まさかこんなことになるなんて誰が想像できますか?(大好きな皆に恩返ししよう、そうしよう。⑲)
「はい、お嬢様。ロゼフのお勉強の折、この世界の人の持つ女神の恩恵について学ばれましたでしょうか?」
私の問いかけに、アンはゆったりと話し始める。私は彼女の問いかけにこくりと小さく頷き口を開いた。
「ひとりひとりに得意な魔法の属性と技量があるという話しはこの前教わりました。」
「とてもよく学ばれてますね。お嬢様の言う通り個人で得意な属性に技量も個人差があります。今働いている彼らも料理に関する何かしらの技量を持っているのでそれで手際よく見えるのでしょう。」
アンは続けて技量についての事を話し始める。
一般知識として技量というのは生まれながらにして持っている。両親の血族の特性により授かる恩恵技量が大概で他人には密事でありどんな技量なのか特定をさせてはいけない。
これはルドルフオジ様、もといお祖父様から彼の技量の種明かしをした際にも話していた子供や女性地位の低いといった弱い立場の人が不利益な事に巻き込まれないようにするための措置と聞いている。
「多くの人はその生まれ持った技量を活かして将来どのような仕事へつくのか決めますが、稀にですが技量なしの者もこの世に生まれることがあります。だからと言って特別本人もその周りの人達がお嘆きなることはありません。」
「?でもアン。技量は女神の恩恵の1つという教えということは、中にはそのものに対して酷い差別態度を見せる人間が少なくてもいるのではないの?」
「そうですね、悲しいことにお嬢様のおっしゃる通り過激な女神の思想家はそういう態度をおとりになる可能性もありますね。ですが、多くの人は技量に至ってはただほんの少し他の人達より覚えが良くそのものに対して習得しやすい、という概念なのですよ。」
それにとアンは言葉を続ける。
「技量は途中でなくなってしまうかもしれませんし。」
「えっなくなるの?どうして?」
新たな事実に私は驚き、逆にアンはなんてことはない穏やかにまた続きを話してくれた。
「確かに技量は無意識程度で使えます・・・ですが、例えばですが・・・人の記憶が思い出すことをしなければ年を取ると曖昧になりいつしか忘れてしまうと同じように、技量は使い込まなければある時自分の中にある技量を忘れてしまいます。逆に使えば使うほど技量はより優れたモノへ変化することもあれば、勤勉や経験を積むことで全く一族とは関係ない技量が発現し、その者の手助けになることもあるのです。ただ余程の努力を要しますが決して技量がないからと言って嘆くことはないのです。」
「という事は技量の質を向上されるのも消滅させるのも・・・努力次第?」
「はい、つまるところ私めは昔母にそのように教わり、今でもそのように思うておいでます。」
「そっか・・・私も技量持ってたらいいなぁ。」
神殿で魔力量、扱いやすい属性、そして技量を教えてもらえるのは5歳になる春なのでそれまで私自身の事ではあるが分からないので、ぽつりと願いを零す。
と、アンは一瞬きょとんと眼の丸くさせそして、小さくふふふと笑い声を零す。
「お嬢様は大丈夫でしょう。」
目元を皺くちゃにさせてアンは笑う。
「私が知っているお嬢様はご両親と同じ努力家です。きっとご自身の助けとなる技量をお持ちになりましょう。」
今回の催しは公式ではなく、所謂無礼講にあたる会食で食べて飲みまくるというものである。
訓練からの解放感で多くの騎士は騒ぐのだが、そういう場が苦手な人間もいる。
アルーシャ=ガロス
騎士でいうと序列9位と女性でありながら実力を持った人であり、魔法と素早さに秀でた魔法剣士である。彼女の出身は専ら貴族であり、由緒ある魔法師の家系である。
本来なら女は剣を握らず針を持ち刺繍に明け暮れたり、家の存続の為嫁ぐのが当たり前ではあるが彼女は真反対の人生を歩んでいる。
騎士の道を歩むのに勿論様々な葛藤があった・・・だが今はそんなことはどうも良い。
アルーシャはベッドへ腰かけながら短い赤茶色の髪を整えることもなくそのまま項垂れた。
風呂上りであろう髪は湿り気を帯び首筋に張り付いているが、彼女は深いため息をする。
「また・・・あのどんちゃん騒ぎになるのか・・・。」
彼女は騎士の道を歩んでいるとはいえガサツではない、少し率直な意見を述べるがそれ相応のどこにでもいる女の子だ。
可愛いものは好きだし、肉よりはどちらかといえば野菜が好きでそんなに食べられない小食派である。
なのに、ここの男どもは口を開けば肉肉肉と言っては豪快に食らい食べかすを零し酒をこれでもかと飲む。昨年は女性同士公爵夫人とお話しが出来るかもと胸を躍らせていたのに、それも男どもに邪魔され自分の中では散々な宴会だったのだ。
「今回もお肉ばっかりかなぁ・・・あまり食べないのはやっぱり無礼に当たるし・・・でもお肉の味は独特であまり好まないんだよなぁ。体調不良で欠席する?・・でも今年こそ公爵夫人にお話ししたいし・・・。」
うんうんと唸っていると、部屋のノックが聞こえハッとして扉を開けた。
「おい、そろそろ行くぞアルーシャ。」
「ヴォ、ヴォル卿!」
思わない人からの誘いに彼女は思わず声が上ずり慌てた顔で彼を見つめる。
何を隠そう、だいぶ前から彼女は彼に恋心を秘めている。
気になる異性からの突然の誘いに、そりゃ慌てるのは致し方無いこと。
「?なんだ?体調が悪いのか?」
「い、いえ!そういうことはありません。私もそろそろ向かおうと思っていたところです。」
咄嗟に質問を返し、彼女はしまったと内心思う。欠席するかどうか倦ねいていたのにこれじゃぁ参加すると言っているようなもんだ。
その言葉にヴォルは柔和な笑みを浮かべると彼女の手を握る。
「そうか!なら早く行こう。皆もう行ったし食いっぱぐれるぞ?」
「は、はいぃぃぃ。」
彼女がじぃっと自分の手と彼の手が繋がっている手を見つめているのには気が付かず、彼はそのまま足を前へ前へと歩き出す。
「グリップの奴、寝ている俺をほっぽいて一人で先に行ったんだぞ?もう少し気にかけてくれてもいいと思わないか?でもいつの間に寝たのか記憶がなかったから思ったより疲れていたのかもしれないが。」
「ヴォル卿は働きすぎなんです。少しは・・・私達に頼ってもらっても良いとは思うんですが・・・。」
「?何か言ったか?」
彼の言葉に首を横に振ると彼は不思議そうにこちらを見ていたが、目的地へ到着したので2人はそこへ止まる。
「まだ、静かだし。間に合ったみたいだな。」
「そうですね、早くいきましょうか。」
そう言って重厚な扉を開け、そして2人は目の前の光景に踏み出そうとした足をピタッと止めたのだった。
・・・・なんだ?これ?
そこにはスプーンを持って固まっているメンバーの姿があった。
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