35 そういった込み入った話は後にしてくれないか?
メグが口をパクパクして何かを言いたそうにしているが、言葉が出ないって感じだ。
それにしても、アユルナと名乗った女が子供時代のメグの世話をしていたとはな。
専属のメイドだったのだろうか。それにしては、まだ若そうだが。
「ゆるあなお姉ちゃん!!」
「アユルナです!!」
……メグよ、いくらなんでもそれは失礼過ぎるぞ。
「まったく、メグナーシャ様のそういう所は変わらないのですね」
「えへへ、ごめんね。でも凄い偶然だね。それによく私だって分かったね?」
「はい。その明るい金色の髪に猫耳、品のあるお顔を忘れる訳がありません」
……品のある顔?
はて? 私の聞き間違いだろうか。
「なあ、積もる話もあるだろうが、一旦この場から離れてユズリ達と合流しないか?」
「あ、そうだね。それでアユルナ、彼女はテルアイラ。私の冒険者仲間なんだ」
「そうでしたか。この度は助けて頂き、ありがとうございます。わたくし、メグナーシャ様のお世話係をしていましたアユルナと申します」
「ああ、そんなに畏まらないでくれ。私は単なる冒険者だ」
「ですが……」
私は首を振って『気にするな』とアユルナに伝える。
彼女の方も分かってくれた様だ。
それにしても、メグの生まれ故郷のフェイミスヤ国は魔王軍の侵攻で既に滅んだはずだ。
それでも、まだメグに仕える気なのだろうか。
「あのさ、テルアイラ」
「何だ? メグ」
「私が元王女だって事は、色々落ち着くまでユズリには黙っててもらえないかな?」
「別にいいが、隠す様な事でも無いだろう?」
「何か面倒な事になりそうだし、そもそも王女だと言っても両親も生きているか分からないし……」
「陛下と王妃様はお元気ですよ?」
アユルナの一言でメグが固まる。
「え……? それ、本当に?」
「はい。というか、わたくしは、メグナーシャ様を探しに王都へ向かっていたのですよ」
何だか話が妙な方向になってきたな。
「悪いが、そういった込み入った話は後にしてくれないか?」
「ああ、ごめん。アユルナもその話は取り敢えず落ち着いてからでいい?」
「はい、メグナーシャ様」
「後、そのメグナーシャ様も止めてくれないかな? 事情を知らない人に変に思われちゃうから」
「いきなりそんな事を申されましても……」
「ああ! 面倒くさいな!! だったらお前ら二人は、元お金持ちのお嬢様とその使用人だったぐらいでいいだろ?」
二人のやり取りをユズリに見られているから、流石に全くの赤の他人として誤魔化すには苦しい。
これが妥協出来る線だろう。
「うん、それでいいよ。私の家は没落したって設定にするから」
「わ、分かりました。それではメグ様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「それでお願い。アユルナは、私の面倒を見てくれていた使用人のお姉ちゃんね。それと、その敬語口調もダメ! もっとお姉ちゃんらしくして」
「は、はい……」
どうやら二人の間で設定がまとまったみたいだ。
そのままユズリ達が待っている部屋に向かうと、捕まっていた二人の少女がリューミアの妹のルーミに抱きついて泣いていた。
「生きていて良かったよう」
「私達、あなたが死んじゃったと思って……」
「正直、私自身も駄目かと思いましたが、こうして何とか生きています。お二人とも泣かないでください」
彼女達は、連れ出された者が生きて帰って来ない事を知っていたのだろうか。
しかし、思い出すだけで胸くそが悪くなる奴らだったな。
……もう死んでしまったけど。
「ルーミさん、ご無事で……と言って良いものか迷いますが、生きておられて良かったです」
「アユルナさん、ご心配をお掛けしました。ちゃんとお姉ちゃんが助けに来てくれましたので大丈夫です」
そのお姉ちゃんのリューミアは、まだベッドで寝ていた。
髪の色は黒から灰色に戻っているが、起こした途端に暴れなきゃいいのだが……。
「それで、メグさん。そちらの方とはお知り合いだったのですか? 何か訳ありの様な感じでしたが……」
ユズリが興味津々といった面持ちでメグに尋ねる。
他人のプライベートな事に首を突っ込むのは感心しないぞ。
「うん。私が小さかった頃に面倒を見てくれていたお姉ちゃんだよ。ね? アユルナお姉ちゃん」
「え? は、はい! メグ様のお世話をしてましたユルア……アユルナです!!」
今、自分でゆるあなって言い掛けていたな。
ユズリが一瞬微妙な顔をしていたが、スルーしたみたいだ。
