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22 ならば私がお姉ちゃんになってやろう

「お疲れさまです! そろそろ上がりましょう」


 昼の営業が一段落ついた所でレンファがミラに声を掛ける。


「この後は本格的に夜の営業になるので、ミラさんの仕事はここで終わりです。それにしても初日とは思えない働きぶりですね! 物凄く助かっちゃいました」

「お疲れさまです。私も少しはお役に立てたかな……?」


 そう言ってミラがレンファに微笑み返した。


「何かいい雰囲気で面白くないな。私にはツンツンしてやがったのに」

「テルアイラは何でそんな事を言うかなぁ。もう少し好意的に見てあげなよ」

「そうですよ。テルアイラさんはひねくれ過ぎですよ」

「うるさいな。ほっとけ」


 メグとユズリにまでたしなめられてしまった。

 くそ、本当に面白くない。


「メグさん達から見てミラさんの働きはどうでしたか?」


 レンファとミラがまかないの食事を持って私達のテーブルへやってきた。


「うん、凄くよく働いてたね! えらいえらい」

「ちょ、ちょっと止めて下さい……」


 ミラがメグに頭を撫でられて顔を赤くする。


「何だかお二人は姉妹みたいですね」

「それいいね! 私、妹が欲しかったんだ。せっかくだから私の妹になる?」


 簡単に言ってくれるよな。

 メグよ、お前は知らないのだろう。妹の狡猾さってやつを。

 あれは私がまだ子供でエルフの集落にいた頃だ。

 珍しい花を咲かせる植物の鉢植えを育てていたご近所さんがいて、私は妹とその鉢植えを見ていたのだが、妹と悪ふざけをしていたらその鉢植えを割ってしまったのだ。

 もちろん二人でご近所さんに謝ったさ。

 だけど突然妹が『お姉ちゃんがやりました』とかぬかしやがったんだ。

 その後は母親にもめちゃくちゃ叱られるし、本当に最悪だった。

 だから私は基本的に妹ってやつは好きじゃない。


「メグさんが良ければ……お願いします」


 ミラが耳まで真っ赤にしてうつむいて呟く。

 その言葉に当の本人のメグが目を丸くしてる。

 おいおい、マジかよ。本当に妹になるのか……。


「えっと……よろしく、かな?」


 メグがそのままミラを抱きしめると、それを見ていたレンファが羨ましそうな顔をしている。


「あぁ! ずるいです!! 私もお姉ちゃんが欲しいです!!」

「ほほう。ならば私がお姉ちゃんになってやろう。そして毎日厳しくしつけてやる。どうだ。嬉し過ぎて涙と鼻水が止まらないだろう?」

「お断りします!!」


 レンファに手を差し伸べたら、その手を払い除けられた。


「なっ!? 何て奴だ! 断りやがった!! おい、ユズリからも何とか言ってくれよ!」

「お断りします!!」


 ユズリからも手を払い除けられてしまった。

 まさか、この私が必要とされていないのか!?

 急に悲しくなったので、テーブルに突っ伏して大袈裟に泣き真似を始めたが全員にスルーされた。

 誰か私に優しくしてください……。


「あの……いつもみなさんはこんな感じなのですか?」


 ミラが不貞腐ふてくされている私を見ながらおずおずと尋ねた。


「うん。まぁこんな感じかな」

「お恥ずかしながらこんな感じです」


 メグとユズリが真面目な顔で返す。

 お前らそこは笑いに変えてくれよ。私が情けなさすぎるじゃないか。


「それにしてもテルアイラさんの接客は何だったんですかね? いかがわしいお店で働いていたのですか?」

「ユズリ! いかがわしいとは何だ!! 私の身体は未使用なんだからな!! 冒険者をやる前は色々な店を転々としていた時期もあっただけだ!」

「テルアイラ、そこは自慢するところじゃない気がするのだけど」

「と言うか彼氏いない歴×年齢なんですね」


 しまった! 思わずカミングアウトしてしまった……。

 全員が何とも言えない複雑な表情を浮かべている。


「モテない訳じゃないからな! 前は結構ナンパもされたし、デートも沢山したんだからな! 嘘じゃないから!! ……でも何故かみんな二回目は会ってくれなかったけど。どうしてなんだろうな……」

