12 今夜は私と一緒に寝てくれ!!
助けを求めてきた村人の元へ向かうと、そこには森の近くの畑を荒らして収穫前の野菜を食い散らかす巨大な猪の魔獣がいた。
「急に森から出てきて畑を荒らしやがるんです。どうにかしてくださいよ……」
そう言って村人が泣きついてきた。
しかし魔獣だけあってその辺の猪とは大きさが違う。
余裕で五メートルは超える巨体だぞこれは。
既に私達を敵と認識した猪の魔獣が威嚇してくる。
そしていきなり巨体を振るわせて突進してきた。文字通り猪突猛進だ。
「我に加護を——!!」
ユズリが猪の突進を紙一重で避けると、両手で持つメイスで猪の巨体目掛けて下段から振り抜いた。
骨のひしゃげる鈍い音と共に猪の巨体が空へ舞う。
「任せて!!」
上空へ跳んだメグが猪に渾身の踵落としを見舞った。
そして轟音と共に猪の魔獣は地面に叩き付けられてそのままピクリとも動かなくなった。
これは即死だろう。
助けを求めてきた村人は瞬きをするのも忘れて驚愕の表情を浮かべている。
「まぁ、お前ら二人がいれば私の出番はないよなぁ」
「テルアイラ! 後ろっ!!」
メグが叫ぶと同時に森の茂みからもう一頭、巨大な猪の魔獣が私目掛けて突進してきたのが見えた。
「んもげぇっ!!」
「テルアイラさんっ!!」
そのまま直撃を食らってごろごろと転がる。
途中でユズリの悲鳴が聞こえた気がした。あいつでも私の事を心配してくれるのだろうか。
そして地面に横たわりピクリとも動かなくなった——と思わせて飛び起きる。
不意打ちとは絶対に許さん。
「野郎!! ぶっ殺してやる!! 風の精霊よ、我の元へ集いて彼の者を切り刻め——」
猪の巨体が悲鳴を上げる間もなく細切れになる。
「火の精霊よ、我の元へ集いて彼の者を焼き尽くせ——」
細切れになった猪の肉片が盛大に燃え上がり、周囲の木々にも延焼してしまう。
ちょっとやりすぎたかな?
「何してるんですか!? 森を燃やすつもりですか!!」
ユズリが叫んでいる。
まあこのまま放って置けば森林火災になってしまう勢いだな。
「ったく……うるさいな。消せばいいんだろ。水の精霊よ、我の元へ集いて恵みの雨をもたらせ——」
降り注ぐ雨は一気に土砂降りになり、あっという間に火災は鎮火した。
「いやぁ、いつもながらテルアイラの精霊魔法は凄いね」
「いつもやりすぎなんですよ。加減ってものを知らないんですか?」
雨でびしょ濡れになった二人から賞賛と非難を浴びる。
面倒だから褒めるか文句を言うかどっちかにしてくれ。
しかし周囲を見ると木々が燃えてしまっててひどい惨状だ。
これは後で怒られそうなので土の精霊を呼び出してすぐに元通りにさせる。
「原状回復していれば誰も文句は言わないだろ」
「そう言う問題じゃないですよ!!」
「まあまあ無事に片付いたんだからいいじゃない」
そんな私達を見て村人は呆然と立ちすくんでいた。
その後、残ったもう一頭の巨大猪の死骸を村に持ち帰ったら村は大変な大騒ぎになった。
魔狼に続いて巨大な猪の魔獣も退治されたので村人のテンションは上がりっぱなしになってるらしい。
そして夕飯は猪肉を使ったぼたん鍋が振る舞われた。
「いや、先程は疑って済まなかったですのう。お詫びと言っては何だが、存分に食べてくだされ」
村長や村人達が入れ代わり立ち代わり私達の元へやってきては、お礼を言っていく。
「こんな風に皆で食べる食事も何かいいね」
「私はこのお鍋は初めて食べますけど、ちょっとクセがあるお肉ですね」
「労働の後の食事と酒は格別だな!」
そうしてたらふく飲み食いした私達は村の集会所に用意された部屋のベッドに転がっていた。
「何かこのまま寝ちゃうのはもったいないよね」
「私は夜中にメグさんに襲われなければどうでもいいです」
「そうだな。夜中お前に起こされるのが一番頭にくる」
「ああそれは大丈夫。二人とも何だかまだ臭いから無理。……テルアイラのは加齢臭かな」
メグがさらっと失礼な事を言いやがる。
「あぁ!? 誰がババアの加齢臭だコラァ!! 喧嘩売ってるのか!?」
「私、まだにおい取れてませんか? それにしてもテルアイラさんって加齢臭がするんですね……」
ユズリが何とも言えない表情で私を見つめてくる。
何だか心が抉られる気持ちになるんだけど。
それからどの位時間が経ったのだろうか。目を閉じていても一向に睡魔がやってこない。
「くそ、お前らのせいで目が冴えてしまったじゃないか! これじゃ寝られん」
「……だったら怪談とかどうかな?」
「怪談って幽霊とか怖い系の話をするんですか?」
「だったらメグ、まずはお前から何か話してみろよ」
「うんわかった」
「あ、待ってくれ。先にトイレに行っておきたい」
断じて夜中に怖くなってトイレに行けなくなるからじゃないからな。
二人に見送られながら建物内部のトイレじゃなくて外の共同トイレに向かう。建物内部のトイレがボロすぎて嫌だったのだ。
「さてどんな話をしてやるかなぁ……ん?」
共同トイレの前にメグとユズリがいた。
何だよあいつらも結局トイレかよ。
「おう、お前らもトイレか?」
「うん。ちょっと食べすぎちゃったみたいで……」
「お恥ずかしながら私も……」
「するとお前らはビッグベンか? 私はリトルジョーだけどな!」
「ちょっと! それは流石にデリカシーが無いよ!!」
「最低ですよ! テルアイラさん!!」
「うるさいなぁ。どうせここにいるのは私達だけだろ!」
ブーブー文句を言う二人を無視して個室に入り、さっさと済まして外に出ると奴らはまだ入ってるようだ。
やはりビッグベンなのか?
