24 ほうら、ゾウさんだぞう〜
そして、翌日早朝。
「あまり気が乗りませんが、メリアさんの今後の安全のために行ってきますよ」
「ユズリさん、お手数お掛けしますが、よろしくお願いしますね」
「お、お願いします……」
面倒くさそうに店を出るユズリに、レンファとメリアが頭を下げて見送る。
さて、私達も隠れてユズリを見守るとしますか。
メリアの代わりに新聞を配達するユズリの後を、私とメグは身を隠しながら付いて行く。
「ねえ、テルアイラ。本当にその『こんにちはおじさん』が出てくるのかな?」
「さあな。個人的には出て来て欲しくはないが、今回に限っては出て来てもらわないと困るな……」
「出たらどうするの?」
「どうするって、そりゃ決まってるだろ……おわっ!? 何でミラがここにいるんだよ!!」
いつの間にかミラが私達の間から顔を出して私を見ていた。
まさか存在を消しているとは……こいつも腕を上げたな。
「さっきからずっといたじゃん。テルアイラ、気付かなかったの?」
「マジか……」
きっとどうでもいいやつだから気配を感じなかったんだ。
そう思う事にしておこう。そうした方が精神的にもいいよな。
「それで変質者が出たらどうするの?」
「そりゃお前、普通に役人に引き渡すだろ」
「そうですか……割と普通ですね。てっきり八つ裂きにするかと思いました」
「確かにテルアイラなら、もっと無茶苦茶しそうだよねー」
「お前ら、私の事を一体何だと思ってるんだよ……」
私ってそんなに残忍なキャラなのか!?
今後はもう少しイメージに気を使ってみるとするか。
「……ふう、新聞配達も結構大変な作業ですね。こんなのを毎日しているメリアさんを尊敬しちゃいますよ」
ユズリが汗を拭いながら小走りで配達を済ましていく。
確かに見ているだけで大変そうな仕事だ。
それをまだ子供のメリアが毎日一生懸命やっている。その仕事を邪魔するだなんて言語道断だな。
それにしても、変質者が中々現れないな。
替え玉のユズリに気付いたのだろうか。
「テルアイラ、あれ!」
そんな事を考えていると、メグが小声で叫んだ。
メグが指差す方向を見ると、物陰からコートを着込んだ小太りの中年の男が現われてユズリの背後へと忍び寄って行く。
「メグ姉様、あんなのさっさと潰してしまいましょうよ」
「えっと、テルアイラどうする? このまま一気にやる?」
「二人とも落ち着け。まずは証拠を押さえないと意味が無い。もう少し待て」
私達は、すぐに飛び出せる体制で様子を見守る。
そんな私達の前で男がユズリに声を掛けた。
「お嬢さん、お嬢さん」
「はい?」
ユズリが振り向くと、男はコートをはだけさせた。
どうやらコートの下は素っ裸みたいだ。
「こんにちは」
男の表情はここからではよく分からないが、きっと満面の笑みを浮かべているであろう。
ユズリの方は表情が固まってしまっている。
……心中察するよ。
「こんにちはー。ほうら、ゾウさんだぞう〜」
その男は固まるユズリに股間をさらに見せ付けている。
本当に下らな過ぎて頭痛がしてくるな。
そして唖然としていたユズリの表情がみるみるうちに険しくなっていく。
「朝から汚い物を見せないでください!!」
ユズリの渾身の右ストレートが変態中年男の顎を打ち抜き、男は数メートル先まで下半身丸出しのまま吹っ飛んで行く。
そしてモロに開脚したポーズで気絶してしまった様だ。
「うわぁ、ユズリも結構いいパンチしてるね」
「おい、感心してないで衛兵を呼ぶぞ!」
私達は衛兵の詰所に駆け込み事情を話すと、すぐに数人の衛兵達が現場に急行した。
そうして、『こんにちはおじさん』は無事に御用となったのだった。
