14 フォローを頼む……?
せっかくの穏やかな午後なのに私はさっきからユズリにグチグチと文句を言われている。
まったくもって納得いかん。
「なんでよりにもよってあんな物をお土産にするんですかね。レンファさんがプンスカだったじゃないですか!」
「ちょっとしたジョークだったのにあんなに怒る事はなかったよな。おかげで私もエライ目に遭ったし」
「何を言ってるのですか! そもそもテルアイラさんがふざけなかったら良かったんですよ! 分かってるんですか!?」
クエスト終了後、常宿の月花亭に戻った際に看板娘のレンファに渡したお土産が牧場で見つけた新鮮なうんこだったのが問題になっているみたいだ。
私としては可愛いらしいジョークのつもりだったんだけどな。
その後レンファが怒ってお土産のうんこを私に投げつけてきて大惨事になったのもいい思い出さ。
「メグさんが別にお土産を用意してくれていたから良かったものの、そうじゃ無かったら私達この宿を追い出されていたのかも知れませんよ!?」
まったくうるさいなぁ。
メグがちゃっかり村長から受け取っていた乳製品のチーズ等をレンファに差し出してその場を収めたから宿を追い出されずに済んだとユズリは主張する。
そんなのは結果論だろ。
「二人ともその辺にしておきなよ。もう済んだ事なんだしさ。それよりもあのチーズを使った料理は美味しかったよねぇ」
「ほら、メグも済んだ事だって言ってるじゃないかよ。確かにあれは美味かったな。特にあのピザは絶品だった」
「メグさんはテルアイラさんに甘いんですよ。ちなみに私はグラタンが良かったです。また食べたいですね」
昼食を食べたばかりなのに私達は思わずよだれを垂らしてしまう。
それだけにチーズを使った料理は美味しかったのだ。
「それでしたらまた仕入れてきて下さいよ。あんな上質なチーズは王都では滅多に手に入らないですし、入ってきても高くて手が出せませんからね。と言う事でここで遊んでないでまたお仕事をしてきたらどうですか?」
食器を片付けに来たレンファが無遠慮に言い放ってくる。
まったくこんな失礼な育て方をした親の顔が見てみたいぞ。
「うへぇ。中々手厳しいご意見ごもっともです……」
「仕方ないな。冒険者ギルドに顔を出してみるとするか」
「何か面白い仕事もあるかも知れませんね」
◆◆◆
「ぬぅ。やはりロクな依頼がないなぁ」
この冒険者ギルドはやる気があるのか?
クエストの掲示板を見てもまともな依頼が無い。
「それはそうですよ。本来はあなた達ぐらいの冒険者にお願いするクエストなんて国家レベルの物なんですから……」
私達を出迎えてくれたギルド受付のサラが困惑している。
まぁ彼女に文句を言ってもどうにもなる訳じゃないのは理解してるけどさ。
「でも私は面白ければ何だっていいんだけどなぁ」
「私は報酬次第ですね。もちろん高額で」
指をくわえながら掲示板を見ているメグの隣でユズリもクエスト内容を品定めしている。
「いやいやいや、そんな依頼ありませんから! ……それよりも今日はどんなご用向きですか?」
「単にクエストを受けに来たのだがまた今度にするよ。もう今日は王都観光で時間潰すかな」
厄介事はご免ですよ、と言った表情を隠さないサラに手を振ってやる。
まったく暇潰しにもならないな。
「……そうですか。また何かありましたらよろしくお願いしますね」
あからさまにホッとした表情をこっちに見せるなよ。
失礼にも程があるぞ。
「ねぇ。二人ともせっかくだからここで少しお茶していこうよ」
「それもそうですね。このまま帰ったらレンファさんにまた小言を言われてしまいますよね」
メグの提案で私達はギルドに併設する飲食店のテーブル席の一つに向かう。
すると近くの席で昼間から飲んだくれていた冒険者達が慌てて一斉に離れて行ってしまった。
「わざわざどいてくれるなんてみんな紳士的じゃないか」
「多分、テルアイラさんが前回やった事で距離を取られているんだと思いますよ」
前回やった事? 何だっけ……?