「テルアイラ、もういいから! それ以上言わなくていいから!!」

「そうですよ! 聞いているこっちまで辛くなりますから!!」


 二人に慰められて思わず泣いてしまった。

 やっぱり愛が欲しい。この際めちゃくちゃ年下でもいいから優しい彼氏が欲しい……。


「やっぱりいつもみなさんはこんな感じなのですか?」

「えっと、いつもこんな感じなんですよ。ミラさん」


 あはは、とレンファが苦笑いをしている。

 そんな目で私を見ないでくれよう。


「……でもこういう風に遠慮なく言い合える関係って憧れます。私、母親にいつも暴力を振るわれていたから何も言えませんでした」


 寂しそうに目を伏せるミラに全員が言葉を失ってしまった。

 と言うか笑えない話はやめてくれよ。


「苦労したんだね……」


 メグがそっとミラを抱きしめる。


「私も力になりますよ。遠慮なく頼ってくださいね」

「わ、私もミラさんの力になりたいです!」

「みなさん……ありがとうございます」


 目に涙を浮かべたミラがメグの胸元に顔を埋めた。


「おいおい、私を忘れてもらっちゃ困るなぁ。そんなミラのために私の苦労話をひとつ聞かせてやろう」


 こんな所で私が不貞腐れてても仕方がない。

 こいつを元気付けてやるのも大人の役目だ。


「……聞きたくないって言ったらどうするの?」

「そんな奴はこの世にいる訳がないだろう? さぁ耳の穴かっぽじって拝聴するのだミラよ!」

「こういうのはあきらめが肝心だからね、ミラ」


 既にあきらめの表情を浮かべるメグの言葉にミラは無表情でうなずいている。

 見てろ。その顔を笑顔に変えてやるからな。


「故郷を旅立った私は、路銀も尽きてとある街で途方に暮れていたのだ——」

「何か始まってしまいましたね。レンファさん飲み物もらえませんか?」

「分かりました。ユズリさんはホットミルクですよね? お二人はどうしますか?」

「私は紅茶で!」

「えっと、私もメグさんと同じ物を……」

「おいお前ら! ちゃんと私の話を聞いてるのかよ!?」

「聞いてるから早く話を進めてよテルアイラ」

「そうですよ。つまらなかったら土下座してくださいね」


 まったくこいつらは……。

 まあ話の序盤だから仕方ないな。


「それでだな、途方に暮れる私にチャラい男が声を掛けてきてな。親切にも稼げる仕事を紹介してくれたんだ」

「こういう所で紹介される仕事って、色々な意味で危ないんじゃないですかね」

「まぁ、テルアイラの事だから騙されたなんて事はないよ。……多分」


 人の話を黙って聞けないのかね。君達は。


「紹介された仕事ってのは、客にお酌して話を聞くだけの仕事でな。適当に相づち打ってればいいし、それにほら、私って美人じゃないか? それで一気に人気が出てあっという間に店の売り上げトップになったんだよ」

「……自分で美人とか言っちゃう人を初めて見た」

「お店はともかくテルアイラさんがちゃんと接客出来るなんてちょっと信じられないです……」


 ミラとレンファが珍獣でも見るような目を私に向けてくる。

 君達はもう少し素直になった方がいいぞ。


「だけど店の古参の女共から嫌がらせを受ける様になってな、まぁ私が美しすぎるので嫉妬したんだろうな。それはそれは陰湿なものだったよ……」

「うわぁ、何かそういうの私は嫌だなー」

「確かに女性ばかりの職場だとそういう事は多々あるみたいですが、その後はどうしたんですか?」


 ようやくユズリの奴も興味が出て来たようだな。

 ここからがクライマックスだ。


「温厚な私も流石にブチ切れてそいつらをフルボッコにしてやったよ。そうしたら女のリーダー格と店長がデキてやがっててな。それで店長やらがしゃしゃり出てきやがったのでそいつらもボコボコにしてまとめて土魔法で埋めてやった」


 それを聞いて飲み物を飲んでいた四人が噴きだした。

 そんなに感動してくれたのだろうか。


「ちょっと! 何やってるんですか!? それ犯罪ですよ!! テルアイラさんはやり過ぎなんですよ」

「そんなのやられたらやり返すのが礼儀だろう? ユズリだってやられっ放しで『はいそうですか』なんてできないだろ。それにギリ自力で這い出せるぐらいに加減してやったからセーフだろ」

「だからって物には限度があるでしょうよ!」

「あははは! やっぱりテルアイラはこうじゃないと!」

「笑い事じゃないですってば、メグさん……」


 そんな私達のやり取りにレンファとミラは絶句している。

 感動し過ぎて言葉も出ないってやつだな。


「そんなこんなでその街にいられなくなったので、店の売り上げを退職金代わりに頂いてそのままトンズラした訳だ。おかげでその後は追手に追われながらあちこちでバイトしながら旅を続ける羽目になったと言うお話だ」

「テルアイラさんはとんでもない人だと思っていましたけど、ここまでバ……ひどい人だったとは……」


 おい、ユズリ。お前バカって言い掛けただろう。


「どうしよう。凶悪犯を店に引き入れてしまいました。お父さんごめんなさい……」


 レンファよ悲しむな。もうあれは時効だ。

 その日以来、ミラが私に対して余計に素っ気なくなったのは気のせいだろうか。

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