これが夢だというのならとっくの昔に目は覚めている(さぁ、愉快なパーティーに行く準備をしましょう㉑)
皆様連休は良い休暇でしたでしょうか?作者は帰省した兄弟達やその子供達を送り出してやれやれとようやく一休みです。(あれ?休日とは?でも久しぶりに話せたのは楽しかったですね。)
いつも読んでいただきありがとうございます。次回は5/9(月)投稿予定です。いつもいいねや評価などありがとうございます。
結局そのまま、ティリエスは動揺しているカレドをなんとか宥め自分の屋敷で試飲会をするおおよその日程を決めさせると若干気疲れを起こしたような様子のカレドは順に試作品達を元の場所に戻していった。
そんな彼の後ろ姿を見てそんなに心労に関わるとは思ってなかった手前なんだか悪いことをしたなと、ティリエスは頬をポリポリとかく。
てっきりあの時の新しいものを知る時の彼の顔に、今ここにはいない料理の変態・・・もとい、ギリアの様子と似ていたので寧ろもっとこうしましょうああしましょうと無理難題を言うと思っていたのに。
カレドさんの様子を見るからにただ単に麦を余らせるしちょっと良いものができれば良かっただけだったのか。
「低級な品を作っているという世間一般の常識が、彼の自信をなくして要るんでしょうね・・・。」
「みたいですねぇ・・・他の領地でもエールを造られている手前手元に入る金もあまり良くないと聞いたこともありますから、彼の場合売り手買い手で苦い思いもしているからなんでしょうが。それでもエールを作る事をやめようとはしなかった。」
あんなに生き生きと作り方の話しをしていた彼の表情を思い出し、ティリエスは「よしっ!」とひとつ頷く。
それなら尚の事彼には自信を取り戻す為、延いては私が大人になった時美味しいお酒が飲めるようにする為、ちょっとやってやろうではないか!
それにもうその布石はできているしね。
1人心の中でほくそ笑んでいると、カレドが仕舞ったはずの樽を一つ持ってくる姿が見えティリエスは表情を引き締める。
「お嬢様、すまないがこれも見てもらえるか?」
「これはもしかして例の?」
ティリエスがそう聞き返すと、カレドはそうだと首を縦に振る。
その2人のやりとりに片付けをしていたレイもまたピクリと反応し、ズィッとティリエスの隣に立つ。
「お嬢様それはなんですかぁ?」
ジッと見つめるその樽に興味を持ったレイにティリエスは苦笑いを浮かべながら説明をする。
「実は、この樽にはエールそのものの作り方を変えて作ってもらっているものが入っているんですよ。」
「そのものの作り方を・・・ですか?」
レイはしげしげと樽を観察するが別段先ほどのものと変わり映えはせず同じに見える。
遠慮なしに蓋をキュポンッと音を立てて開けて覗いてみたがやはり変わっていないように見える。
強いていうなら、変わった材料を使ったエールのような香りではなくただ普通にホップを使ったよく嗅ぎなれた香りという事だけである。
何がどう違うのかわからないレイは思わず2人を見やると、今度はカレドが口を開いた。
「エールができるのは材料を加えた後この場所のように温かい場所に置いて様子を見ながら寝かせておくんだが、これはここには置かず、冷蔵室に寝かせている。」
「いわれてみれば・・・確かにこの樽だけ冷えていますねぇ。」
「でもお嬢様、中を見る限りエールからみれば全くできてないぞ。これは失敗ではないのか?」
カレドの言葉通り、確かにエールの出来具合を比べるとこの樽の中身は全然できていないといっても良いほどの出来具合である。あるが、別段ティリエスは特に焦るわけでも失敗に落胆するわけでもなくにっこりと笑っていた。
その笑みにカレドは不審がり、逆にレイはその笑みが何を意味するのか知っているのでニヤリと同じように笑った。
そんな大人達の視線を気にせず彼女はあるものを確認するため樽に備え付けてある扚子を持って中身の底を掬い取ってある物を見つけると更に満足そうに笑って戻し、レイに蓋をするように言う。
「大丈夫ですわカレドさん。これはこういうものなのできちんと出来ていますわ。」
キッパリと言い切るティリエスを更に不振がるカレドの眉間には皺が寄った。
幼い頃から父の背中を見つめ育ち自分なりに作り続けてきた実績には自信があった彼には、何故そのように言えるのか理解できなかったのだ。
しかも貴族とはいえまだ齢5歳という子供に一体これの何を理解しているのか?
