26 これどう責任取ってくれるの?
「お嬢さん達に緊急のクエスト依頼がある」
緊急ですとな。
大抵こういうのは、ロクな話じゃないんだよなぁ。
「それは断れないんだよな?」
「残念ながら、ギルドマスター権限の依頼だ。大人しく引き受けてくれい」
強制クエストか。面倒くさいな。
だが、ここで無視して逃げたら冒険者としての資格も失いかねない。
それだけでなく、本当にお訪ね者になってしまうかもな。
「それで、どんな依頼なの?」
「私達に依頼してくるという事は、ここの冒険者達では手に負えないって事ですよね?」
前回はそれで学生達の尻ぬぐいをしたんだよな。
その学生の中に、地元で面倒を見ていたロワや妙な気配のする少年もいたのだけど。
「今回の依頼は秘密厳守だ。守ってくれるな?」
「おいおい爺さんよ、もったいぶらずに早く言ってくれよ」
ギルマスのヴォイド爺さんが分かった、と一つ咳払いをして口を開いた。
「今回の依頼主は、この王国だ」
何とまあ、とんでもない依頼主だこと。
まさか王国直々の依頼が来るとは、思いもよらなかったぞ。
「へえ、この王国が依頼主だなんて凄いね」
「秘密厳守の依頼となると、表沙汰に出来ない内容って事ですよね?」
「お嬢さん方の察しが良くて助かるのう。これから話す内容は、他言無用で頼むぞい」
ヴォイド爺さんがそう前置きして語った内容は、これまた面倒な話であった。
最近、旅人や商人が盗賊に襲われる被害が多発しているが、何故か獣人の女ばかりが狙われると言うのだ。
それなら単なる奴隷目的の犯行だと思われるが、どうやらそうでも無いそうだ。
「近辺の奴隷市場に探りを入れても、特に変わった様子は無かったのだ。あくまでも噂に過ぎないが、さらわれた女達は隣国に連れて行かれてるという話でな」
何とも胸糞悪い話だ。
「隣の国って言うと、ヴィルオンか? そんな小国が何でこの王国にまで出張って来るんだ?」
「それはまだ決まった話ではない。ただの噂話だ。今回はその辺りの事を、お嬢さん達に調べてきて欲しいと言う次第だ」
これはまた面倒な事になってきたぞ。
ヴィルオン国はこの国から西に位置する小国の一つで、西方諸国を支配していた魔王を私達が打ち倒した後、政情不安となっている国だ。
噂では、獣人等の亜人の奴隷が多い国だとも聞くが、そんな小国がこの王国にちょっかいを出してきているとしたら、身の程知らずの何とも呆れる話だ。
そんでもって、獣人であるメグとユズリが不安そうにしている。
もしかしたら、自分達も標的にされかねないからな。
一応、亜人に分類される私もなんだけどさ。
「あー、分かった分かった! 私達がサクッと調べてきてやる」
「そうか! それは助かるのう。この老いぼれとしても心苦しかったのだが、お嬢さん達に任せよう」
まったく、よく言うよ。
強制クエストで私達に拒否する選択肢は無いって言うのに。
「皆さん、どうか気を付けてくださいね。実は、既にここの冒険者の何人かが犠牲になっていまして……」
ギルドを後にする際に私達を心配したのか、受付嬢のサラが見送りに来た。
見知った顔がある日突然いなくなるのは、彼女としても辛い物があるのだろうな。
「安心してよ。私達はそんな盗賊に後れを取らないから」
「そうですよ。襲ってきても返り討ちにしてあげますよ」
「どのみち、旅人や商隊の安全が脅かされるのなら、どうにかしないといけない案件なのだろう? だったら私達に任せておけ」
私達は心配顔のサラに見送られ、一旦宿に戻る事にした。
クエストは面倒だが、しばらくこの王都から身を隠すのにも丁度良い機会だ。
◆◆◆
「明日からしばらくここを離れる。次はいつ戻るか分からないので、後はよろしくな」
宿に戻り、レンファにそう告げて部屋に向かおうとするのだが、捕まってしまった。
「ちょっと待ってくださいよ! そんないきなりいなくなるだなんて、聞いてませんよ!!」
「うるさいなぁ。仕方ないだろ。急な仕事が入ったんだからさぁ」
「そうなんですか!?」
「レンファさん、ごめんなさいね。どうしても私達にと、依頼されたクエストでして……。終わったら、ちゃんと戻って来ますから。ね?」
「ユズリさんがそう言うのなら……」
渋々ながらも分かってくれたみたいだ。
やっぱり、レンファも私達がいなくなるのは寂しいのかな?
