卒業式
「⋯⋯もう、私たちも卒業かあ⋯⋯」
俯いて小さな石を蹴飛ばしながら、琴音は呟いた。
まだ太陽が高く昇ったままのいつもの陽気な空模様とは真逆で、いつもとは違う落ち込んだような声。
普段は元気な、典型的なスポーツ少女である彼女を知るものが見れば、きっと驚くだろう姿。
当然、そんな姿にもそれなりの理由があった。
その理由は、彼女の先の言葉通り、私たちの卒業である。
これまで三年間を共に過ごした友人たちと別れたことが、彼女をセンチメンタルな心持ちにしていた。
「三年なんてあっという間だったね」
そうやって返した私も、彼女ほどではないにしろ、感傷的な気分になっているのは間違いなかった。
大学へ進学すれば、私は琴音をはじめ、ほとんどの友人と別れてしまう。
最近はめっきり会わなくなった友人たちも、これから全く会わないのかもしれないと思うと、寂しく感じてしまう。
それが、自分の興味のない人物だったとしても。
「中学校の卒業式とは、全然違うんだね」
「まあ、高校だから、そりゃあね」
当たり前のことを言う彼女に苦笑して返すと、不満げに頬を膨らませてこちらを見つめてくる。
彼女の身長が低い関係で、少しばかり上目遣いになっていた。
「そういうことじゃなくて。ほら、中学校は卒業しても、何人も同じ高校に進学したじゃない? でも、高校だとそれがない」
なるほど、と私は合点がいって頷いた。
どうやら私と彼女の感性は似ているらしい。
それとも、ほとんどの高校生が同じ感情を抱くのかは、私には知りようがないけれど。
とはいっても、私が感傷的になる原因はそれが全てではないし、それどころか、原因のほとんどに有象無象の友人は関係ない。
たったひとりの親友との別れが、私を悲しませていた。
「これからまた友達作りかあ⋯⋯」
「別にいいじゃない。琴音は明るくて優しいし、きっとすぐに作れるよ」
「うーん⋯⋯だといいんだけどね⋯⋯」
琴音は自信が持てないのか、弱気な言葉を返した。
私からすれば彼女ほど友達作りが上手な人はいないが、本人にその自覚はないようだった。
「この切符を買うのも、これが最後かあ⋯⋯」
そんなことないでしょ、と笑うと、琴音も「それもそっか」と笑った。
彼女らしい、どこか抜けたような親近感の湧く姿に、微笑ましい気持ちになった。
私たちの高校の最寄り駅から私の家の最寄り駅まで、六駅を間に挟む。
琴音の家の最寄り駅は、そのひとつ手前の駅だった。
近いようで遠い私たちの距離は、たった一駅分でさえ、きっと逢瀬を阻むだろう。
もう会わないということじゃなくて、会う回数が極端に減るというだけだけれど。
もう会えないわけではないのに、彼女との繋がりがひとつ消えてしまうみたいで、どこか悲しかった。
心に穴が空いたような、何かが足りない気がした。
「寂しくなるね」
「⋯⋯そうだね」
私の心を読んだかのように呟いた琴音に、実感を持って頷く。
子どものように泣き喚く程ではないが、大声で叫んでストレスを発散したくなった。
昔から、私のストレス解消法はカラオケで大きな声を出すことだった。
琴音とふたり、恥も外聞も捨て去って涙を溢れさせながら歌うのだ。
「もう、高校生じゃないんだよね」
その言葉は、自分に言い聞かせるための言葉だった。
返事を求めたわけじゃなくて、いつまでも子どもでいたい私自身に、少しばかり説教の気分だ。
とん。と、肩に琴音の頭が乗った。
「……琴音?」
呼び掛けてみても、琴音は何も言わず吐息だけが零れている。
どうやら寝てしまったようだ。
琴音の最寄り駅まで、あとふたつの駅があるだけで、五分もすれば到着してしまう。
着く前には、琴音を起こさなければならない。
「でも、あと少しだけ」
小さな呟きは、ただの言い訳に過ぎなかった。
それでも、せめて最寄り駅までは、このままで。