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16 誰がおばさんだコラァ!!

「本当に確認しに行くんですか?」


 走りながらユズリが聞いてくる。

 私達は立ちすくむ人々を避けながら火柱の発生元に向かっていた。


「あれは魔王なんかと比べ物にならんぐらいヤバい奴の魔力だ」

「そんな存在って聞いた事がないんだけど何者なの?」


 メグが興味津々の面持ちで聞いてきた。まったくこいつはどんな時でも動じないな。その余裕に何度も救われたけど。


「それを今から確かめに行くんだよ」


 そして程なくしてたどり着いた火柱の発生元は冒険者予備校だった。

 こんな場所に魔王より恐ろしい存在がいるってのか? 正直信じられないのだが。


「正面からは駄目だ。裏手に回ろう」

「こういう時のテルアイラさんは頼りになりますね」

「いつもこうだといいんだけどねぇ」


 裏手に回り、冒険者予備校の校庭の片隅にある繁みから立ち上る火柱を観察してみる。

 かなり巨大な火柱でどう見ても普通の魔法で作り出したものではなさそうだ。

 これを作り出した奴はどこにいる……。遠目の魔法で校舎の方に目を向ける。


「それでどうですか? 何か分かりましたか?」

「……マズい、気付かれた!! 伏せろ!!」

「え? 何があったの!?」


 私達が伏せると同時に火柱が一瞬にして消滅した。

 くそ、こっちに気付くとはアイツ何者なんだよ……。


「ちょっと、一瞬で火柱が消えるなんてどういう事ですか!?」

「私が知るか!! しかし顔を見らてしまった。最悪だ」

「これ以上ここにいても仕方ないよ。取り敢えず宿に戻ろう」


 メグの提案にうなずくしかなかった。

 大丈夫。もし向こうに敵意があれば攻撃してくるはずだ。

 そうであってくれ……。


  ◆◆◆


「もう大丈夫なんじゃない? 何も起きてないんだしさ、怖がり過ぎだよ」


 あれから数日後、いつものオープンテラスでグダグダしているが生きた心地のしない私をメグが軽く茶化してくる。


「そうですよ。そんなにビクついてるテルアイラさんは返って不審者に見えますからね?」

「お前らなぁ、私は顔を見られたんだぞ。向こうから絶対何かを仕掛けてくるはず……げ!?」


 ついに来やがった。冒険者予備校の学生達に交じっているが、明らかに異質な気配を感じる。


「あの学生の子達がどうしたの?」


 私の視線の先を見たメグが首をかしげている。

 お前は感じないのか、あのヤバい魔力を。


「ん? 前に冒険者ギルドで見掛けた子もいますね……。まさかあの時の男の子が気になってるんですか?」

「ふざけるな! あいつだ……あの黒髪がヤバい」


 我慢出来なくて思わずメグとユズリの陰に隠れてしまった。


「……黒髪ってあの女の子? レンファより年下ぐらいだよ。そんな子が?」

「普通の女の子じゃないですかね?」


 こちらの視線に気付いたのか、黒髪で黒色のワンピース姿の少女が微笑みながら近寄ってきた。

 おいおいおい、冗談じゃないぞ……って何で私の目の前に来るんだよ!!


「こんにちは。あの時覗いてたのは……お主だな」


 あかい瞳が印象的な黒髪の少女が私を真っすぐ見据えた。

 ニッコリ笑っているが、目は笑っていない。


「……何のことか知らないなぁ」


 取り敢えず誤魔化そう。それに顔を見られたって一瞬だ。

 見ていたのが私だって確証はないだろう。


「私の背中に隠れながら言うセリフじゃないですよね」

「意外とテルアイラは怖がりなんだねぇ」


 こいつら……ふざけてる場合じゃないっての!