愛い奴め。
「メグ姉さま。私は連れて行ってもらえるのですよね?」
「ミラは駄目だよ」
「そんなぁ。私、メグ姉さまと離れたくないです!」
ミラがメグの腕に抱きついてしまっている。
あーあー。あれじゃミラの奴、テコでも動かなさそうだ。
「ミラは連れて行かないよ。正直、足手まといで邪魔なんだけど」
「メグ姉さま……」
メグがゾッとするような目つきでミラを突き放した。
時々アイツもあんな顔をするんだよな。
案の定、ミラが怯えてしまっている。
仕方ない。少しフォローしてやるか。
「メグは意地悪で言ってるんじゃないぞ。本当にお前の事を心配してるからそう言ってくれてるんだぞ。メグの心の中では今すぐミラを抱きしめて、頬ずりをしたがっているはずだ」
「ちょっと、テルアイラ? 私、頬ずりしたいとか全然思ってないんだけど……」
「だからミラよ。お前はメグの帰りを待っていてやってくれ。待っていてくれる存在がいれば、メグも安心して旅に出られるはずだ」
私がそうミラに諭すと、ミラは感極まったのか目に涙を浮かべている。
……こいつ、結構ちょろいな。
「分かりました。私、メグ姉さまの帰りを待ってますから!! ……帰ってきたら沢山可愛がってくださいね。お姉さま」
ミラの瞳にハートが浮かんでるのは気のせいだろう。多分。
「あのさあ、テルアイラ。これどう責任取ってくれるの?」
「知るか」
ミラに抱きつかれて迷惑そうな顔のメグが睨んでくるが、私の知った事ではない。
そもそもが、メグが寝ぼけてミラに手を出したのがいけないんだからな。
責任は自分で取ってくれ。
そして、翌日の早朝。
私達は、日が昇りきらないうちに王都を発った。
「んぁー。まだ眠いなぁ……それで今回はどうするの?」
メグが大口を開けて、あくびをしながら聞いてくる。
それはやめろ、あくびがうつる。
「今回は目的地が決まってないんですよね? どうやって例の盗賊団を探すのですか?」
ユズリが目深に被ったフードの下から私の顔を窺う。
「そうだなぁ。取り敢えずは、北西のルーデンの街まで行ってみるか。その近辺の街道をうろついてたら向こうから接触して来るんじゃないか?」
相手の目的も分からないんだ。
わざと目立つ様に歩いていたら、向こうから襲ってくるだろ。
「これまた随分とアバウトな計画だね」
「もう少し計画性を持って行動しましょうよ……」
「文句言うのなら、お前らが計画立てろよ」
「面倒だから、私はパス」
「私もです」
まったく、こいつらは……。
その後、交通の要衝であるルーデンの街まで徒歩で向かったのだが、途中で面倒になってグリフォン型のゴーレムで近道してしまった。
便利な物の良さを知ってしまうと、つい頼ってしまうのは仕方がない事だ。
しかし、これで途中に盗賊達がいたとしたら身も蓋もないな。
「さて、どうするよ。まだ昼過ぎだけど街に入って宿を探すか?」
「そうだねぇ。明日から本気出すよ」
「メグさん、今からそれじゃ駄目ですよ。今日はまず情報収集ですってば!」
「何だ、ユズリは真面目か?」
「お二人が適当過ぎるんですよ!!」
そんな調子でルーデンの街に入ろうとしたら、警備が強化されたとの事で、門の入り口前に街に入るための審査待ちの行列が出来ていた。
これも盗賊絡みの事だろうか。
「げー、マジかよ……」
「これ待ってたら、確実に日が暮れちゃうね」
「テルアイラさん、特別な入場許可証とか持って無いんですか?」
「そんなの持ってる訳ないだろ」
結局、私達が街に入れたのは本当に日が暮れてからだった。