あー思い出した。絡んで来た男二人の精神操作して恋人同士と思い込ませてやったんだっけ。
彼らは新たな世界に目覚めてしまったのだろうか。
謎は謎のままにしておこう。
「……何だろうね。あの子達」
お世辞にもそんなに美味しくない料理をおやつ代わりにつまみながらメグが受付でサラと話している少年と少女の方に顔を向けている。
「学生みたいですね。冒険者予備校の生徒ですかね」
学生ねぇ……。
少年の方に何となく違和感を覚えた。何だろうあいつ。
「テルアイラさんって、ああいう男の子が趣味なんですか? ちょっと意外ですね」
ユズリが上目遣いでニヤニヤしながらこちらをうかがってくる。
「は? お前はバカか? 趣味とかじゃなくてめっちゃタイプだこのパイオツ星人めが」
「何ですか! その小馬鹿にした態度と顔が凄くムカつくんですけど!! と言うか歳を考えて下さいよ」
「ああ!? 誰がババアだコラ!!」
「やるんですか!?」
「フォローを頼む……?」
ユズリと掴み合いをしていると、突然メグが素っ頓狂な声を出した。
「どうしたメグ。何かあったのか?」
「いきなりフォローって何ですか?」
「サラさんがあそこからフォローを頼むって訴えてるけど……何だろうね?」
受付の方を見るとサラが身振り手振りでこちらに何かを訴えていた。
「……? 私にはさっぱり分からんぞ」
「メグさんって読唇術が使えるんですか?」
「うーん、何となく言っている意味が分かる程度かな。……そこの二人に冒険者をあきらめないように元気付けてください? 何だろうね」
「二人って、そこの子達じゃないんですか?」
ユズリが小声で隣のテーブル席を指差す。
そこには先程の少年と少女が座っていた。
「メグの話からすれば、そこの二人に何かフォローしてやれって話みたいだな。取り敢えず様子をうかがってみるか……」
メグとユズリがうなずき、私達は隣の二人組の会話に聞き耳を立てる。
「ところでAランク冒険者って何者なんですか?」
少年が小声で向かいの少女にたずねている。
「……おい、今Aランク冒険者って単語が聞こえた気がするんだけどな」
「うん、確かに聞こえたね」
「シッ! もう少し様子を見ましょうよ」
ユズリが人差し指を口元にあてて再度聞き耳を立てる。
それにしても盗み聞きはあんまり趣味が良くないな……。
「――西方の国を支配していた魔王が討伐された後に勇者から解雇された冒険者が放浪しているなんて噂を聞いた事がありましたけど……」
少年と話していた少女が難しい顔で考え込んでいる。
私達は思わず顔を見合わせた。
「ちょっと! 何で私達の情報が漏れてるんですか!?」
「サラがばらしたんじゃないのか?」
受付の方を見るとサラがゴメンってジャスチャーをしている。
あの女め……後で覚えてろよ。
「ギルド職員のくせして個人情報を雑に扱うなんてどうかしてますよね」
まったくだ。今回に関してはユズリと同意見だな。
「ねえキミ達、面白い話を知っているね。どこでその話を?」
気付いたらメグが隣のテーブルの二人組に話しかけてる。
案の定いきなり声を掛けられた二人は身構えてしまっていた。
言わんこっちゃない。もう少し考えてから行動しろよなぁ。
「ああっ! まったく何やってるんですかメグさん……もう仕方がないですね!」
メグの考えなしの行動にユズリも思わず頭を抱えていた。
◆◆◆
「フォローしろってそう言う事だったんですね……」
少年と少女を見送ったユズリは疲れた表情でテーブルに突っ伏している。
若者を相手にするのも意外に気を使うもんだ。って私はそこまで歳食ってないからな!
「でも初々しくて良かったよね。駆け出しの冒険者、頑張れってね」
やたらと満足気なメグが彼らが出て行った扉を見つめている。
冒険者ランクがまだ低い少年と少女にこれから伸びるよとメグが元気付けたのだ。
「それにしてもさっきのは何なんですか? テルアイラさんにいきなり訳の分からない事を言われて男の子も困ってましたよ? 私達、頭のおかしい人だと思われてないですかね」
ユズリが冷ややかな目で私を見てくる。本当に失礼な奴だ。
「仕方がないだろ。あの少年から妙な気配がしていたのは本当だったんだからさ……」
魔族とも異なる妙な気配を先程の少年から感じたんだよな。まるで二つの存在が体の中に存在しているような……。
ちょっと心配だから見守ってやろうかな。決して下心がある訳じゃないからな。
「そう言えばあの二人は私達が尻拭いした魔狼討伐クエストの参加メンバーみたいだったぞ」
「そうなの?」
「もしかして時の精霊を使った際に見たって奴ですか?」
「ああそうだ。……やはりあの少年は謎な所がある。注意はしていた方が良いかもな」
あの村での出来事を思い出して嫌な気分になった。
うんこまみれになった事ばかりが思い出されるのはどうしてだろう。




