25 お前らも俺を見て変な顔をするんだな
今日は天気が悪いので、私達は店先のオープンテラスではなく、店内の席でグダグダしている。
どうせ今日は客も少ないし、文句も言われまい。
「なあ、ふと思ったんだけどさ。この前、私達の事が新聞に載ったじゃないか」
「それがどうしたんですか? テルアイラさん」
「なあに? まだ記事の取り扱われ方が気に食わないって言ってるの?」
ユズリとメグがジト目で私を見てくる。
まったく、こいつらは私が口を開けば何かと疑ってかかってくるな。
一体、私が何をしたって言うのだ。
「そんなんじゃない。記事には簡単だけど肖像画も載ったじゃないか。アレで私達がこの王都にいるって知られたら、色々面倒な事が起きないかなぁって……」
途端にユズリとメグの顔色が変わった。
ボコボコにした勇者は、ミラの情報によれば今では落ちぶれているとも聞く。だが、腐っても勇者だ。
それに勇者から装備一式を奪い取ったという、姫とやらが私達の事をどう思っているかは分からない。
まあ、私達の事なんか最初から眼中に無さそうだったので大丈夫だと思うけど、そんな面倒な奴らに目を付けられては堪ったものではない。
現に、先日助けたメリアがあちこちで私達の活躍を大袈裟に言いふらす物だから、興味本位で店に来る者も増えてしまっていたのだ。
「確かに言われてみれば、そうですね……」
「ねえ、どうしよう? 私達ここにいたらマズいよね?」
「そうだな。落ち着くまでしばらく何処かに身でも隠すとするか?」
そうと決まれば善は急げだ。
宿を引き払うための準備をしようと腰を上げた時だった。
「テルアイラさん達にお客さんですよ。冒険者ギルドの方ですけど……」
こちらにやってきたレンファの背後に、妙に毛髪がふっさふさの口髭を生やした中年の男が立っている。
あの髪型は、噂に聞いた事のある古代の髪型、アフロヘアーというやつなのだろうか。
男はギルド職員の制服を着ているので、ギルドの職員には間違いなさそうだ。
「ギルドマスターからお前達に出頭命令だ。大人しくギルドまで来てもらおうか。急用との事だから早くしろよ」
男はそう言って私達を急かす。
いきなりやって来て何様だっての。しかも妙にムカつく態度だし。
それが人に物を頼む態度かっての。
「ねえ、テルアイラ。あの髪の毛は絶対におかしいよね。引っ張ったら脱げるかな?」
私に囁いてきたメグの言葉に、男がビクっと反応する。
声が大きいので全然囁いてない。もうわざとやってるよな?
「あれはきっと地毛だ。帽子みたいには脱げないぞ」
一応小声でメグに返す。
それにしても、前にもこんな事があった気がするな。
「ええー? あれ絶対におかしいって! ほら、掴んで引っ張れば分かるんだからテルアイラ脱がしてみてよ!」
やっぱりこいつ絶対にわざと言ってるだろ!
しかも何でまた私にやらそうとするんだよ!!
「二人ともいい加減にしてくださいよ! 別にいいじゃないですか。誰だって隠したい秘密が一つや二つあるでしょう? あなたも毛髪チートだなんて気にしないでくださいね」
何てこった……。
またユズリがやりやがった。思わず顔を覆いたくなる。
案の定、ギルド職員が顔を真っ赤にしている。
その場にいたレンファとミラが唖然とした表情で固まってしまった。
「お前ら……さっきから黙っていれば好き勝手言いやがって! これは地毛だ!! そこのエルフの姉ちゃんにもらった発毛剤で生えた本物なんだよ!!」
「あれ? そうなの? そういえば、前にそんな事があった気がするな。何だよ。私ってば、いつの間にか人助けをしてるんじゃないか。はっはっはっは」
「テルアイラさん、そんな事をしたんですか?」
「そうだよ。そんな面白そうな話を黙ってるなんてズルいよ」
「面白いとかどうでもいいんだよ! お前ら三人はさっさとギルドへ出頭しろ!!」
とうとう職員がブチ切れてしまった。
顔を真っ赤にして怒鳴っているが、その背後でミラが男のふわふわヘアーに小さな旗を何本も突き刺している。
何をやってるんだよ、アイツは!
