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37 お前、やり直したいと思わないか?

 朝食後、冒険者ギルドからの迎えを待つ間に各々が自由に過ごす事になった。

 リューミアはルーミのそばを離れたくないらしい。

 ユズリは捕まっていた二人の少女の精神的なケアをしてくれている様だ。

 メグはアユルナと大事な話があるとかで、どこかに行ってしまった。

 私は異常が無いか建物の周囲を見回りをする。


 ……襲ってきた男達の遺体が並べて寝かされていた。

 メグとユズリがやったのだろう。

 こいつらも、まっとうに生きていたらこんな場所で死なずに済んだろうな。

 形ばかりの黙とうをささげ、捕まえた男達の元に向かう。



「なあ、エルフの姉ちゃん。腹が減ったんだが何か寄越せ」

「そうだぞ、俺達を餓死させる気か!?」

「捕虜の虐待は国際条約で禁止されているんだぞ!!」


 縛られていても口の減らない奴らだな。

 そもそもお前らは捕虜でも何でもないだろ。

 こうしていてもうるさいだけなので、適当に干し肉をかじらせてやる。

 まったく、私も甘いな。


「お前は食べないのか? 毒は入っていないぞ」


「そんな気は起きない」


 リューミアに刀を破壊された用心棒の男はうつむいたままだ。

 思い詰めた表情をしているが、こいつも何か訳ありなのだろうか。


「……俺は、このまま役人か衛兵に引き渡されるのか?」


「まあ、そうなるな。盗賊は死罪となるのがお約束だ」


「そうか……。一攫千金を狙って故郷から飛び出しておいて結局これか」


 男は自嘲気味に笑う。

 この男にも期待で胸をふくらませていた時期があったのだろうか。


「嫌だ! 俺は死にたく無い!!」

「エルフの姉ちゃん、頼むから俺達を逃がしてくれよ!!」

「金ならいくらでも払うからよ!!」


「うるさい、黙ってろ! それにこっちは金には困ってないんだよ!」


 騒ぐ男達を殴って黙らせる。

 まったく、うるさくて堪らん。


「はは。エルフの姐さんは金持ちなんだな。羨ましい限りだ」


「私の金は冒険者として、まっとうに稼いだ金だぞ」


 魔王討伐の際にドサクサで色んな物を拝借してきたけどな。


「そっか、姐さんは強いんだな。それに比べて俺は嘘とハッタリだけで何とかやって来たけど、それもここまでだな」


「……お前には、大切な人はいるか?」


「何だい姐さん。急に変な事を言い出して。……そうだな。故郷に母ちゃんと妹がいる。最初は二人に楽させてやろうと思ったんだけどな。どうしてこうなっちまったんだろう」


「お前、やり直したいと思わないか?」


「もしかして、俺を逃がしてくれるって言うのか? それはありがたいが、今の俺の話は嘘かも知れないぜ? なんたって、俺は嘘とハッタリが得意だからな! 凶悪な犯罪者の可能性だってあるぞ」


「いや、それも嘘だろう?」


 私の言葉に、男は呆気に取られている。

 昨晩、精神魔法を掛けて自白させた際、こいつは他人を殺めたりしていない事を確認済みだ。


「ここでお前を逃がす訳にはいかない。だが、罪を軽くしてやる事は出来る。どうだ? 真面目に人生をやり直す気はないか?」


「……本当にそんな事が出来るのか?」


「ああ。私が役人や冒険者ギルドに口添えしてやる。お前は騙されて仲間に入ったが、何もしていないと訴えろ。無罪にはならないが、罪は軽くなるだろう」


「姐さん……恩に着るよ!!」


 そう言って男はボロボロと涙を流して泣き出した。

 あーあ。一体、私は何をやっているのだろう。

 多分、誰かを助けたという事実が欲しいんだ。きっと。


 そんな事を考えていると、泣き止んだのか、男がふいに顔を上げた。


「ところで姐さん、捕まっていた狼耳の嬢ちゃんが大怪我をしていただろ?」


「ルーミの事か? それがどうした」


「ここから南方にあるセルドレって街に聖女と呼ばれる女がいると聞いた。その聖女とやらはどんな傷や病気も治す力を持つと聞いた。その女なら……」


「お前、それは本当か!?」


「すまない、俺はその街に聖女がいるって噂話を聞いただけだ」


「いや、その話を聞けて助かった!」


「俺も姐さんにチャンスをもらったんだ。何も返せないが、せめての礼だ」


 ただの自己満足だと思うが、急に心が軽くなった。

 これでリューミアとルーミの姉妹を助けられたら、何も言う事は無い。



「おい、リューミア! いるか?」


「なんですか? テルアイラさん」


 リューミアとルーミに割り当てられた部屋に入ると、丁度リューミアがルーミに食事を食べさせているところだった。

 やはり片腕が無いのを見ると痛々しい。


「もしかしたら、お前の妹の体を治せるかもしれない」


 私の言葉に二人は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。


「そんな事が可能なのですか……?」


「失礼ですが、失った体を再生するのは回復薬はおろか、並の回復魔法でも無理だと思います」


「二人とも、そんな辛気臭い顔をするな。まだ確定した話では無いが、ここから南方にある街にどんな傷でも回復させる聖女とやらがいるらしい。そいつに頼めば、ルーミのその腕も治せるかもしれない」


