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33 私達はどうしたらいいんだ?

少々残酷な描写があります。

「あれ……私の妹です……」


 真っ青な顔のリューミアがそう言うと、ロン毛男がニヤリといやらしい笑みを浮かべた。


「ほう、お前がこいつの姉か。こいつ、ずっと『きっとお姉ちゃんが助けに来てくれる』って泣きながら言っていたんだぜ? 美しい姉妹愛だよなぁ」


 ロン毛男は、怯えるリューミアの妹を強引に抱き寄せると、虫唾の走るセリフを吐いた。

 よく命はみな平等だと耳にするが、それに当てはまらない奴は一定数いると私は常々思う。



「ねえ、テルアイラ。あいつ殺してもいいよね?」


「駄目ですよ、メグさん。簡単に殺してしまっては苦痛を与えられません。まず半殺しにしましょう」


 メグとユズリが剣呑な目つきでロン毛男を見据える。

 その迫力に恐れをなしたのか、男はリューミアの妹の右腕をねじり上げた。

 少女は苦痛に顔を歪ませる。


「お姉ちゃん……! 助けて!!」


「お前……! ルーミに何て事を!!」


 リューミアが今にも斬りかかろうとするが、ロン毛男は下卑た笑いを浮かべる。


「おっと、少しでも動くとこいつがこの薬で化け物になってしまうぞ!」


 ルーミと呼ばれた少女の腕に、ロン毛男は獣人を化け物にする薬品が入った筒みたいな物を突き付けた。

 本当にクソ過ぎて反吐が出る。



「……おい、その子を解放してくれないか? そうすればお前達を見逃してやる」


「ちょっと、テルアイラ!?」


「みすみす見逃すというのですか!?」


「二人とも落ち着け。ここはリューミアの妹が最優先だ」


 本当だったら、今すぐあのロン毛男を八つ裂きにしてやりたいぐらいだ。

 だが、先程の化け物にされた子を助けられなかった苦い経験がある。

 何としても、同じ失敗を繰り返す訳にはいかない。



「テルアイラさん、ありがとうございます……」


「リューミア、礼は妹が助かってからにしろ」


 そんな私達のやり取りをロン毛男は苦々しく見ていた。


「は? 見逃してやるだと? どうせこいつを解放した途端に襲って来るつもりだろう!?」


「当たり前じゃん」

「バレてましたか」


 メグとユズリが同時に舌打ちをする。

 二人が私と同じ事を考えていてくれて少し嬉しかった。


「じゃあさ、私達はどうしたらいいんだ?」


 ロン毛男は、私達を値踏みするかの様に見てくる。

 正直、今すぐに殴りたい。


「よし、お前らまずは武器を捨てろ。それから拘束させてもらう」


 まあ、そうなるよなぁ。


「ちょっと、テルアイラ! これどうするの!?」


「こんな奴らの言いなりになるなんて、自殺行為ですよ!」


「二人とも言う通りにしろ……後は分かるな?」


 私が目くばせすると、二人はうなずいた。

 どうせあいつらの拘束なんてすぐに破れる物だ。


「リューミアも言う通りにしろ」


「……はい」


 メグは手甲を、ユズリはメイス、リューミアは剣を地面に置くと、ロン毛男の手下達が奪っていった。

 私の杖は持って行かないのか。ひょっとして武器と思われていないのか?

 なめられた物だな。


 そして、メグ達が後ろ手に縛られる。あんなのはすぐに引き千切れるだろうが、今は相手を油断させる時だ。


「エルフの女。お前がリーダーみたいだな。お前にはこれを着けてもらう」


 手下の男が持ってきたのは、なんともまがまがしい首輪だった。


「それは……隷属れいぞくの首輪か?」


 まずいな、あれは着けられた者の意識も封じるという呪われた魔道具だ。

 あんなのを着ける訳にはいかない。


「どうした? 早く着けないとあのガキは化け物になっちまうぞ」


 くそ、計画が狂ってしまったが、こうなったら隙を見て行動するしかない。

 私はメグとユズリに目で合図する。

 二人はそれにうなずく。

 その時だった。



「妹を……ルーミを放せ!!」


「お、お前! 何を……ぎゃあっ!!」


 リューミアを拘束しようとしていた男が突然悲鳴を上げ、血まみれになって倒れた。

 そのリューミアは、灰色だった髪が漆黒になり、瞳があかく怪しく光っている。

 私達が呆気に取られていると、リューミアが鋭く伸びた爪で周囲の男達の喉元を切り裂き、ロン毛男に向かって駆け出して行った。


「ひいい! 化け物だ!!」

「こんなの聞いて無いぞ!!」


 リューミアの爪の犠牲となった男達の断末魔が響き渡る。

 どうやら、既にリューミアは理性を失っているみたいだ。


「マズい! 二人とも止めろ!!」


「任せて!」

「分かりました!」


 拘束を解いたメグとユズリが追いかけるが、リューミアの動きは最早、常人の物では無かった。



「お姉ちゃん! それ以上その力を使ってはダメ!!」


「ル……み……」


 リューミアの妹、ルーミが叫ぶとリューミアの動きが一瞬止まった。

 そこでようやく、メグとユズリがリューミアを取り抑える。


「そ、そうだぞ。このガキが化け物になってもいいのか!?」


 あの馬鹿男は、この期に及んでまだそんな事を言うのか?

