私が聖女候補なんて世も末である。(真相を究明しようとすれば、きっと誰かは泣く羽目になる。⑭)
いつも読んでいただきありがとうございます。次回は6/11(火)投稿予定です。
ーーーーーーこれは、己の罪を認めず、背け続けた罪の記憶である。
実の姉から自分の義兄になるはずだった男の死という絶望の苦痛から解放すれば、姉はいつもの姉に戻るのだとそう信じた。
私が少年だった頃、内戦で多くの人が犠牲になったこの時代。誰もが大切な者を失い、傷つき、それでも生きていこうとしていた。けれど全員が強く生きることは到底できず、生きる気力を奪われ後を追う者も少なからずいた。
そのうちの1人が私の姉だった。
兵として半ば強引に駆り出された義兄はそのまま還らぬ人となった。
亡骸さえ戻ってこない、せいぜい唯一戻ってきたのはその亡骸の一部。一部が戻ること事態ありがたい事のように言って去っていった騎士の言葉がいつまでも耳に残っている。
そんな私でさえ様々な思いを抱えていた、目の前で泣き崩れている姉はどんな思いだっただろうか。
戻ってきた義兄の右腕を抱え泣き崩れた姉の背中をただ黙って見つめることしか出来なった私には到底分からない。
それ以降、姉はだんだんとおかしくなっていった。
あれだけどんなに辛くても笑顔を絶やさなかった姉が、まるで無表情な人形のようになった。
ただでさえ食べるものも少ないのにまるで拒むように食べなくなっていった。
床に伏す姉が静かに死んでしまう・・・それに弟である少年は耐えられなかった。
あの日、姉から記憶を消す魔法をかけた事で一命は取り留めたが、姉のあの花のように笑う笑顔を見ることはなく無表情な人形のようなままだ。
けれど、それでも少年は構わなかった。姉が死ぬよりは生きていて欲しかったから。
姉の大切な記憶を消したあの日の行いから少年は青年になった。
青年は言われるままに姉以外の人の記憶を消し去っていった。
自分と同じ境遇の人からの願いを青年は断れなかった。
その苦しみを青年は己の境遇で理解し、それは願う人にとって耐えがいものだと分かっていたからだ。
彼らを救いたいという願いもあったが、今思えば、心の奥底ではそれはただ自分の行いを正当化したいだけだったのかもしれないーーー。
そんなある日、青年はある事実を知り教会の中を走っていた。
脇目ふらず走り、そしてある扉を見つけそのまま勢いよく扉を開ける。
“遠征から帰ってきて早々どうしたんだい?そんなに息を切らして。”
青年が少年だった頃記憶を消す魔法の方法を教えた青年だった男が立っていた。彼はそれ以降も教会という組織に身を置き青年と共に活動を広げ評価された事で、今ではその男は教会にとって地位のある位に座っていた。
青年は息を切らしながら、男の奥にいる人物に目を向け、そして全て聞かされた事は事実だと確信する。
“何故です!何故だ!!”
青年は叫ぶ、男はそんな青年の言葉に首を傾げた。
“どうしてそんなに怒っているんだい?君らしくもない。”
“どうして?当たり前です!どうして、私の姉を・・・何故?!!”
そう言うと男はにこやかに笑う。
“あぁ!君にも聞いたのかい?素晴らしいだろう?奇跡だよ!”
そう言って男は後ろで静かに座っている、青年の姉に目を細める。
数ヶ月前には見られなかった姉の腹は不自然な膨らみがそこにあった。
“今彼女の中には私の子供が居る、無垢な心と身体。彼女はまさにあの日から聖女として生まれ変わったのだよ!彼女の中に宿る子そこ、これからの教会の先導者となるんだ!”
男の狂気な言葉に青年はようやく罪が重いことを自覚したーーー。
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