「それ、本当ですか!? 妹の体は治るのですか!?」


 途端にリューミアの顔がパッと明るくなった。

 やっぱり、こいつは暗い顔してるより、この顔がいいな。


「せっかくのお話ですが、仮に聖女様がおられても、この私に治療をしてくださるでしょうか。恐らく相当な額のお布施も必要になるでしょう。そんなお金を私達は持っていません……」


 この妹は姉と違って理屈っぽいところがあるが、現実を見ているな。


「なあに、心配するな。金なら私が出す。ついでにリューミア、お前の闇狼の力も浄化してもらえ」


「ちょ、ちょっと! いきなりお金を出すと言われても!!」


「そうです! 助けて頂いた上に、過分な施しをしていただくなんて!!」


「気にすんな。ルーミに重傷を負わせた詫び代だ」


「ですが……!!」


「やはり、いけません!」


「二人とも黙れ。これは私がやりたいからやるだけの自己満足だ。それにその聖女とやらが本当に治せるかも分からん。あーだこーだ言うのは、治ってからにしろ」


 少しきつく言い過ぎたかもしれない。

 二人が黙り込んでうつむいてしまった。


「お前達は、これからも二人で力を合わせて生きていくのだろう? まだ先は長い。こんな事を気にするな。どうしてもと言うのなら、元気になった姿を私に見せてくれ」


 そう言うと、今度は二人とも泣き出してしまった。

 私も柄にもない事を言ってしまったな。

 そのまましばらく二人の頭を撫でてやった。


 結局、ルーデンの街からギルマスに冒険者、役人達がやって来たのは日が傾く頃だった。

 準備やら何やらで大変なのは分かるが、やはり陸路は時間が掛かるな。


 ギルマスと冒険者達は、痛々しいルーミの姿を見て少なからずショックを受けていたが、それでも生還を喜んでいた。

 そんな彼等が揃って私達に頭を下げてきたのには閉口したが。


「外の遺体はお嬢さん達が?」


「何か問題あるか? ギルマスよ」


 遺体を並べた事に対してなのか、殺した事について言っているのだろうか。

 恐らく後者だろうけど、そのまま無視した。

 その後、彼らは遺体から身元の分かる様な物を回収して、遺体を埋めて埋葬していた。


 私も土魔法で墓穴はかあなを掘るのを手伝い、メグとユズリも埋葬を手伝っていた。

 出立は明日の早朝と決まり、その晩はギルマスや役人達が捕らえた男達を尋問したり、建物内の捜索をしていた。

 やはり、獣人を化け物した薬は探しても出てこなかったみたいだ。


 ちなみに、あの嘘つきの男の事はギルマスにも伝えたし、そこまで重い罪にはならないはずだ。



「ところで、ユズリは何やってるんだ?」


 リューミア達をアユルナに任せ、そろそろ寝ようかと思っていたのだが、ユズリが助けた少女二人に抱きつかれていた。


「えっと、親身に話を聞いていてあげたら懐かれてしまったみたいです……」


「私達、ユズリちゃんと一緒に寝ます!」

「ユズリちゃんの事、もう放さないからね!」


 二人にがっちりと抱きつかれて身動きが取れない様だ。

 まったく、何をやってるのやら。

 私がリューミア達の事で思い悩んでいたのがバカらしくなる。


「ユズリも私がミラに懐かれる気持ちが分かった?」


「すみません。もうメグさんの事を悪く言いません。だから助けてください!」


「それは無理かなぁ」


「そんなぁ!」


 さらば、ユズリよ。

 また明日の朝に会おう。


「それでメグの方はどうだったんだ? 何か難しい話だったんだろ?」


「ああ、それね。……テルアイラになら言っても構わないかな」


「何だ? 良くない事なのか?」


「そうじゃないんだけど、私の故郷って魔王の侵攻と共に滅ぼされたじゃない?」


 私は当時の事を鮮明に覚えている。

 獣人の国フェイミスヤが魔王軍に攻め入られ、最後まで抵抗したが、王族は行方不明となり、国民は流浪の民となった。


 それからだ。獣人を露骨に差別する国が現れ始め、獣人が奴隷狩りの被害に遭う事も増えた。

 メグやユズリみたいな力を持たない獣人は、今回の事件みたいに犠牲になってしまうのだ。


「私は、信用できる出入りの商人に預けられて国を脱出したんだ」


「そのドサクサで、家族はバラバラって訳か」


「うん。正直、家族の事はあきらめていたんだけど、当時私の世話係をしてくれていたアユルナお姉ちゃんに再会して、両親が生きているって話を聞いたんだ」


「それで、お前はどうするんだ? 会いに行くのか?」


「ちょっと悩んでるんだよね」


「何でだ? お前の両親だろ?」


「そうだけど、当時はあまり構ってもらえなかったので、顔もよく覚えてないし、生みの親より育ての親って言うじゃん?」


「お前のプライベートに踏み込むつもりは無いから、これ以上は何も言わん」


「ひどいなあ。相談に乗ってよ〜〜」


 まったく、いつになく面倒事ばかりだ!

 一体、今日は何なのだ!?

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