17 ぽんぽこぽん!!
「ほう……喧嘩を売られたのなら買わないといけないな」
キツネ耳の獣人の少女が剣呑な目つきでこちらをにらむ。
うわぁ。やる気だよこの子。
「いい度胸ですね。学生だからって手加減しませんよ?」
そう言ってユズリが席を立つ。
まったくこいつも学生相手に大人気ないんだから始末が悪い。
「おいユズリやめろよ! キツネ耳の君、ごめんな。こいつ意外と気が短いんだよ」
「いえ、こういうのは一度やり合った方が話が早いと思いますので」
キツネ耳の少女も席を立った。
周囲の子達は心配そうな表情、楽しそうな表情と様々だけど、こいつら誰一人として止めようとしないのな……。
「ロワの方からも何とか言ってやれよ! 友達に怪我させたくないだろ?」
「うーん、大丈夫じゃない? 彼女、結構強いよ」
えー。その自信はどこから出てくるんだよ。
一応、私らって高レベルの冒険者だぞ? 君達は学生だよ?
「あんな困った顔のテルアイラって初めて見たかも。ちょっと面白いね」
「テルアイラさんって変な所で真面目な人だったんですねぇ。でも店の前で暴れられるのは困るので遠くでやってほしいです」
メグとレンファの奴、他人事だと思って好き勝手言いやがって……。
そもそも何で私がこんなに気を使わなければならないんだよ。
もう知らないからな。
「さて、武器はどうします? 私はこれを使いますが別に素手でも構いませんよ」
ユズリは愛用のメイスを持ち出す。
マジ武器はやめろよ! せめて木剣とかにしろっての!!
「別に武器使用でも構わない。しかし対鈍器だと刃こぼれするから嫌だな……。なぁ、魔力剣を貸してくれよ」
キツネ耳の少女が少年から棒のような物を受け取っている。
あれは魔力で刀身を出現させるタイプの武器か。また妙な物を持っているな。
どう使うか少し気になってきたぞ。
「ちょっとお二人とも! 店の前では止めて下さいね!!」
レンファが慌てて叫ぶ。こんな往来で武器でも振り回されたら大参事になること必至だ。
「それもそうですね」
「では移動するか」
そしてレンファ以外の全員が連れ立って店出て行ってしまった。
何だかみんなフットワーク軽いなぁ……って私を置いて行くなよ!!
道中和気あいあいとしながらも王都の門を出て周囲に迷惑のかからない空地まで移動してきた。
何かもうピクニック気分だ。
ちなみに門から出る時に妙な物を見てしまった。
黒髪の少女が普通に門番に住民カードを提示して外出手続きをしていたのだ。
あいつ本当にここの住民なのか?
誰かに相談してみたいところだが、今のユズリはまともに話せる訳が無い。
仕方ないので消去法でメグに聞いてみる。
「なぁ、あの黒髪の子が普通に住民カード持っていたぞ? 本当に何者なんだろうな」
「住民カードを持っていると言う事はこの王都の住民なんでしょ。と言うか正体を知りたくないってさっき言っていたじゃん?」
「いや、まぁ……そうなんだけどさ」
自分で言った事だが、いざ正体が分からないとなると何だか腑に落ちなかった。
「この辺りまで来れば大丈夫ですかね。そろそろいいですか?」
周囲を見渡しながらユズリが立ち止まる。
まぁ確かにここなら多少暴れても苦情は出ないだろうけど、どれだけ暴れる気なんだよこいつ。
「ああ、こちらも準備は整った」
少年と何かを話していたキツネ耳の少女が眼鏡を外し、それを少年に手渡すと一歩前に出た。
なんだかさっきより好戦的な雰囲気が強くなっているな。
「あなた、それ魔力封じの眼鏡ですか?」
ユズリが怪訝な表情で尋ねる。
なるほど。魔力封じのマジックアイテムなら合点がいくな。
しかし自分に秘められた能力を封じるとかって何か憧れるよな。
私も昔は右目が疼くとか言って眼帯とかしてたし。
その後、本気で心配した母親が医者を呼んで……って今はそれどころじゃない。
「まぁ、そんなところだ」
キツネ耳の少女がニヤリと笑って答える。
あれはハッタリのアイテムじゃないって事か。
「面白いですね。私はユズリ・ヤサカ。あなたのお名前は?」
愛用のメイスを構えつつユズリは名乗る。
あいつそんな苗字だったのか。初めて知ったんだけど。
「私は……ミサキ・タマヒジリだ」
そう言ってミサキと名乗った少女が魔力剣の刀身を発生させて構えた。
口だけでなく、ちゃんと様になっているな。
それにしてもブレザー型の制服のスカートからすらりと伸びる足がやけに艶めかしく感じるな……って私の方が色気あるんだからな!!