「くそう! だが俺を捕らえたところで、まだ『おはようおじさん』と『こんばんはおじさん』が残っているからな!! 覚悟しておけよ!!」
連行されながら中年男が悪態をついている。
何とも見苦しい光景だ。
「そうか。ならば詰所で詳しく話を聞かせてもらうからな」
衛兵がそう言うと、中年男はあからさまに『しまった』という表情を浮かべた。
「あいつバカだよな。 言わなきゃいい事を言うとか、本当に救いようが無い真正のバカだ」
「ちょっとテルアイラ。こんにちはおじさんがこっち睨んでるよ。バカって言ったら失礼だよ。ここはアホって言わなきゃ」
「いいえ、メグ姉様。バカでもアホでもなく、あれはクソ虫以下のゴミ野郎ですよ」
「そっか。そう言われてみたらそうだね」
「なあ、お前らそれはちょっと言い過ぎじゃないか?」
こんにちはおじさんが涙目になってるんだけど……。
「はあ……。朝から本当に最低な物を見ましたよ……」
衛兵に連行されて行くこんにちはおじさんを、見送りながらユズリは大きく溜息を吐いた。
私も見たのは後ろ姿だったけど、あの汚い尻を思い出すだけで食欲が失せる。
モロに見てしまったユズリの精神的ダメージは如何ほどなのか、想像もつかないな。
今回は御苦労さまと素直にねぎらおう。
◆◆◆
「本当にありがとうございました! 私、ユズリさんになんてお礼を言ったらいいのでしょうか……」
涙ぐむメリアがユズリの手を握って何度も頭を下げている。
「そんな大袈裟ですよ。私は当たり前の事をしただけですってば!」
珍しくユズリが戸惑っている。
確かに、こう真っ直ぐな瞳を向けられてお礼を言われると気恥ずかしいだろうな。
「テルアイラさん達も、メリアの為に動いてくれてありがとうございます」
「おいおい、レンファがそんな事を言うなんて、明日はヤリでも降って来るんじゃないか?」
「テルアイラは素直にレンファの感謝の言葉を受け取ってあげなよ」
「メグ姉様の言う通りですよ。……私も少しだけ見直しました」
……何かこんな事を言われると調子狂うな。
慣れない事はするもんじゃない。
翌日の朝は普段通りの平和な朝だった。
「今朝の新聞に載ってますよ。こんにちはおじさんの一味が逮捕ですって」
新聞を広げたレンファが誇らしげに記事を読み上げる。
「へぇ。冒険者が捕縛に一役買う、なんて書いてあるね」
「ユズリさんの事が格好よく書かれてますよ」
「メグさんにミラさんも止めてくださいよ。恥ずかしいじゃないですか……」
昨日はあれから新聞社の記者がやって来て、ユズリは取材を受けていた。
それが今朝の朝刊で『女性冒険者達が新聞配達の少女を救う!!』と大きく新聞記事の一面を飾ったのだ。
「それにしても、何でユズリの事ばかりで私の事は書いてないんだよ!! 計画の立案者は私だろう!!」
明らかに取り上げ方に差別を感じる。
こればかりは納得がいかん。
「だってテルアイラさん、記者の人に、ある事無い事を書くように強要したり、甘やかしてくれる年下の恋人絶賛募集中とかを載せろって、無茶苦茶な事を言ってたじゃないですか。そんなの無視されて当たり前ですよ。と言うかバカなんですか?」
「ぐぬぬ……パイオツ狸女め、許さんぞ!!」
「誰がパイオツ狸女ですか!!」
「やるか!?」
「望むところです!!」
そのままユズリと掴み合いになった。
まったく、こいつは年上に対する礼儀がなっちゃいない。
少し分からせてやらないとな。
「メグ姉様、これもいつものやり取りなんですか?」
「うん、そうだね。すぐに慣れるよ」
「私はもう慣れましたけどね……」
掴み合う私達を、ミラとメグとレンファが生暖かい目で見守っていたのだった。




