるな。これは先手必勝で吹っ飛ばした方がいいかな? どうせまともに会話なんて成立しないだろうし。

 でも、出来る事なら穏便に済ましておきたいところだ。


「あなた達、隠れてないで出てきて。私達に何の用なの?」


 メグが周囲に呼び掛けると、私達を囲む様に数人の女が現れた。それぞれが獣耳の獣人だ。その顔や腕に赤い顔料か何かで幾何学模様が描かれている。

 見る限り、全員がそこそこの手練れだな。もっとも、私には敵わないだろうが。

 それにしても、こいつら軽装過ぎないか? 服も露出度が高すぎだろう。見ていて寒くなってくるよ。


「お前達、何しに来た?」


 ややピンクがかったセミロングの髪で、リーダー格っぽいネコ耳の女が口を開いた。

 見た目的にはメグと同世代ぐらいだろうか。それ以外の者は、まだ少女と言っても差し支えないぐらいの子達だった。


「えっとね、私の両親に会いに行こうと思ってるのと、この辺の偵察かな?」

「あ、馬鹿メグ! 余計な事を言うな!!」


 遅かった。偵察という単語が出た時点で、彼女らは臨戦態勢に入る。


「何でメグさんは、馬鹿正直に本当の事を言っちゃうんですか……」

「えー、こういう事って隠すと良くないかなぁって」


 国王よ。アンタ、完全に密偵の人選を誤ったみたいだな。

 これは下手したら、蛮族達が攻め入って来る口実になるぞ。


「お前達、王国の兵士だな!」


「えー、違うよ。私達は公務員だよ」

「正確に言うと臨時契約の特別公務員ですけどね」


 この二人は案外余裕みたいだな。私が手を貸さなくても上手くやってくれるだろう。


「訳の分からない事を言うな!!」


 いきなりウサギ耳の少女が殴り掛かって来た。結構いいスピードだな。

 知り合いにおっとりとした垂れ耳ウサギの獣人の少女がいるが、こうやって見るとタイプが全く違って興味深い。


「はいはい、もう少し落ち着こうな」


 ウサギ少女を軽くいなして転ばすと、他の少女達が一斉に襲い掛かって来た。


「ちょっと待てい! 何で私ばかり狙って来るんだよ!! あっちに二人いるだろ!!」

「同じ獣人とは戦いたくない。その点、お前は人だ!」


「人って、私はエルフだぞ!」

「問答無用、エルフも人だ!」


 何てこった。人族からはエルフは亜人扱いされるのに、獣人達からは人扱いなのかよ! 納得いかない!!


「ふざけんな! 人とエルフは別物だ!! 食らえ!!」

「ギャー!」


 大人げないと思ったが、少女達全員を頭突きで打ちのめしてしまった。


「うわあ、テルアイラがえげつない」

「もう少し、加減してあげたらどうですか?」


「見てただけのお前らに言われたくないよ。……それで、残ったアンタはどうするんだ? 大人しく、この子達を連れて帰ってくれると嬉しいんだがな」


 残ったリーダー格の女が、鬼の様な形相で私達を見ている。

 これは大人しく帰ってくれないだろうなぁ。


「お前達、絶対に許さないから! 特にそこのエルフ!」


 そう言って、女が棒状の武器で殴り掛かって来た。

 ふふん。そんな隙だらけの攻撃にやられる私ではないのだ。


「これぞ極東に伝わる奥義、真剣白刃取りだ!!」


 ごつん。


 ……おかしいなぁ。あれから毎日イメージトレーニングをしていたはずなのに。

 それにしても頭が痛い。きっと大きなタンコブが出来ているに違いない。


「えっと……テルアイラさん、大丈夫ですか?」

「テルアイラ、痛くない?」


「言われなくても痛いよ!! こんちくしょう!!」


「ギャー!!」


 リーダー格の女にも頭突きを食らわせて吹っ飛ばしてやった。

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