「とぼけるのは構わないが、他国の間者だとしたら見逃すわけにはいかないな」


 そう言って少女が凄んでくる。流石にこいつのヤバさにメグ達も気付くだろ。

 じゃなかったら本当のバカだよ。


「うわっ! ぞわっと来たよ!!」

「……何ですか、この殺気!」


 メグとユズリの尻尾が毛が逆立って倍の太さになっている。

 ようやく気付いたかこの鈍感どもめ。


「いや、私達は単に強い魔力を感じたから確認しに行っただけだ! 単なる冒険者でそれ以外の何でもないからな!!」


 もう恥も外聞もない。ここは穏便に済ますのが得策だと本能がそう警告してくる。

 いよいよとなったら極東の国に伝わるという最上級の謝罪方法『土下座』を繰り出すまでだ。


「本当か? わらわは静かに暮らしたいのでな。国外に情報を流されると困る」


 外見に似合わず大人びた言葉遣いの少女が紅い瞳で私を見つめる。


「……そんな事はしない。私もまだ死にたくないんでね」

「そう。ならいいのだ。取り敢えずはお主らの事は信用することにしよう」


 少女はそう言うと満面の笑顔を見せ、私達から離れる。


「おーい、シーぽん何やってるの〜?」


 その時、何とも間の抜けた声が聞こえて来た。この黒髪の少女の事を呼んでるのだろうか。まぁ何にしても助かったのか……?


「ねぇ、あの子って何者なの? ただの子供だとは思えないんだけど」

「そうですよ。あんな殺気は魔王ですら出してませんでしたよ」

「知るか! むしろ私が知りたいぐらいだ。恐らくヒトでも魔族でもないと思うのだが……多分、知ったら後悔する類だと思う」


 想像はしたくないが、『そういう種族』はこの世のどこかでまだ存在しているのだろうか。


「あれー!? そこにいるのって……」


 黒髪の少女の所へやってきたエルフの少女が素っ頓狂な声を上げている。

 はて、このアホ面はどこかで見た記憶があるような。


「お前……ロワか!?」

「やっぱりテルおばさん——」

「誰がおばさんだコラァ!!」


 思わず目の前の少女の頭を掴んで頭突きをしてしまった。

 この感触、やっぱり集落で面倒を見ていたロワリンダだ。


「ギャー!!」


 私の頭突きを食らったロワが額を押さえて地面を転げまわっている。

 流石にこれには黒髪の少女も呆気に取られていた。そんな事より私をおばさん呼ばわりしたロワの方が問題だ。


「うわぁ痛そう……これは可哀想だよ」

「テルアイラさん、いきなり何をやってるんですか!!」

「私はまだお姉さんだ! いきなりおばさん呼ばわりする方が悪い!!」

「まだお姉さんってことは、そろそろおばさんと言う自覚はあるんだね」

「私としては、既におばさんとの認識だったりしますけど?」

「あぁ!? おばさんじゃないって言ってるだろう!!」


 まったくいつも失礼な奴らだ。この私の繊細なハートをどれだけ傷付ければ気が済むのだろう。


「ちょっと! 騒がしいですよ何をやってるのですか!!」


 店の奥から出て来たレンファが店の前で額を押さえて転がるロワを見て愕然としている。

 まあいきなり人が倒れていたらビックリするよな。



「いきなり暴力とか最低ですよ!!」


 そう言うなり手にした金属製のお盆のふちで私の額を殴りつけてきた。


「ギャー!!」


 あまりの痛さに地面を転げまわる。

 いきなり暴力反対ってお前だっていきなり暴力じゃないかよ!!

 店の前で悶絶しているロワと私。何なのだこの状況……。


「私達は何を見ているんだろうね」

「この状況でテルアイラさんが悪いのは確実だと思います」


 お前ら冷静に状況判断してるんじゃねえよ。

 というかユズリは早く回復魔法を掛けてくれ!


  ◆◆◆


 その後、騒ぎを聞きつけてロワの友人達が集まってきてしまったので、レンファが慌てて店内に案内した。

 丁度他の客がいないタイミングだったので貸し切りの札を表示し、お詫びとしてロワの友人達全員に飲み物と甘味を提供することになった。


「全部テルアイラさんの支払いですからね!!」


 レンファが私を睨んでくるが、支払い全て私持ちっていくら何でも横暴じゃないか?


