私が聖女候補なんて世も末である。(真相を究明しようとすれば、きっと誰かは泣く羽目になる。㊿と7)
いつも読んでいただきありがとうございます。今日はタイミングが悪く更新時間が遅れてしまいました。申し訳ございません。次回は9/28(土)投稿予定です。
「ブジョラ・・・。」
短剣の先を向けながらイーチャの隣までやってきたブジョラに対して己の瞳が涙で濡れていくのをイーチャは理解する。
「しっかりしてください父さん。まだ終わりじゃないでしょう。」
彼女に威嚇しながら素早くイーチャが縛られている縄を短剣で切ると、父と呼ぶイーチャを立ち上がらせる。
自分が記憶している息子の手より、手の皮膚の皺が増え随分痩せ細っているのが目に入ったが力強さだけは以前より強く感じる。
「あぁ・・・そうじゃな。まだ、終わりではない。」
「・・・本当に正気を通り戻している。」
2人のやりとりを静かに見守っていたエルパは無表情で感情がないままこれはあり得ない事だとはっきりと今のこの光景を否定する。
「ブジョラ、どうしてアナタは正気を取り戻しているの?ここ数ヶ月前まではもうほとんど毒物のおかげで心身共に争う事も出来なかったはず。それに監視の目があっても逃げようとしていた行動もなくなり、私が植えつけた貴方の父の記憶・・・そのお陰で私を崇拝していた法王のような振る舞いをも最近見せていたのに。何故貴方は私が洗脳していた、いえ、違う。記憶を植え付ける前に戻っているのかしら?」
「お前はいつもそうだ。そうやって私が意識を取り戻しお前を睨む度、私の事を不思議そうに見ていたな。」
彼女の問いかけに冷たくブジョラは言い放つ。
「一度記憶を取り戻した時、絶望だったさ。どうしてこんな奴を忘れることが出来るたんだろうと、だから私は誓った。記憶を消されようが記憶を塗り変えようが、何度だって私自身を思い出すと。そしてその度に私は自分の意識を取り戻してはお前に何度も何度も怨嗟を吐き出し、己の心に染み付く様に言葉を吐いた。どんな状況に陥っていようがお前への憎しみが消えぬようにな。」
「たったそれだけのことで?それだけで人は自我が保てると?神より授かった私の力即ち神の御業が劣ると?」
信じられないと言うその姿に、ブジョラはニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「それが人間だ、不可解な出来事を起こし、己の状況に変化を起こす、それが出来るのは人間だけだ。」
「それは、聖職に携わる者とは思えない言葉ね。神の奇跡を信じない、そんな貴方にはいつか神自身から罰が下されることでしょうね。」
聖職者にとって最も批難な言葉であったが、その言葉を淡々と言うだけのエルパの言葉に重みは感じられない、そんなエルパの言い草に鼻で笑った。
「私は神を信じていますよ。貴方と違ってね。」
そう言ってブジョラは空いている左手だけで胸に十字を切る。
「神が傍で見守っている、だからこそ私は足掻ける事が出来たのです。神が生きる者に救いを差し伸べるときは神の御業を振るうときではない。その者が己の最善、悪に抗おうとした時、神はその時我らにきっかけを下さるのだ。」
「では問いますが、そのきっかけというのを貴方は一体いつ授かったというのかしら?私には分からなかったわ。」
「お前には分からないだろうさ。正直あの頃は一つ一つが賭けでもあった。それで私が死んでも仕方ないと誰もがそう言っただろうそれぐらい6年前の私にとって私の大きな賭けを打った。だからだ、今現に私の下にこれが贈られてきた。」
そう言うってブジョラは自分の懐に手を忍ばせる。
何かの武器かとエルパは身構えたが、予想に反してそれはブジョラの手と共に顔を出す。
「角砂糖?」
「そう、私の幸運を呼ぶアイテムそのものだ。」
ブジョラは躊躇なくそれを口の中に放り込み遠慮なく噛み砕いた。
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