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36 憎むのなら自分でなく、私を憎め

 翌日の早朝、私はルーデンの街へと発った。

 グリフォン型のゴーレムに乗って行けば、街まではそんなに時間も掛からないはずだ。


 昨夜はリューミアに魔力の暴走を抑える首輪チョーカーを装着させて起こしてみたところ、暴走はしなかった。

 ただ、右腕を失った妹のルーミを見て半狂乱になって泣き崩れてしまい、結局また眠らせたのだ。


 そんなトラブルもあってか、激しく眠い。

 それから程なくして、ルーデンの街が見えてきた。

 私は目立たない所に降り立ち、そこから徒歩でで町の入り口に向かう。

 門を警備する兵士に王都のギルマスから受け取った手紙を提示すると、通常門の脇にある小さな出入口に案内されて街へ入る事ができた。

 こんな簡単に街へ入れるなら、最初から使えば良かったな。


 そのまま朝一で冒険者ギルドへ寄り、ギルマスのアルバスへの面会を申し込む。

 ギルド職員は私の顔を覚えていたので、対応は早かった。

 心なしか、職員が怯えてる様な気もしなくも無いが、気のせいだよな。


 そしてギルマスの部屋に通された私は、挨拶もそこそこに事の顛末を伝える。

 リューミアの暴走の件は隠した。わざわざ教える必要も無いしな。


「おいおい、化け物の話は本当だったのか!?」


「ああ。しかもさらった獣人の女を薬の様な物で化け物にしていた。物凄く胸くそが悪い話だ……」


 化け物にされた女の命を奪った時や、ルーミの右腕を切断した光景が脳裏に浮かぶ。


「それで、その化け物にする薬やらとは……?」


「残念ながら手に入らなかった。手下を数人捕まえたが、恐らくは何も知らないだろう」


「……そうか。残念だが仕方が無い。まずは捕らわれていた女性達の保護と、捕縛した男達の連行だな。すぐに手配しよう。貴女達も戻ってきてくれ。恐らく、今回の事で向こうも警戒してしばらくは出てこないかもしれんからな。後の事はこちらに任せてくれ」


「分かった。そうさせてもらおう」


 冒険者ギルドを後にした私は、裏の冒険者ギルドと呼ばれる区域に入り、薬の類を買い集めてその足でメグとユズリが待つ盗賊達の隠れ家へと戻る。



「お帰りテルアイラ。随分早かったね」

「それで、ギルマスは何と言っていましたか?」


「すぐにこちらへ迎えを向かわせるそうだ。……リューミアとルーミはどうした?」


 私が二人の名を出すと、メグとユズリの表情が曇った。

 これは、あまりかんばしくない状況みたいだな。


「直接見てもらった方がいいかな」

「そうですね。私達では何も出来ませんし……」


 二人に案内される途中で、食堂らしい大広間でアユルナと捕まっていた少女二人が朝食を食べているのが目に入る。

 こっちは特に問題は無さそうで良かった。


 そして、リューミアとルーミを休ませていた部屋に入ると、ルーミアが寝ているベッドの脇でリューミアが項垂うなだれていた。

 私達の気配に気付くと、慌てて目元をぬぐう。

 どうやら泣いていたみたいだな。


「この度は、何とお礼を言っていい物か分かりません。そして大変ご迷惑をお掛けしました……」


 リューミアが力なく私達に頭を下げる。

 恐らく、自分のやった事を自覚して憔悴しきっているのだろう。


「さっきからこんな調子なんだ」

「私とメグさんで、もう謝らないで下さいと言っているのですが……」


 メグとユズリがすがる様に私を見てくる。

 まったく、朝から重い展開は止めてくれよ。


「その首輪チョーカーの着け心地はどうだ? それがあれば、しばらく暴走しないと思う」


「……はい。特に問題はありません。ありがとうございます」


 リューミアが抑揚の無い声でお礼を言う。

 心ここに有らずって感じだ。


「おい、しっかりしろよ! お前がそんなんだと、これから妹を守れないぞ!!」


 私は両手でリューミアの顔を挟み込む様に叩く。

 叩かれた本人は一瞬驚いた表情を浮かべ、そのまま大粒の涙を溢れさせた。


「ですが……私のせいで……妹を、ルーミを守れませんでした……」


「もう済んだ事を引きずるな。妹はまだ生きているだろう? これからお前がしっかりと守ってやるんだ。分かったな?」


 済んだ事を引きずるなだって?

