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15 私それまったく理解できないんだけど

お食事中の方に一部不適切な表現があります

「子供の頃に考えていた将来の夢?」


 メグが素っ頓狂な声を上げる。

 いつものオープンテラスに陣取っている私達にレンファが子供の頃の夢が何だったかと聞いてきたのだ。


「将来の生き方に関して皆さんの意見を参考にさせていただこうかなと思いまして……」

「逆にレンファさんはどうしたいのですか? やはりこの宿屋を継ぐのですか?」


 ユズリがレンファに質問を返す。

 レンファが先に聞いてるんだから素直に答えてやれよ。


「それも考えたのですが、私は将来自分のお店を持ちたいと考えています」

「ほほう。その年頃で将来の展望があるだなんてしっかりしているな」


 私がその年齢の頃は何してたっけかなぁ。

 確か自分が魔族の生まれ変わりと信じ込んで強い魔力を封印するためだと言って右手に包帯を巻いたりしてたかな。

 本気で心配した母親が医者を連れてきて……その後の事は思い出したくない記憶だ。


「それで皆さんはどうだったのですか?」


 レンファが期待に満ちたまなざしを私達に向けてくる。


「うーん、私は結婚相手が素敵な王子だったらいいなぁとか考えていたかな……」

「へえ。メグさんって夢見る女の子だったんですね」

「そうかな?」

「私は素敵だと思いますよ!」

「ありがとねレンファ」


 そうかこいつらは知らないのか。メグが元王族だったという事を。

 でもわざわざ私が言う事でもないから黙っておくか。


「じゃあユズリはどうだったの?」

「私ですか? えっとですね。私の地元では神様に踊りを奉納する神事がありまして。神楽舞というのですけど――」

「あれ? それってユズリの信仰してる神様じゃないよね?」


 メグが疑問の声を上げる。

 いつもはポケーっとしてるくせに変な所でこいつは鋭いな。


「そうです。極東の国の神様の一柱らしいです」

「え!? 神様ってエルファルド神だけではないんですか?」


 レンファが驚いて目を丸くしている。

 この王国では主にエルファルド神を信仰している。国外へ出た事の無いようなレンファぐらいの年頃の子では他の神を知らないのも仕方ない事なのかもな。


「そんな事は無いぞ。他国へ行けばその国の数だけ神はいる。それに極東の国には八百万の神様がいるらしいからな」

「そうなんですか!? それは知りませんでした!」

「テルアイラって物知りなんだね」

「ただのバカでは無かったのですね」

「ユズリ。お前は私の事を何だと思ってるのだ」

「まあそんな事は置いておいて、私はその神楽を踊る巫女さんになりたいなと思ってました……」


 そんな事とか言いやがったよこんちくしょう。


「ユズリさん、どうしたのですか?」

「いえ、ちょっと昔の嫌な事を思い出しただけです。私、神楽を踊りたいと親に言ったら父親に『お前みたいなチビの豆ダヌキには無理だ』と頭ごなしに否定されまして。そもそもがその神楽はキツネの獣人のみが踊る事を許された物らしいんですよね。おかげで今ではキツネの獣人を見ると無性に憎くなります」


 こいつそんな闇を抱えてるのかよ。道理で時々危ない笑い方をしてると思ったよ。

 これじゃレンファの教育に良くないな。


「まったくお前は夢の無い話ばかりだな。仕方がない。ここで真打ちの私が子供の頃の夢あふれる話をしてやろう」

「自分で夢あふれるとか言っちゃうのは大抵ロクでもない話だと思うのですが……」

「ユズリよ、いきなり話の腰を折るんじゃない。それで本題に入るぞ。この王都では下水道も整備されているから滅多にお目にかからないけどさ、少し田舎に行くとトイレはくみ取り式だってのは分かるか? レンファ」

「えっと……聞いた事はありますが、実物は見た事がありません」


 マジか。この王都はそんなに文化レベルが高いのか!?