「お嬢様、俺に判るように説明を求める。どうしてこれが成功しているものなのか基準を教えてくれないか?」
そう言う彼にティリエスはとりあえずこれを仕舞うように言い、説明はそれからすることを伝えるとカレドは渋々従いそれを元の場所へ戻し戻ってくるとティリエスは礼を一言言った後その理由を話し始めた。
「実は私たちが欲しい見えないものはこのお酒のように発酵という手順を踏むものを使わないとできないものなんです。」
「発酵?」
「おそらく作っているカレドさん達には当たり前の光景で発酵という言葉は知らないようですが、材料を腐らせるとことをまとめて発酵と言うんです。ですがその発酵にはエールや最近でいえば牛乳から作られるヨーグルトのように美味しく飲める場合の発酵の状態とただ食材を傷めて腐敗を起こしてしまった発酵とは大きく違います。」
「なるほど?」
カレドは理解したようなのでティリエスは話しを進める。
「エールは確かにこのような温度の中で発酵をしてその際あるものを作り出してそして熟成しエールができます。」
「あるもの?」
「はい、カレドさんも見たことは勿論あります。エールの上面に白いものあれば酵母菌といわれるものでそれのお陰でエールが作られるといっても過言ではありません。」
「っ!あれがそうなのか、昔からできるのを知っているし何より親父があれができると美味いエールができた証拠だと言っていたが・・・そんな役割があったのか。」
驚いてカレドは呟き、そしてハッとし一度咳払いをした後ティリエスの話しを進めるように促す。
「酵母にはもちろん材料が違えばいろんな種類の酵母菌が出来ます。今回はエールでできた酵母、仮にエール酵母と言いましょうか。エール酵母は上面にできるんですが、先ほどの樽はその発酵する環境を変えて発酵させているんです。」
「入っているものは同じだから寝かせる環境が違っても発酵できるという訳だな。」
「!その通りです。ですがやはり厳しい環境の中では発酵はできません。なので凍らせるような場所ではなく発酵の働きが出来る寒い温度に置くようにお願いしたんです。そして環境が違えば発酵速度も変わりますし酵母も環境によって酵母自身も性質が変わります。なので今度は酵母の重みが水より重いものに変わり始めて試みている方法だと下面の方に溜まっていくんです。」
「それで底を掬って確認したというわけか・・・それで、お嬢様の目から見てどうなんだ?」
ティリエスはその問いかけにキョトンとし、そしてにっこりと笑う。
「勿論!良い感じになってますから後は様子を見ながらですわね。」
「そうか、ならいつも以上に気にかけておこう。」
カレドの真剣な声にティリエスは安心して任せられると頷く。
ここでそれが作れるようになれば、貴方はきっと多くの人から沢山の賞賛を浴びることになるわ。
エールとは違う製法。そう、この低温の中で作るこの製法で生まれる酵母を以前の人はこう読んでいた。
ラガー酵母。
のちに世界市場に出回り誰もが飲んでいたビールの種類が出来るのだ。
エールと違って低温製法なのでエールより雑菌が繁殖しないから品質が一定のままで生産できるそれに、誰もが食いつくはずだ。
何より、エールのような芳醇な味わいも良いけどラガーのように喉越しスッキリな飲み物はきっと労働者にとって好感触が持てる品になる、なんてもう分かりきってるしね。
何せ前の世界が飲んだビールなんだもの。
「ところでお嬢様。」
「?なんですかカレドさん。」
これからのことを想像していたティリエスはカレドに視線を送る。
「お嬢様はなんでそんな知識を知っているんだ?」
「・・・・・・・違う分野の本でそういうことが書いてあるのを見たんですの!」
カレドの質問にティリエスは勿論、誤魔化したのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。