出来ることが増えてくると色々したくなるお年頃なんです。(嬉しい!悲しい!諦めない!⑱)
母が倒れてから数日が経ち―――。
何度も念を押すようにアイルは何かあれば手紙を書いて知らせるようにとそう言って私を心配しながら彼らは自分達の領地へと帰っていった。
今回立ち眩みを起こした母は翌日から普段通りに過ごしていたが、やはり何度か立ち眩みを起こし時々つわりの症状が出るのかその度に寝室で休むことが多くなったことも影響し、当面母には安静にしてもらう事にした。
そんな母を心配し父はいつもより仕事を減らし、母の様子を見に何度も寝室を訪れており、私もまた父と同じように母を心配し極力母の居る寝室へ居座って本を読んだり母の話し相手をした。
そして、父とはあれから母や胎児についての話しをしていない。
父が母の為に時間をずらして仕事をするので食事に顔を合わせなくなったという理由からだ。
だがそれはただの建前できっと父は私と2人っきりになるのを避けているのだろう。
使用人の口も堅く更には父に聞けない、・・・のであれば母に聞けばいい、
けれど、私は躊躇した。
父がこれほどまでに使用人に箝口令を敷いてまで私の耳に入れないようにしたのには何かきっと理由があるはず。
その理由はそう、例えば母の精神に対して重く更には大きな傷をつけることになるかもしれない話しであったのなら・・・と、そこまで想像してそれ以上は考えることを辞める。
すべてが憶測のまま結局何一つ分からないままで私は歯がゆい思いをしていた。
「そうねこれは・・・あらティリエス、今日は少し早く来たのね。じゃぁ、後はこれでお願いね。」
「はい奥様。」
母の寝室に行くのが当たり前になった頃、何か母の助言を聞きに来たのだろうエルフの女性が紙の束と何かの薬草のサンプルなのかそれが数種類木箱の中に入っていた。
それらを女性はそそくさと片付けると、私に一礼して部屋を出た。
部屋から出るまでその女性を見ていたが、振り返って母の方を見やる。
「お邪魔でしたか?」
「ぜ~んぜんっ!今回の薬草の出来と肥料をどうするか聞いてきただけだから大丈夫よ。ティリーさぁこちらへいらっしゃい。」
優しくそう即され、私は母のベッドのそばにある椅子に座る。
と、ここへ座るように促された母の腕を見る。
悪阻が酷いようで思うように食事が出来ていないのか、母の腕は以前に比べてより細くなっているように思えた。
その急激な腕の細さに心配になるが、ここで心配すれば私に何でもないように努めて明るく振舞おうとする人だと良く分かっていたので敢えて見ないふりをした。
「今日は何を持ってきたの?」
「応用を使わないで出来る刺繍の図面集ですわ!今度ジョアナお祖母様が来られると聞いていたのでやり方を教わりますの!」
「あら!それは素敵ね!お母様刺繍が得意でしたからきっと教えるの張り切るわね~。ここにはなかなか来れないし、色々教わるといいわ!」
うふふと母は笑いながら私に相槌をする。
母の実母、ジョアナお祖母様。
元々母の実家は医師や薬師治療師を多く輩出する家系で、その家に生まれ育ったお祖母様も母と同様立派なお医者様であり、ほんの一昔前まで女性というだけで軽んじられてきた女性医師の地位確立した人。更には近年の医療制度に変革をもたらした人でもあり医療に携わる人なら誰もが知っている凄い人である。
それ以外にも彼女が長年培ってきた医療に関する知識や技量には、多くの権威といわれた人間、同胞でも舌を巻くほどの人物で母リリスが最も尊敬している人である。
今は領地で医者業をしていると聞いているが・・・結構昔はあちこち他領に行っては治療をしていたのだから実は結構血気盛んな人だと思う。
「ジョアナお祖母様、ここへ着くのに後数日かかると思うから何の図にするかゆっくり決められるわね。・・・お兄様も来られるから会うのは5年ぶりね・・・楽しみだわ。」
窓の外から遠くを見つめていう母の姿に何かざわつくものを感じながらも、それを振り払うようにティリエスは立ち上がって母に気になる図面を見せようと母の前で図面を広げて見せる。
「お母様、これなんかどうですか?白い花弁に真ん中が黄色の花をいっぱいにした刺繍なんかどうでしょう?」
「シャスタ・デイジーね、可愛いお花だわ。それに初めて刺繍をするのには良いわね。」
リリスはティリエスの頭を撫でながら微笑むと、ふと母の笑みに影を落としたのが見えた。
「ねぇ・・・ティリエス。もし・・・。」
その沈んだ声色にジッと母の顔を見つめていると、母はハッとしたようにまた取り繕って笑みを浮かべた。
「なんでもないわ!そうそう、ティリエスにはお礼を言いたかったのよ。」
「?お礼ですか?」
「そう、実はね。お母様最近食事がなかなか難しくてちょっと困っていたんだけど。ティリーから貰った、ほらあの色とりどりの飴はあっさり食べられるの!だから今日も体調がいい感じなのよ!この調子でご飯も食べられるようにトライしてみるわね!」
そういって細い腕を元気に振っている母にティリエスは何を言おうか一瞬迷ったが、母と同じようににっこりと笑って母の素振りにティリエスは喜んだのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
裏設定:実は母の寝室の前では毎回レイが待機なう。主人公から常につかず離れずをしていますが流石に親の寝室に入ることはしないという紳士ぶりを発揮。でも主人公の寝室には「賊が押し入ったら心配なので」というほぼそんなことはあり得ない理由でばんばか侵入している模様。(勿論本人には気が付かれていないし、ただ寝顔を眺めているだけというこちらも紳士?ぶりを発揮。)
因みに今回作中にでましたシャスタ・デイジーというお花。日本ではハマギクと呼ばれるキク科の花です。花言葉は「逆境に立ち向かう」。