如何にして私はここにやってきたのか(本人だってよくわかっていない。)㉓
『その断っている話しって何ですか?』
急に聞こえてきたある内容に私は興味を示し、見えないけれど気にせず私は思わず挙手して発言した。
最初に反応したのは勿論ルドルフさん、彼1人だけが私の声に反応する。
急に彼が別の方向を振り向いたので他2人もやや遅れて反応した。
「・・・妖精か?」
「ああ、先ほどの話しを詳しく聞きたがっておる。」
「へぇ。人間の事に良く首を突っ込む妖精だな。なんかよく利用する食堂のおばちゃんみたいだぜ。」
どっきぃーん!!
ハーティスの言葉に思わず私は口から心臓が飛び出しそうな感覚に陥る。
偽妖精であり私は姿は見えずとも人なのだ、彼の言っていることは大当たりである。
それに今はおばちゃんの性の一つ、知りたがり病・・・って貴方よりまだ若いけどね!
おばちゃん呼ばわりされ膨れっ面を作って不満を露わにする。
「こやつは以前から儂の友人に養子にならんかと言われていてな。それをずっと断っているんじゃよこやつは。」
「ま、このことは貴族の間で結構有名になっちまったんだが・・・・。」
彼らが話し始めたある男性。
その人物は、何代も続く騎士名家の伯爵様でルドルフさんより10も年が離れている方で、ルドルフの兄貴分であり戦友であり良き友人という間柄の方。
その人、伯爵様の人生からこの話しは始まった。
伯爵様にも勿論家族が居られいずれ自分の息子が家督を継ぐ予定であったのだが、それが叶う前に先の戦争で一人息子が先立たれ、その後を追うようにその数年後の流行り病で妻を亡くしてしまったのだという。
勿論名家という事もあり後妻をとる形を周りに勧められたが、彼は決して後妻をとらず愛した奥さんの為に独り身を貫いた。
その高潔さに周りの親族も彼の想いを組み後妻を娶ることは強く勧めはしなかったが、そうなると彼の血筋に当たる者から後継を決めるという話しになり、彼の分家の誰か・・・から決めることになったのだが・・・・。
何年たっても後継者が見つからなかった。
簡単に言えば彼のお眼鏡叶う人材がいなかったのだ。
騎士の名家である伯爵家の後継になる条件。
騎士としてそして国として盾にも矛にもなる覚悟と多くの生と死の命を背負える度胸。
そして現当主並みかそれ以上の剣技の持ち主であることが条件だった。
たった2つの条件。
だがその2つとも条件をクリアできる人物が分家にはいなかった・・・というかその伯爵様が規格外だったのだ。
【鮮血の黔大蛇】【紅き戦神】
戦場で彼のことを前者は敵、後者は味方の通り名で通っている彼に誰が勝てようか。
分家の若者達が力をつけては彼に戦いを挑んでみたが無謀な挑戦に変わりなく、結局何年も費やして分かったことはただ1つだけだった。
彼の後継になる前に・・・死ぬ。
しまいには分家から候補の声は上がらなくなり、とうとう分家から後継者を探すのを諦めたのである。
それからさらに月日が流れ彼も60という年齢に差し掛かり、そろそろ彼自身死んだ後の事国に爵位と領地を返上するようにといった遺言書をしたためようとしていたその頃だ。彼はハーティスさんに出会った。
そこから急速に話しが加速していく。
ルドルフさんが事の後彼本人に聞いた話しだと、ハーティスの姿が死んだ息子にそっくりだったとのこと。
似ているといっても顔がというわけではなく、立ち仕草や彼の一つ一つの動作そして纏う空気が生前の息子さんそのままだったらしい。
そしてハーティスさんと目が合った瞬間、彼は万感胸に迫る想いが彼の心を占める。
それと同時に彼は1つの希望を見い出した刹那。
何をトチ狂ったのか自身の剣を抜きハーティスさんにそのまま剣で切り付けたのだ。
・・・・ん?衝動だったのかな?でも、なんだろ初対面で切り付けられそうになるってえらいバイオレンスだな。
と、続き続き。
勿論驚きつつもハーティスさんも剣を抜いて対応し暫く剣を交えた。そして、ハーティスさんが辛うじて彼に勝利する結果を残したのだ。
彼の中で完結していたのだろう、一方的に仕掛けられた勝負が終わった後彼はハーティスに
『君、私の息子になって伯爵を継いでくれないか?』
といったのだという。
勿論ハーティスさんは初めは冗談だと思ったが彼が本気だと分かると否やすぐに断った。領地を管理するなんて向いていない、彼にも分家があり彼と同じ血筋の者が領地を治めるのが当然だと思ったからだ。
だがそれで諦める人ではなく、それからずっと彼とハーティスさんとのイタチごっこを繰り広げているのだとか。
最悪なことに後継になることを分家の人間も伯爵様にバックアップしている姿勢なので、度々厄介なのだとその頃を思い出してか、ハーティスさんがげんなりな表情を見せた。
「俺には向いてねぇし、年齢だって45にもなった。こんなおっさんが後継者になったところで10年後には居なくなっているよ。それならまだ先の若い後継者を見つけろって言ってるんだがな。全然、聞きやしねぇ。」
「わしは向いていると思っているんだがな。」
「あのな、団員のやつらを纏めるのとは違うんだよ。規模が違うだろ規模が。」
そうやって話しているハーティスさんを見ながら私はふむと顎に手を置く。
よく小説とかでは、家督は長男になることが多く次男は長男が何かあった時の為に同じくらい勉学、マナー、剣術などを学ぶが家督を継がないとなると実家は当てにならないので若いうちに婿養子になるか一人で稼げる職へと行くことになるという話しが多い。
それに当てはめると、この話しはかなり棚ぼたなお話しではないんだろうか。
更にその伯爵の親戚・・・つまり分家の人間が総出で彼を取り込もうとしているのなら彼が後を継いでも彼を助けてくれるはず。騎士としての実力も確かなんだろうし、そんな頑なに断らなくても良いと思うんだけど・・・。
「隊長、まだ妖精様に隠していることがあるでしょう?」
ん?隠していること?