 私が一番引きずっているんだよ。

 そんな自分を棚に上げて、リューミアに説教する自分が嫌になる。

 私の言葉を聞いて、リューミアが声を上げて泣き出してしまった。


「お姉ちゃん……? 泣かないで。私は平気だから……」


「ルーミ!? ごめんね、私……」


「謝らないで、お姉ちゃん。私の方こそ謝らないと……」


 気丈にも姉を気遣うルーミだが、顔が真っ赤だ

 もしかして熱が出ているのか!?

 私はルーミの額に触れる。

 熱い……。

 肩から先を失ったのだ。いくら傷が塞がったといっても、痛みは今でも相当なはずだ。


「無理するな。この薬を飲んでゆっくり休め」


 街で買ってきた解熱効果のある鎮痛剤をルーミに飲ます。

 程なくしてルーミは安らかな寝息を立て始めた。

 それを見てリューミアがまた泣き出してしまう。


「お前もメソメソ泣くな! 姉だろ!?」


「ちょっと、テルアイラ! リューミアが可哀想だよ!」

「そうですよ! もっと優しくしてあげてくださいよ!」


 そんな事は言われなくとも分かってる。


「リューミア。お前の妹の腕を切り飛ばしたのは私だ。憎むのなら自分でなく、私を憎め」


「テルアイラ……さん……!?」


「今回は私の考えが甘かった。もっと上手くやりようがあったはずだ。そして、ルーミも無事に助け出せたかもしれない。……済まなかった。許してくれ、この通りだ」


 私はリューミアに頭を下げる。

 そんな私に合せるかの様にメグとユズリも頭を下げた。


「ごめん、リューミア。私ももっとしっかりしていれば、こんな事にならなかったと思う……」


「リューミアさん、申し訳ありません。私も相手を甘く見ていました。その結果、ルーミさんを危険に晒してしまいました」


 リューミアは驚いた様に目を見開いた。

 そして、慌てて首を振る。


「みなさん、頭を上げて下さい!! 今回の事はみなさんのせいじゃありません!! 頭を下げるなんて止めてください、どうかお願いします!! あなた達は私達を助けて下さった恩人です!!」


 必死に懇願するリューミアだが、もう先程の様な弱々しい姿では無かった。


「私達を許してくれるのか?」


「許すも何も、みなさんのおかげでルーミが死なずに済んだのです! むしろ感謝しています!! ……そうですよね。これからは私がルーミを守っていかないといけないんですよね。頑張ります!」


 どうやら前向きになってくれたみたいだ。

 安心した途端に私のお腹が鳴ってしまった。そういえば、朝からろくに何も口にしてなかったんだよな。


「テルアイラ、アユルナに何か作ってもらいなよ」

「アユルナさんって料理が凄く上手なんですよ!」


「そうなのか? それは楽しみだな。おい、リューミアも朝食はまだだろ? 一緒に食べよう」


「は、はい! お供します!!」


 ルーミの分は後で食べやすくて消化の良い物を作ってもらうとするか。

 そう考えながら、大広間に向かうと既に朝食が用意されていた。


「そろそろお戻りになられる頃だと思いまして」


 アユルナは使用人として、優秀だったみたいだな。

 朝食は、目玉焼きと軽く焼いたベーコンに温かいスープとパンだった。

 その辺の宿の朝食よりはるかに美味しい。


 旅をしていた頃、メグとユズリと私の三人で交代制で食事を作った事があったが、誰一人こんな美味しい食事を作る事が出来なかったの思い出した。

 リューミアはというと、一心不乱に食べている。

 あいつも昨晩から何も食べてなかったしな。

 たくさん食べて元気になれよ。

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