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19 心当たりが大ありですよ

「父上の仇、ここで取らせてもらいます!!」


 少女が懐から短刀を抜き放ち、いきなり斬りつけてきた。


「あっぶね! いきなり何するんだよ!!」


「なんで避けるんですか!? 堂々と勝負してください!!」


「お前は馬鹿なのか? そんな大人しく斬られる奴がいるかっての」



 少女の動きは大振りで隙だらけなので、斬られる方が難しいぐらいだ。

 こんな素人が何をするつもりなのだろうか。

 それにしても、いきなり斬りかかってきたくせに堂々もくそ無いよな、まったく。


「ちょっと! お店の前で何をしてるのですか!? 刃物を振り回したら危ないですってば!!」


「駄目ですよ、レンファさん。こっちへ来てください」


 レンファが慌てて近づいて来ようとするのをユズリが抱える様にして抑える。

 そして、そのまま店内へ避難させた。


 こういう時は、黙ってても最善の動きをしてくれるから助かるよ。


「テルアイラ、私が代わるからそこ退いて」


「ああ、頼むぞメグ」


 近接戦担当のメグが私と入れ代わるように少女と対峙した。

 私はお言葉に甘えて、メグに後を任せて店内から二人を見守るとするか。


「ねえ。私、今日疲れてるんだけど、そういうのは明日にしてくれない?」


「ふざけないでくださいっ!!」


 むやみやたらに短刀を振り回す少女の攻撃をメグは気怠そうにかわし続けている。


「なんだかメグさん、珍しく不機嫌じゃないですか?」


 ユズリが私の隣にやってきてお茶を手渡してきた。

 意外に気が利くじゃないか。


「メグはさっきの模擬戦闘で力を使い過ぎて、色々と気が昂ってるんじゃないかなぁ」


「そんな事って、あるんですか?」


「さあ。本人じゃないから私も分からんよ」



 学生の子と戯れに戦ってみたら、かなり本気を出さざるを得ない状況になってしまって、その反動が今になって出ているのだろうか。


 それにしても、店の前で刃傷沙汰になっているのだが大して緊迫感が感じられない。

 単にじゃれ合ってるのか見世物だと思われたのか、集まっていた野次馬達が一人、また一人と消えて行った。



「もう疲れたから、この辺で終わりしていいよね?」


 メグが気怠そうに目の前の少女に問い掛ける。


「馬鹿にしないでくださいっ!!」


 少女が叫んでメグに再度斬り掛かろうとするが、足がもつれてそのままバタンとうつ伏せに倒れてしまった。



「……終わったみたいですね」


 ユズリが店の外に出て倒れた少女の元へ向かうと、少女の襟首を猫づかみのようにつかんで持ち上げる。



「あなた、大丈夫ですか?」


 ユズリに持ち上げられた少女は、えぐえぐ泣きながらも、か細い声で何かを訴えている。

 おいおい、泣かすなよなぁ。

 女の子が泣いているのを見るのはどうも苦手だ。


「なんですか? 聞こえませんよ」


「お腹が……空いてなければ勝てたのに……」


 そう言い残して少女は気を失ってしまったようだ。


「あの女の子は大丈夫なのですか!?」


 レンファが心配そうな顔して尋ねてきた。

 まったく、こいつもお人好しだな。店の前で刃物を振り回してた奴だってのに。




  ◆◆◆




「それで、彼女をどうしましょうか……?」


 店に貸し切りの札を立て、気を失った少女を取り敢えず店の奥の従業員休憩所に運び込んで寝かせたのはいいが、レンファは対応に困ってしまったみたいだ。


 刃物を振り回して斬り掛かってきたので、本来なら衛兵にでも引き渡すべきなのだろう。

 しかし、何やら事情がありそうなので、どうも気が引けてしまう。


「衛兵や役人に突き出すのは、もう少し待ってみるか」


 私がそう言うと、レンファが安堵の溜息を吐いた。


 仮に、この少女を衛兵や役人に突き出したら、私達は命を狙われた理由を聞かれるし、下手したら、以前に私達が勇者をボコボコにした事が露見してしまわないとも限らない。

 藪蛇になる事は極力避けたいものだ。



「ところでさあ、あの子はこのまま寝かしておくつもりなの?」


 軽食をつまんで、ようやく落ち着いた様子のメグが少女が眠る店の奥を窺う。


「さっき父に聞いたら、家の客間を使っていいと言っていたので、そちらに移ってもらうつもりですが……」


「え? レンファのお父さんって、このお店に存在してるの!?」


 メグが素っ頓狂な声を出した。いきなり何を言い出すんだ?