流石にそれを聞くほど私も野暮ではない。
そして奴らに披露してやる話を考えながら集会所の部屋に戻ると二人が既に待機していた。
「お前らいつの間に! そんなすぐにひり出せる物なのか!?」
「一体何を言ってるの?」
「そうですよ。早く話を始めましょう」
部屋の窓から入るわずかな月明りの中でメグの話が始まった。
「……子供の頃の話なんだけど、夜中に金縛りになって動けないでいると、女の人の声で『誰かが入ってきたよ』って聞こえた途端に私の胸に何かがのしかかってきたのはビックリしたなぁ。……誰かが入ってきたなんて警告してくれるのならその侵入者を止めてよって思うよね」
この話はどう反応していいのだろう……。
「……あれ、つまらなかった?」
「金縛りなんて物は疲れてる時とかにかかりやすいなんて話も聞くからな。特別珍しい現象ではない」
「えー……。だったら他に何か面白い話はあるの?」
「でしたら次は私が話しますね。……以前の事ですけど帰宅が遅くなってしまい、夜の道は怖かったので乗合馬車に乗って帰ったのですよ。乗客は私だけで馬車が墓地の近くを通っている時にバンって叩くような音がしたので何かな? と思って見たら窓ガラスにいくつもの手形が付いていたのですよ。流石に気味が悪くなって御者の方に聞いたらそういう現象が度々起こる場所だと言っていました」
これまた評価に困る話だなぁ……。
「それにしてもよく夜の馬車に一人で乗れるな。女の一人客は御者に襲われるって話も聞くから気を付けろよ」
「……テルアイラさんノリが悪いですね」
ユズリは自分の話のつまらなさを棚に上げて文句を言う。
仕方が無いな。ここで私がとっておきの話をしてやるか。
「じゃあ次は私の番だな……とある街での話だ。あれは夏の暑い日の深夜だった。涼むつもりでその辺をブラブラ歩いていると寂しい地域に迷いこんでしまったのだが、そのまま気にせずに進んでると左側の空き家の暗がりから視線を感じたんだ」
「……それから?」
「……何があったのですか?」
二人が身を乗り出して聞いてくる。掴みはOKだな。
「空き家の暗がりに目を向けたら……そこで野グソしてるおっさんと目が合ってしまってな。……あれは本当に大変恐ろしい体験だった」
「……オチはこれだけなの?」
「今日ほどテルアイラさんが最低だと思う日はありませんね」
二人はそれだけ言うとそのままベッドに潜り込んでしまった。
何だよつまんない奴らだな。仕方ないから私もさっさと寝るか。
その時、部屋のドアが勢いよく開いた。
「あーやっぱり食べすぎちゃったよ。おかげでトイレから中々出られなかったのは秘密だからね!」
「ちょっとメグさんってば! テルアイラさんじゃないんだから止めてくださいよ!!」
んん!? 何でメグとユズリが入ってくるんだ?
「あれ? テルアイラもう寝ちゃったの?」
「先に戻ったと思ったら勝手に寝てるし!!」
え!? ちょっと待ってくれ!!
あいつらが潜ったベッドを見るともぬけの殻だった。
「……お前ら今までどこにいたんだ?」
「え? ずっとトイレにいたよ?」
「恥ずかしいですけど、食べすぎでお腹こわしちゃいました」
あ、これガチでヤバい奴だ。
自分の血の気が引く音が聞こえる……。
「頼む! 一生のお願いだ!! 今夜は私と一緒に寝てくれ!!」
「えー。仕方ないなぁ。今夜だけだからね」
「テルアイラさんって結構甘えん坊なんですね」
何を言われても構わん! こんな所で一人で寝るよりはマシだ!!