怒る職員の頭が動く度に沢山の小旗がヒラヒラとはためいている。
駄目だ。あんなの見たら笑うしかない!
「わ、分かった。すぐ向かうから……先に行っててくれ……」
「本当か? すぐに出頭しろよ!」
男が店から出て行くまで何とか笑うのを耐えた。
隣を見るとメグは俯いて自分の膝を拳で叩き、ユズリは固く目を閉じて震えていた。
レンファに至っては、隅でうずくまって肩を震わせている。
お前らよく笑うのを我慢した!
今日ほど頼もしく思えた日はないぞ。
「はぁー。危なかった! ミラ、お前何やってるんだよ!?」
「あの男の態度が気に食わなかったから。でも面白かったでしょう?」
「面白かったですけど、バレたら大変でしたよ?」
「ユズリの言う通りだよ。今度から危ない事はしないでね」
「メグ姉さまがそう言うのなら、もうしません」
「よし、えらいえらい。今度から私がいいって言ったらやっていいからね」
「分かりました。もっと腕を磨いておきます」
メグよ。褒めながら不穏な事を言うのは止めてくれないかな。
ミラの方も何かやる気出しちゃってるし。
「ところで、テルアイラさん達はギルドに行かなくていいんですか? 呼び出しだったんですよね?」
呆れ顔のレンファに言われて、私達は慌ててギルドに向かう支度を始めたのだった。
◆◆◆
ギルドへ到着すると、またあの男の職員が私達を出迎えた。
それはいいのだが、頭にまだ沢山の小旗がはためいている。
受付の方を見ると、サラを含めた受付嬢達が笑いをこらえているのが見える。
ギルド内で待機してる冒険者達も肩を震わせている。
誰も指摘してやってないのかよ!
どんだけこいつ嫌われてるんだよ!?
「お前らも俺を見て変な顔をするんだな。さっきから、何だかみんなおかしいぜ……」
職員の男が訝しげに周囲を見渡している。
ああ、教えてやりたい!
でもここで教えてしまったら絶対に空気が読めない奴だと思われるので、喉元まで出掛かっている言葉を飲み込む。
って! メグの奴、何やってるんだ!?
メグがどこからか持ってきた小旗を、前を歩く男の頭髪に刺してガッツポーズを取っている。
それに対して、他の冒険者達も拳を頭上に挙げてメグを讃えている。
何だこの一体感は……。
ユズリは自分は付き合いきれないとばかりに頭をふっていた。
「ギルドマスター、三人をお連れしましたぜ」
「おお、そうか。ご苦労だった——ブフォッ!」
職員の男がギルマスの部屋をノックして入ると、ギルマスのヴォイド爺さんが目をひん剥いて、飲んでいたお茶を噴き出した。
「ギルマス、大丈夫ですか!?」
「いや、大丈夫だ! 少しむせただけだから! ……早く戻ってくれ!!」
「そうですかい……? 分かりました」
頭に沢山の小旗をはためかせた職員の男が近付こうとするのを、必死に追い払うギルマスの姿が何ともおかしい。
そしてこの爺さんも指摘してやんないのな。
「ハア……ハア……危うく死ぬかと思ったぞい。まったく、お主らは何をやっているのだ」
「おいおい、爺さんよ。いきなり私達がやったと決めつけるのは、どうかと思うぞ」
メグが少しやったけどな。
「そうなのですか? 私はてっきりテルアイラさん達がやった物だと思っていましたけど……面白いから黙ってたのですけどね」
お茶を持ってきたサラが目を丸くしている。
お前も結構ひどい奴だな。
「ええっと、それはさておき。今日はどの様な事で私達を呼び出したのですか?」
話がちっとも進まなさそうなので、しびれを切らしたのかユズリがギルマスに問い掛けた。
「ああ、そうだった、そうだった。すっかり忘れておったよ」
「爺さん、とうとうボケが始まったか?」
「ちょっとテルアイラ! ギルマスに失礼だよ!!」
珍しくメグにたしなめられてしまった。
こいつギルマスを本当の祖父みたいに慕ってるみたいだしな。
「お嬢さん達に緊急のクエスト依頼がある」
そう語るギルマスの顔は、いつになく険しい物だった。