「おい、エヴァイス。」
咎めるように名を呼んだが、呼ばれたエヴァイスは構わず話しを続ける。
「20年前に別れた恋人を探しているんですよ。その方は隣国の方なんですが、当時他国の人間という理由で恋人の父親に結婚を認められず彼女を隣国へ連れ帰ってしまったんですよ。騎士になっている理由も遠征の際彼女の国の国境まで行くことができるからなんですよ。家督をついでしまうとそれさえも出来なくなってしまう。なので団長は独りの方が身軽だからその話しを断っているんです。我々の間では有名ですから隠しても意味ないですよ、団長。」
20年もずっと探しているの?!
私はその事実に驚愕する。
だって20年だよ、20年。普通さ諦めて次の出会いを求めたりするじゃない?それをそんな長い間ずーっと探すなんて早々できないよ。
『どうして、そんな月日まで経っているのにそこまで恋人を探しているんです?』
「ハーティス、妖精殿が何故探しているのか理由を知りたがってるぞ。」
ルドルフさんが代わりにハーティスさんに聞き返してくれた。
ハーティスは少し黙って私ではなくルドルフさんをじっと見つめた後、深いため息を1つついた。
そして、自分の襟元辺りを触り始め首から下げていた紐を手繰り寄せ何かを取り出した。
それは紐付きの麻袋だった。
彼はしっかり締め結んでいたのを緩めて袋の口を開けると逆さにして自分の掌に出す。
それは、鈴蘭という花と葉をあしらった銀の髪飾りだった。
その精巧な作りに名のある職人から買ったのがよくわかる1級品だった。
そして同時に髪飾り全体の純銀が光沢を失い、ひどく黒ずんだ様は彼の長い年月と想いを物語っていた。
「俺の想いも変わったわけじゃねぇがきっとあいつも家庭を持っているはずだ。俺は・・・今はあいつと一緒になろうとか、取り返そうとかそんなこと思ってねぇんだ。ただ、あいつが今幸せに暮らしているのか、何不自由なく日々を送れているのか、幸せに笑っているのか。何でもいい、それさえ分かれば俺は安心できるんだ。」
じっと掌にある髪飾りを見つめる。
「何かあいつのことが分かればいいと思ってそれで騎士の道に進んだ。女々しいと言われればそれまでだが、それでもあいつを一目見るまでは次に進もうなんざ思えねぇんだよ。」
いつも読んでいただきありがとうございます。次回投稿予定は土曜日です。
裏設定:それぞれの通り名の由来はこうです。
【鮮血の黔大蛇】→その伯爵が先々行く場所で敵は倒れ赤い血で地面を濡らしていくのが遠くからでも分かるほどの力の持ち主。そして血が固まり始め段々と黒くなっていくと彼のたどった道が大蛇が通ったような跡のように見え彼に出くわせばと敵は一人残さず刈られると畏怖としてその名の由来になりました。
【紅き戦神】→劣勢の時に敵に殺されそうになった兵士たちが彼に助けられたことから由来になりました。颯爽と現れ敵の血、赤い鮮血を纏い気にすることもなく多くの兵士を助け、勝利を導いたことから味方では戦の神の化身といわれ敬る気持ちから紅き戦神といわれるようになりました。
(こんなすごい通り名を考えましたが私にとってこの人の通り名は【戦闘狂】これに限ります。)