「まぁ自業自得って奴だよね」

「まったくいい気味ですよ」


 メグにユズリめ後で覚えておけよ。こんちくしょう。

 食事に下剤混ぜてやるからな。


「それにしても久しぶりに会ったと思ったらいきなり頭突きとかひどいよぉ」


 私の向かいに座るロワが額をさすりながら非難めいた視線を向けてくる。

 ふん、その程度で済んだ事に感謝するのだな。


「お前が失礼な事を言うから悪いんだぞ。ロワ」


 私も痛む額をさすりながら仏頂面で答える。


「私はメグっていうのだけど、キミはテルアイラとはどういった関係なの?」

「私はロワリンダといいます。テルお……姉さんの親戚なんですよ」

「お前、またおばさんと言い掛けただろ? それはまぁいい。で、お前はこの少年とはどんな関係なんだ?」


 ロワの隣に座る少年に目を向ける。

 先日、冒険者ギルドで会った妙な気配のする少年だ。

 少年は戸惑った様子で私達に会釈してくる。


「彼は私の恋人です!」


 いきなりロワが明言すると別のテーブル席に着いている友人であろう少女達から不穏ともとれる空気が漂ってきた。


「何か訳アリみたいだね」

「まぁどうせ適当に言ってるんだろ」


 メグが苦笑していると少年も苦笑いしていた。


「じゃあ、この子とはどんな関係なの?」


 メグはこれまた同じテーブル席の黒髪の少女について尋ねる。

 その瞬間、ロワ達の空気が一変した。


「おいメグ! 止めろ!」


 空気を読まない奴だとは思っていたがここまでバカだとは思わなかった。

 案の定ロワ達が困った顔をしてるじゃないか。

 それに黒髪の少女をこれ以上刺激したくない。


「すみません。その事については禁則事項ですのでお答えできません」


 少年が困った顔でそう答えると、それ以降少女に関する事は一切答えなかった。

 彼らなりに事情があるのだし、こちらに危害を加えて来ないのであればお互いスルーしておくのも大事なマナーだ。

 黒髪の少女の方も我関せず、といった感じで紅茶を黙って飲んでいた。


「誰だって答えたくない事はあるさ。そもそも私は知りたくない。……ところでユズリ、お前はさっきから何を睨んでいるのだ?」

「あそこに女狐がいるんです。しかも異教徒ですよ!」


 そう言ってユズリは制服姿の眼鏡をかけたキツネ耳の獣人の少女を睨みつけている。

 当のキツネ耳の少女は迷惑そうな表情だ。


「お前がキツネの獣人を嫌いなのは分かったが、宗教ネタは洒落にならんから止めておけよ」


 これ以上トラブルを大きくしないでくれよ。怒られるのは何故か私なんだからさ。


「……異教徒と言われると気分は良くないが、何故私がそうだと分かるのだ?」


 キツネ耳の少女がユズリに問い掛ける。

 うーん、不穏な空気。


「あなた、神楽舞を奉納する巫女でしょ? 立ち振る舞いを見ていれば分かります」

「私の事を異教徒呼ばわりするにしては随分と詳しいじゃないか。普通はそんな事は分からないと思うのだが……」


 キツネ耳の少女は困惑した表情を浮かべる。

 何かゴメンな、ウチのパイオツ星人がいきなりケンカ腰でさ。


「そりゃそうですよ。私は子供の頃、神楽を舞う巫女に憧れていたんですから。それが何ですか! 巫女になれるのはキツネの獣人だけだなんて!! ずるいです!! 人種差別ですよ!!」


 ユズリが一気にまくし立てる。一体その子に何の恨みがあるんだっての。

 みんな戸惑ってるぞ。


「お前なぁ……宗教もだけど、人種ネタもかなりデリケートな話題なんだから止めろよなぁ。そこの君、ゴメンな」

「いえ、別に構いませんよ。元々タヌキの獣人とは相性が最悪ですから。……それであなたは私にどうしろと?」


 キツネ耳の少女が挑戦的な目つきでユズリに問い掛ける。

 それを受けてユズリも病んだ笑みを浮かべた。


「何だかムカつくので叩き潰します!」

「ほう……喧嘩を売られたのなら買わないといけないな」


 もうこれどうしろって言うの?

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