「何ですかその足の長さは! 私へのあて付けですか!?」
小柄なユズリが憤ってる。
ユズリも決してスタイルが悪い訳では無い。むしろ胸が大きいのだが、どうしても小柄な体格なので手足の長さに不満が残るみたいだ。
「うるさい! 私だって好きでこんな恰好をしている訳じゃないんだ! さっきからスースーして落ち着かないんだからな!!」
ミサキと名乗った少女が憤然として怒鳴った。
それにしてもスカートを履いてスースーするって、昔の物語じゃないんだから……。
「やっぱり馬鹿にしていますよね! もう頭にきました!!」
いきなりユズリが踏み込んで一気に殴り掛かる。
先手必勝ってやつか。
「被害妄想も大概にしてくれ!!」
ミサキがユズリの重い一撃を魔力剣でいなすが、受け切れずに思わず後方に下がる。
「くそ!! 何て馬鹿力なんだよ!!」
「逃がしません!!」
ユズリがミサキに追い打ちを掛ける。
ミサキもユズリの攻撃を二度三度と魔力剣で弾くが早くも劣勢だ。
「何ですか? さっきの威勢は口先だけだったんですか!?」
メイスを振り回し、追い込みながらユズリは口元をゆるめる。
憎たらしい女狐を打ち負かす事が楽しみで仕方がないといった感じだ。
「ユズリって意外とSっ気があったんだね。新たな発見だよ」
隣で見ているメグがのん気な事を呟く。
こいつはこの状況でよくそんなアホみたいな感想が出てくるな。
大物なのか、ただのポヤっとした奴なのか……。
「バカな事を言ってる場合かよ。おい、ロワ! 危なくなったら止めるからな?」
「あ、うん。お願い……」
私の言葉は耳に入ってないのか、ロワは二人の戦いから目を離せないでいる様子だ。
まぁ確かに中々面白い勝負ではある。
「仕方がないな。あんまり人に見せたくない姿なんだけど」
ミサキが後方へ飛び退き、ユズリから距離を取ると大きく息を吸った。
「……魔力? いえ、妖力ですか!!」
距離を詰めようとしたユズリが立ち止まる。流石に直感で気付いたか。
黒髪の少女程ではないが、結構ヤバい力を感じる。
そしてミサキが大きく息を吐くとキツネの尻尾が五尾になっていた。
固唾を飲んで見守っていたロワが興奮し、彼女の友人達も感嘆の声や戸惑いの声を上げていた。
「ここからが本番だ!」
ミサキが魔力剣を横に薙ぐと同時に魔力で発生させた刀身がユズリに向かって飛んで行く。
一種の衝撃波の応用か。面白い事をするな。
「遠距離攻撃だなんて生意気な!!」
飛んで来た刀身をユズリはメイスで弾く。
「どこを見ている! こっちだ!」
気付くとミサキがユズリの背後に回り込んでいて、そのまま斬りかかった。
スピードが格段に上がっているな。
「舐めないでください!!」
ユズリも尋常ではない反応速度で振り返り、迎え撃つ。
お互いの武器が目にも止まらぬ速さで幾度も激しくぶつかり合って双方が飛び退く。
あのキツネ耳の子はその辺の冒険者ってレベルじゃないぞ。
恐らく極東に伝わる妖狐の一族じゃないだろうか。
「やはり近接攻撃は分が悪いな……」
ミサキが苦笑いしながら魔力剣を収め、手から青白い炎を発生させてユズリに向ける。
「……狐火ですか!?」
襲い掛かる青白い炎を避けるも二発、三発目と炎がユズリに迫って来る。
避け切れなかった分はメイスで吹き飛ばした。
「熱は感じるけど実体は無い……? 幻術なの!?」
しかし考える余裕を与えないかの様に絶え間なく襲い掛かって来る炎にユズリは周囲を取り囲まれてしまいとうとう身動きが取れなくなってしまった。
さてどう出る? ユズリよ。
「そろそろ終わらせてもらうぞ」
「ふふん。幻術を使うのはキツネだけじゃないんですよ」
ユズリが不敵な笑みを浮かべながらメイスを地面に突き立てて叫んだ。
「ぽんぽこぽん!!」
彼女を中心に木の葉が舞う。肌に感じる風圧……これは結界か!?
すると周囲を取り囲んでいた炎が一つ残らず消え去った。
「幻術無効化だと……!?」
ミサキが驚きに目を丸くしている。
私もユズリがこんな事出来るなんて驚きだわ。
「やっぱり幻術でしたね。次はこちらの番です!」
ユズリがミサキの方へ地面から引き抜いたメイス向けると、突然ミサキが両手を上げた。
「……何の真似ですか?」
「降参だ。魔力が切れた」
そう言うとミサキはぺたんと座り込んでしまった。
どうやら彼女はこれ以上戦う意思が無さそうだ。
「……え? これで終わりなのですか!? ちょっとふざけないで下さいよ!!」
「はいはい終了~!! 二人とも大変頑張りました!! もう終わりだから戻って下さ~い!!」
多少強引だが終了宣言を出す。
このままじゃユズリが暴れ出しそうだったしな。
「ちょっと! 試合には勝ったけど勝負に負けた風な展開で何だか納得いきませんよ!! これって私が間抜けみたいじゃないですかね!?」
「知らんがな。向こうが降参したんだからもういいだろ」
ユズリが憤慨するが知ったこっちゃない。
ミサキの方は思わぬ活躍だったのか友人達に囲まれて盛り上がっている様子だ。
「いいなぁ。私も誰かと戦ってみたいよ。ねぇ! 今度は誰か私の相手をしてくれないかな?」
突然メグがロワとその友人達に呼び掛けた。
まったく、こいつもいきなり何をしてるんだよ。立場を考えろっていうの。