 火に油を注ぐような事になるのが、何故分からないんだ!?

 案の定、逆上したリューミアがメグとユズリを振り解き、ロン毛男に襲い掛かろうとする。


 くそ、ここからじゃ魔法を放ってもルーミも巻き添えにしてしまう!!

 こんな時の自分の無力さが恨めしい。

 何が魔法の使い手だ。こんな時こそ魔法が使えなくてどうするんだ。


「こ、この化け物があぁ!!!」


 やってしまった。

 リューミアがロン毛男を爪で切り裂くのと同時に、男がルーミの右腕に薬品の入った筒を打ち込んでしまったのだ。



「あああああああ!!」


 泣き叫ぶルーミの右腕が醜く膨れ上がる。

 もうこんな子が苦しんで犠牲になる姿は見たくない。


「すまない! 悪く思わないでくれ!!」


「テルアイラ!?」

「テルアイラさん!?」


 メグとユズリが驚いた様に私を見るが、そのまま風の刃を放ち、ルーミの肩口の辺りから先を切断した。

 切り離されたルーミの右腕は空中で肉塊となって破裂する。


「ユズリ、止血と手当てを頼む! 絶対に死なせないでくれ!!」

「分かりました!!」


 ルーミに駆け寄るユズリを見て、私はその場に脱力した様に座り込んでしまった。 そんな私の視界に、何度も男を切り刻もうとするリューミアを必死に止めようとするメグの姿が映った。


 ……こんな所で座っている訳にはいかない。


「メグ、少し退いていてくれ」

「テルアイラ……うん、分かったよ」


 既に動かなくなった男を、尚も切り刻もうとするリューミアを精神魔法で眠らせ、拘束する。


「止められなかったね……」


「ああ、そうだな」


 なんともやるせない。

 だが、いつまでもこうしてはいられない。

 メグがリューミアを背負い、ユズリの元へ向かう。


「そっちはどうだ?」


「何とか止血は出来ましたが……」


 ユズリの足元には回復薬の空き瓶が何本も転がっている。

 手持ちのを使い切ったみたいだな。


「やはり、回復薬では失った部位を治せないか……」


 肩口から右腕を失ったルーミがユズリに抱きかかえられるのを見て、無力感にさいなまれる。

 一度失った身体は、どんなに高品質の回復薬だろうが回復魔法でも元には戻らない。

 それこそ奇跡の力にでもすがるしかない。



「無事に助けられなくてゴメンな……」


「いえ、ありがとうございます。私はこうして生きていますから。それにお姉ちゃんが無事で良かったです……」


 重傷を負った自身を顧みずに姉の心配をするなんて、なんと出来た妹なのだろう。

 自分の妹と比べてしまって、思わず目頭が熱くなってしまう。


「無理をするな。大怪我を負ったんだ。すぐに街へ連れて行ってやる。そこでちゃんとした治療を受けるといい」


「ありがとうございます。ですが、まだあの建物に私以外にも捕らわれている人がいます。どうか、助けて、あげて……くだ……さい」


 そう言って彼女は意識を失ってしまった。

 重傷を負ったのだ、無理もない。


「テルアイラ、どうする?」


「建物の中にも、あの男達の仲間がいるのでしょうか」


「どのみち、あの男らの素性も調べなきゃならん。やるしかないだろう」


 安全な場所にリューミア姉妹を寝かせ、認識阻害の魔法を掛けておく。

 これなら敵意を持った者や害獣等にも襲われないだろう。


「ねえ、さっきのリューミアって何なのかな?」


「確かに、尋常ではありませんでしたね……」


「あれは妖狼の中でも、稀に生まれると言われる闇狼じゃないかと思う」


「テルアイラ、何それ?」


「魔族みたいな存在ですか?」


「私もよく知らないが、ユズリの考えがそれに近いと思う。魔族の先祖返りかもな。とにかく普通じゃないって事だよ」


「ふーん?」


「世の中には色々な種族がいるのですね」


 そんな話をしつつ、まだ捕まってる者がいる建物の前にやってきた。


「さて、どうするかな」


 往時はさぞ立派な別荘だっただろうという建物の前で考える。

 堂々と突入するか、様子を見て忍び込むか。

 普通に考えると後者だよな。


「こういうのは、やっぱり一気にやるのが醍醐味だよね」


「ちょっと、メグさん!! いきなりは駄目ですよ!!」


 考える私を無視して、そのまま二人が突入していってしまった。

 そして、建物の中から男の悲鳴が聞こえてくる。

 本当にあいつらは何を考えているのだろうな。


 真面目に考える自分がバカらしくなってきたよ。

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