21 うちはそんな店じゃないですからね!!
「——だったら、うちで働きませんか?」
唖然としているミラにレンファがニッコリと笑い掛けた。
「父が行くあてが無いのならここで住み込みで働いてもらってはどうだ? と言ってまして。私としても手伝ってくれる人が欲しいので、ミラさんが嫌じゃなかったら……」
レンファが遠慮がちにそう提案する。
ミラの方はと言うと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「……いいの? 私がここにいてもいいの?」
「はい。……その、ミラさんが構わないのでしたらの話ですけど」
その言葉にミラがぶんぶんとうなずいている。
「ううん。ありがとう。私、ちゃんと働くからここに置いて下さい!」
そう言ってミラがカウンターの奥へ頭を下げた。
カウンターの奥のオヤジが片手を上げている。
「オヤジも中々粋な事をするじゃないか。見直したぞ」
私がそう言うとオヤジはすぐに引っ込んでしまった。
「ねぇ。やっぱりあそこに誰もいないよね?」
「えぇ。私も全く見えません……」
メグとユズリはカウンターの奥を怪訝な顔で見ているが、オヤジの恥ずかしがり屋も困ったものだなぁ。
◆◆◆
「それでは早速今日からお店の手伝いをお願いしたいのですが、まずは研修として接客の練習からですね」
レンファがいかにも先輩っぽくミラの新人研修を始める。
ミラは渡されたエプロンを着け、スカーフを三角巾として頭に結んだ姿でレンファの指示を受けていた。
「ほほう、接客とな。この接客の鬼と呼ばれたテルアイラ様が直々に教えてやろうじゃないか」
「そんな話、初めて聞きましたけど。……それならミラさんの接客の練習をお願いしてもらっていいですか? 私これから開店の準備とかありますので」
「あぁ任せろ。泥船……じゃなくて大船に乗ったつもりで期待していてくれ」
「何だか急に心配になってきたのですけど。それじゃミラさん、頑張ってくださいね」
レンファがミラに手を振ってカウンターの奥の厨房に入っていった。
私の鬼の接客を早速ミラに叩き込んでやるとするか。
「私もテルアイラが接客してたなんて初めて聞いたな」
「本当に接客出来るんですか?」
「メグとユズリは疑い深いな。じゃあまずは客が来店した時の挨拶と案内だな。二人は客の役をやってくれ」
「りょーかい」
「分かりました」
二人が一旦店の外へ出て、客役として入店してくる。
「ミラ、しっかり私の接客を見てろよ?」
「はい。お願いします」
うむ。真面目な態度でよろしい。
「こんにちはー。席は空いてるかな?」
「二人ですけど大丈夫ですか?」
「いらっしゃーせー! お二人っすねー。こちらの席へどうぞー!!」
どうだ完璧な接客だろう。
私の接客に感動したのか、面食らった客役の二人は緊張した面持ちで席に着いた。
「ご来店あざーす!! こちらおしぼりになりまーす!!」
「……ねぇ。これお店違わない?」
「流石にこれはないでしょう」
何が不満なのかメグとユズリが席を立ち店から出て行ってしまう。
だがこんな時も冷静に接客だ。
「ありやっとしたぁー!!」
二人を見送ると、後ろで見学をしているミラにドヤ顔をしてやる。
あまりの完璧な接客で感激しきりだろう。
「どうだ? 私の接客は参考になるだろう?」
「……いえ、全く意味が分からないのですが」
ミラが冷めた表情で返してくる。何だか言葉にトゲがある気がするな。
何か不満でもあるのだろうか。
「何だよ。これでは不満か? 二人ともまた客役をやってくれ」
戻ってきたメグとユズリに声を掛ける。
多分あいつらの客としての演技が下手くそだったからいけなかったんだな。
「またやるの?」
「ミラさんの研修ですから我慢、我慢です」
「お二人ともお手数をお掛けします」
ミラが不満げなメグとユズリに頭を下げると二人は目を丸くしている。
何か私に対しての態度と違わないか?
「これは頑張らないとダメだよね」
「そうですね」
二人は笑い合った後、客役を再開する。
よし改めて私の本気を見せてやるか。
「こんにちはー。席は空いてるかな?」
「二人ですけど大丈夫ですか?」
「いらっしゃいませ。お二人ですね、お席はこちらへ」
呆気に取られている二人を席に案内する。
完璧な接客で声も出まい。
「こちらおしぼりです」
片膝をついて二人におしぼりを手渡す。
どうだこの完璧な身のこなしは。
「何かテルアイラの本気を見たって感じだね。少しやり過ぎな気もするけど」
「まさかこんな接客が出来る人だったなんて、にわかには信じられませんね」
そうだ。もっと私を褒め称えるが良い。
そしてここからが真骨頂だ。
「当店にご来店いただきありがとうございます。本日は新人が入店いたしまして、今なら特別にお相手を務めさせる事が出来ますが、いかがでしょうか。もちろんチップ次第でここでは言えない特別なサービスをVIPルームで——」
ゴスッ!!
突然後頭部に鈍い音ともに衝撃が走り、一瞬気が遠くなった。
「ちょっと!! さっきから聞いていれば一体何をやっているんですか!! うちはそんな店じゃないですからね!!」
どうやらレンファが手にした金属製のトレイの角で私の頭を殴ったみたいだ。
とんでもない事をしてくれやがって。
だが意識が朦朧としてきた。打ちどころが悪かったらしい。
「まったくもう!! テルアイラさんにお願いした私がバカでしたよ。ごめんなさいね。ミラさん」
「いえ、中々興味深い見せ物だった気がします」
「うわぁ……テルアイラが見せ物扱いだよ」
「これはそう思われても仕方がないですよ」
くそう、あいつら好き勝手言いやがって。後で覚えてろよ。
「あの、私なりに接客をしてみたいのですが、お二人とも練習に付き合って頂けますか?」
「うんいいよ」
「私も構いませんよ」
ミラが殊勝にもそんな事をあの二人にお願いしている。
そして改めてミラが二人に対して行った接客は、流石の私も驚くほど完璧な物だった。
「凄い、凄いですよ!! ミラさんは即戦力じゃないですか!!」
レンファが興奮してミラの両手を握ってぶんぶんと振っている。
ちょっと褒め過ぎじゃないか?
やりすぎると図に乗っちまうぞ。
「確かに完璧な接客だったね。非の打ちどころがないよ」
「先程のテルアイラさんのひどい接客と比べたら天と地の差ですね!」
レンファの他に二人も称賛するのでミラの顔に赤みが差し、そのまま俯いてしまった。
何だよ、照れてんじゃないよ。
「いえ。母を養うために色々な場所で働いていた事もありましたので……」
「苦労していたんですね。是非うちで一緒に頑張りましょう!」
恥ずかしがるミラにレンファが抱き着いている。
くそ、私にもそのくらい優しくしてくれればいいのに。
そんな微笑ましい光景をメグとユズリが優しい表情で見守っていた。
何か綺麗に上手くまとまったな。これにて一件落着というやつか?
それにしてもこの空気の中で起き上がったら、私はどんな扱いをされるのだろう。
それを考えたら急に起き上がれなくなってしまった。
早く終わってくれ、このアットホームな空気よ!