「そうなんですか!? 私もレンファさんのお父様にお会いした事がありませんよ!」


 ユズリも信じられないと言った感じで、目を丸くしている。

 こいつら一体全体、何を言っているのだ?


「お二人とも、私の父を何だと思ってるんですか!? まるでレアキャラみたいに言わないでくださいよう!」


 二人の失礼な物言いに、レンファが憤慨してしまった。

 そりゃそうだ。自分の父親を珍獣みたいに言われたら、怒りたくもなるだろうよ。



「レンファの父親がどうしたって言うんだ? 私はいつも挨拶してるぞ? なあオヤジ!」


 カウンターの奥へ向かって手を振ると、少しだけ顔を覗かせたレンファの父親が小さく手を振り返してきた。



「え……? あそこにいるの?」


「私には見えないんですけど……」


 メグとユズリが怪訝な顔でカウンターを窺っているが、オヤジは恥ずかしいのか、すぐに引っ込んでしまった。シャイなのかな。



「ねえ、ユズリ。これは深く考えちゃいけないやつかもしれないよ」


「確かに、気にしない方が良さそうですね……」


 メグとユズリが二人がお互いの顔を見合わせて、きっと気配を消すのが上手い人なんだとか言い合っている。

 あながち間違いでは無いが、気づいてもらえないオヤジが不憫に思えてきたよ。


 それはさておき、今はオヤジに構ってられない。少女の事が優先だ。



「それでな、あの少女には悪いが荷物を調べさせてもらったのだが……お前らも見てくれ」


 少女の背負い袋を三人に見せる。


「所持金は、ほぼゼロだねー」


「身分証明書はこのカードのみですね……。名前はミラエリンですか」


 メグとユズリは遠慮なく荷物をあさる。


「他は着替えとこの手紙だけ……。手紙は勝手に見ない方がいいですよね」


 レンファが手紙を背負い袋に戻した。


「どこから来たのか知らないが、こんな所持品だけで私達を探していたんだ。余程、深い恨みがあったんだろうな」


 まったく、いい加減にしてくれよな。私達が何をやったんだよ。

 ……まあ、色々やってはいるけどさ。



「さっき、父上の仇って言ってたよね。それに全然心当たりが無いんだけど……」


 メグが眉を寄せる。

 確かにそんな物騒な話は、私にも身に覚えは無い。


「……いえ、心当たりが大ありですよ。これを見て下さい」


 ユズリが苦虫を噛み潰したみたいな顔で、少女の持っていた短刀を私たちに見せる。

 それにしても、これだけの武器で私達を探していたのだろうか。


「綺麗な装飾ですね……」


 レンファが思わず見惚れてしまうぐらいに立派な装飾の鞘である。


「これは……懐剣か?」


「そうです。そしてこの紋章。見覚えありますよね?」


「これって、もしかして魔王の……?」


 メグがレンファに聞こえないように小声で呟く。

 これまた面倒くさい奴が現れてしまったなぁ。

 思わず額を押さえて天井を仰いだ。


 もっとも、魔王よりよっぽど恐ろしい存在がこの街にいるので、そちらと比べると随分と可愛いものだけどさ。


「それで、あの子はどうしましょうか……」


「いっその事、ここで始末できたら楽なんだけどなぁ」


「ちょっと、テルアイラ! 冗談でもそれは笑えないよ!」


「分かってるって。レンファもそんな目で私を見るなっての!」


 ああもう! 本当にこいつはどうするんだよ。


 私達は大人しくダラダラと過ごしたいだけなのに。こんちくしょうめ。

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