「流石は都会っ子で現代っ子だな! ジェネレーションギャップを感じるぞ」

「ジェネレーションギャップって……テルアイラさんは一体何歳なんですか?」


 ユズリがジト目を向けてくる。本当こいつはいつも絡んでくるな。


「そうだな。私は永遠の――」

「永遠の二十六歳は無しですからね」

「ぐぬぬぅ……。ならばユズリ、お前は何歳なんだよ?」

「私ですか? こう見えても十九歳ですよ。普段はもっと年下に見られるのが不満ですけどね」

「あぁ!? なに若者アピールをしてるんだよ。そんなのはいらないんだよ!!」

ひがまないでくださいよ! そんなに僻むのなら実は二百六十歳でしたと素直にカミングアウトすればいいじゃないですか!!」

「そんなに歳食ってないわ! こんちくしょう!!」

「ちょっと止めなってば! レンファが呆れて見てるよ。テルアイラもいい大人なんだから少しは落ち着きなよ!」


 メグのくせに正論を言いやがるな。


「……くそ、自分だけ大人ぶりやがって。そういうメグは何歳なんだよ?」

「私は二十三だよ」

「微妙なところだな。もう女の子とは呼べないし、大人の女の色気も感じられん」

「テルアイラさん、それはメグさんに失礼ですよ」

「実は結構気にしてる事なんだ。別にいいけどね……」


 メグが割と本気でへこんでしまった。

 ちょっと言い過ぎたかな。


「ちなみに私は十二歳です」


 遠慮がちにレンファが答えてくる。


「これが若さというものなのか……」


 レンファの若さが眩しくて思わず両手で顔を覆う。


「そういうボケはいいですから、テルアイラさんのお話の続きをお願いします。トイレがどうとか」


 レンファも意外にシビアになってきたな。

 誰の影響を受けたのやら……。


「ああそうだったな。私は子供の頃、くみ取り式トイレのし尿収集屋に憧れてたんだ」

「……はぁ!?」


 三人とも訳が分からないような表情を浮かべている。

 揃ってアホ面してるんじゃないよ。


「何でそんなのに憧れるんですか? くさいし汚いじゃないですか! そもそも先日うんちのにおいで卒倒していたのは誰ですか!!」

「ユズリお前なぁ。それは収集屋さんに失礼だぞ。確かにくさいとは思うが、台車に乗せた糞尿タンクの容量メーターってのが中身が見えるんだよ。それがホースでし尿を吸い取る度に茶色の半液体が揺れ動く様子が子供心に最高に格好いいと思ったんだぞ!!」

「……ゴメン。私それまったく理解できないんだけど」

「私もです。と言うかむしろ理解したくないです」

「ごめんなさい。何を言っているのか全然分かりませんでした。と言うか飲食店でそんな話やめてください」


 ええー。こいつらロマンという物を理解出来ないのかよー。

 可哀想な奴らだな。


「し尿を吸い込むホースとか格好いいだろ! そしてムカつく奴がいたらタンクの中身をそいつにブチまけてやるんだ。下手な攻撃魔法より効果ありそうだよな!!」

「レンファ。こういう大人になっては駄目だからね」

「そうですよ。テルアイラさんみたいな人が反面教師のいい見本です」

「はい。肝に銘じておきます」

「お前ら私をディスるなよ!!」


 その時だった。

 突然轟音が辺りに響き、少し離れた場所で火柱が立ち上った。


「何なの!?」


 メグがレンファを抱き寄せて周囲を見渡す。

 周囲の通行人も何事かと集まり騒ぎ始めた。


「分かりませんよ!! ……敵襲ですか!?」


 ユズリが辺りを警戒する。


「……いや、違う。これはヤバい奴だ。レンファ、すまんが将来の夢の話の続きはまた今度だ」


 私はそのまま火柱の発生元へ駆けだした。

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