「私はユズリと申します。それにしても、お二人がこんな場所で再会するなんて凄い偶然ですね」
「そ、そうですね……」
アユルナは、メグの決めた設定を守ろうとして苦労している様子だった。
それからルーミを含め、捕まっていた四人に食事を用意してあげて、彼女らが食事をしている間に私達は屋敷の中をくまなく調べた。
放置されてから大分経っているのか、動物か何かが忍び込んでいたみたいで、二階は荒れていて使えそうもない。
幸いな事に風呂とトイレは傷みも少なく、少し掃除すれば使えそうだ。
それ以外は特に目ぼしい物は見付からなかった。
「せっかくだ。今日はここに泊まるとするか」
「やったあ! テントよりは安心して眠れそうだね」
「メグさん、今夜は大人しくしていてくださいよ?」
「それはそうと、リューミアの奴をどうするかだな」
「そろそろ起こしてあげれば?」
「簡単に言いますけど、また暴れたらどうするんですか?」
ユズリの言う通りだ。
下手な化け物より質が悪いかもしれん。
「その件は一度、妹のルーミに聞いてみよう。何か知っているみたいだしな」
「それもそうだね」
「私もそれがいいと思います」
「じゃあ、リューミアの件はそれで。後は、捕まえた男達と救出した四人をどうやって街まで連れて行くかだな」
ルーミはとてもじゃないが、歩かせられない。
誰かがおぶって行けばいいだろうが、それも彼女にとっては負担になるだろう。
「そっか、グリフォン型のゴーレムに乗せると言っても、全員は無理だよね」
「そうなると、面倒ですが往復するか、もしくは誰かが街へ行って馬車を用意してもらわないといけませんね」
「なので、私が明日の朝一で街へ向かう。ギルドに報告して馬車の用意と男達の回収を要請してくる」
「うん、分かった。ここはテルアイラに任せるね」
「またテルアイラさんに甘えてしまいますが、お願いしますね」
「気にすんな。こういうのは適材適所だ。お前らは捕まえた男達を見張っておけよ」
「りょーかい」
「分かりました」
その後、綺麗にした風呂に捕まっていた三人に入浴してもらう。
アユルナ達が入浴している間、ルーミにリューミアの事を尋ねた。
「悪いな、みんなと一緒に入浴させられなくて」
「いいのですよ。私もこの傷跡はあまり見せたくありませんし」
「……すまん」
「お願いですから謝らないでください。それよりも、まだ皆さんにきちんと自己紹介をしていませんでしたね。私はルーミと申します。助けて頂きありがとうございました。あの薬を打たれた時は、もう駄目かと思いました」
それにしても随分としっかりした子だ。
姉の方はギルドで私の脳天に剣を叩き付けて来たというのに。
「私はメグだよ」
「ユズリと申します」
「私はテルアイラだ。ところで一つ聞きたい。お前の姉の事だ」
「やはり、そうなりますよね……助けて頂いたご恩もありますし、全てお話します」
ルーミの語った話によると、リューミアの能力は一種の先祖返りみたいな物だそうだ。
その力のせいで闇狼として周囲から疎まれ、集落から半ば追い出される形でルーデンの街に姉妹でやってきたらしい。ルーミは姉と共に生きる事を選んだのだろう。
「ひどい話だね。でも、あの力は抑える事は出来ないの?」
「それは難しいと思います。お姉ちゃんの力はどんどん強くなっています。あのまま力を使い続ければ、いずれは獣そのものになってしまうはずです。少しでもお姉ちゃんを助ける方法は無いだろうかと探しましたが、こんな結果に」
そう言って、ルーミは腕の無い右肩を押さえて俯いた。
「テルアイラさん、どうにかならないのですか? 悔しいですけど、こんな時でもテルアイラさんに頼る事しか出来ません……」
「さっきも言っただろう? 気にすんな、ユズリ。しかし、あれは魔力の暴走っぽい感じもしたな。魔力を抑える物でもあれば……」
私はアイテム袋をあさる。
確かそんな便利なアイテムがあったはずだ。
「えっとこれだな。この一見、お洒落アイテムに見える首輪なら、強力な魔力を一定値まで抑えてくれる。これをリューミアに装着すれば大丈夫だと思う」
「これがあれば、お姉ちゃんは暴走しなくなるのですか!?」
「ああそうだ。だが、あくまでも対処療法だ。根本的解決にはならん」
「それでもいいです! お姉ちゃんが助かるのなら!!」
あるいは、失った身体の部位を再生する様な奇跡の力を持った者なら何とか出来るのかもしれんが、そんな力を持った者はこの国にいるのだろうか……。




