まさかこんなことになるなんて誰が想像できますか?(考えよう、探してみよう、作ってみよう㉜)
・・・・・・ん!!くっっさ!!
急に浮上した意識と共に嗅いだことのない強い異臭を感じて、ティリエスは飛び上がるようにその場から勢いよく起き上がった。
「えー・・・なにこれ。・・・もしかしてこの毛布からっ?」
鼻をつまみながら異臭の出所と辺りを見渡す。
古臭い溝の匂いにカビの臭い更には何か油が腐ったような変な臭いを混じらせた・・・要するに酷い匂いが漂う鉄格子の部屋にティリエスは寝かされていたらしい。
うちの家の地下牢に似ているけど、うちの地下牢の方がずっとマシだわー・・・それより。
「う~ん・・・鉄格子の窓から見るに半地下室ってところかしら。外を見る限り夜・・・半日は眠らされていたって事?」
ギシギシと鳴る所々カビなのかそれとも汚れのせいなのか黒ずんだ木のベッドの上で背伸びをして見た景色は、見慣れた我が家ではないことは明白だった。
何か遠くで光も見えるが一体何の光かそこまでは確認出来ず、諦めて外を見るのは辞めた。
「この何とも言えない臭いのせいなのか、それとも嗅がされた薬品が抜けないのか・・・まだ足元が少しふらふらするけれど・・・まぁ耐性スキルと自動浄化促進スキルを切り替えたからどうにかなるでしょう。さて・・・それより。」
座る気になれないのでベッドから降りてその場へ立ったまま、ここに来る経緯をティリエスは順に思い出していった。
恐らく半日前、妙な爆発直後の事――――。
私は視界の悪い白い煙の中、誰かに引っ張られる形で母達から離れ屋敷の庭園から隣接する藪の中へと走っていた。
何故自分は走らされているのか?、どうして屋敷から遠ざけるようにしてこの藪の中を入ったのか?
それを知っているのは私の右手を放さず前を走る少女ティキにしかわからない。
子どもなのでそんなに遠くには走れないが、子供なりに屋敷から少し離れたところで、ティキは息を荒くさせて走るのを辞めた。
勿論、彼女より幼い私の方がバテたのでその場でへたり込んでしまった。
『・・・っティキ・・・?』
ハァハァと息が荒いまま彼女の名前を呼ぶ。
ティリエスの声に振り返った彼女は・・・泣いていた。
子どもがしゃくり上げて泣くような泣き方ではなく、涙が溢れ頬を静かに伝い流れ落ちていく。
そして私と目が合った瞬間くしゃりと顔を歪めると私の元へ駆け寄って、両肩を掴まれた。
『駄目・・・やっぱり出来ないっ!私・・・・っ!』
一度吐き捨てるように言うと、彼女は一度深呼吸をした後私を今度はしっかりとした瞳で見つめてくる。
迷いのない眼をしていた。
『逃げて下さい!お嬢様!お嬢様は狙われています!ずっとずっと前から!私はお嬢様を不幸になんかしたくない!』
『何がどう?したくないっていうんだい?』
突然聞こえたその声を聞いた刹那、ティキの横腹を急に現れた大人の足が蹴り上げ彼女の身体を飛ばした。
『カハッ!!』
『ティキ!!!』
彼女の軽い身体が蹴飛ばされた先に駆け寄ろうとしたが誰かに手を引っ張られた。左手をとって遠慮なしに引っ張られ肩に痛みが走った為、私もその場で蹲る。
『駄目ですよお嬢様そちらに行っては。』
痛みを我慢しつつ見上げると、そこに立っていたのは彼女の父親ラビだった。
暗がりでも分かる、その冷たい瞳とニタリとゾッとする笑みをこちらへ向けていた。
たまに彼から嫌なモノを感じ取っていたが、こんなに明確に向けられたのは初めての事だった。
『騎士どもを欺くためとはいえ、近くで爆弾を使うのはまずかったなぁ・・・危うく死ぬところだった。でもまぁ、それでうまく屋敷に潜り込めたのは良かった・・・ククク。』
『おっ、お嬢様っ・・・。』
『ティキ、上手くこいつだけ連れてきたのは大手柄だ。・・・さっき聞いたことは聞かなかったことにしてやる。お前も来い。』
その言葉だけでねっとりと絡みつき相手に有無を言わせないラビの声を聞いたティキは、顔を真っ青にして小刻みに体が震えていた。
『わ、私・・・は』
『・・・どうやら、“親子ごっこ”が存外楽しかったようだ。主人の言葉に口答えなど・・・また躾けないといけないようだ。』
『ひっ・・・。』
『まぁ、お前の変わりなんていくらでも居る。またあの部屋に逆戻りしたいか?・・・あぁ?!!』
彼の凄みにとうとう彼女は何も言えなくなり俯いた。
地に伏し、体を支えている両手は拳を作って力を込めてブルブルと震わせ彼女の耐えている姿に、私は声を上げた。
『ティキ!聞かなくていい!!』
『っ!!』
『そんな言葉に耳を貸せなくてもよろしいですわ!!』
声高らかにそう言い切る私に今度は彼の方が反応を見せた。
怪訝な顔をこちらへ向ける。
『あぁ、お嬢様ぁ?ちょっと黙っててもらえないか?今、大事な躾けの最中なんだよ。』
『申し訳ありませんが、それは出来かねますわ。何せ私、ティキさんにこの領地の定住をお誘いしているんです。貴方が親ではないのならあの子個人でどうしたいのか決められますわ。ティキさん!私達はここに居てほしいと思っています!それは今も変わってないですわ!』
私の言葉に彼女がゆっくりと顔を上げて私を見つめる。
『本当に・・・わた・・私が、いても・・・いい・・・んですか?』
戸惑い、恐怖に満ちたままの顔で彼女はそう口にした。
私はまっすぐ見つめて彼女に口を開く。
『私はずっとそう言ってますわ。ここで暮らしてほしいって、何度だって言いますわ!ここは交通不便!娯楽も少ない!初老の年代が多いから子供でも仕事を手伝わされる!そんな領地ですわ!でも、皆で祭りで豊作を祝って美味しいものを並べ朝まで騒いだりする!料金なしで共同浴場の温泉入り放題!澄んだ空は満天の星空が見えます!それに文字だって他の事だって教えますわ!』
『お嬢様・・・。』
そんな私の言葉に彼女はじっと見つめる中、男だけがゲラゲラと笑い始めた。
『こりゃ傑作だ!こんな出生も汚い戸籍もない餓鬼を住まわせるだってぇ?流石お貴族様は違うなぁ・・・ハハハハ!!!』
一頻り笑った男は、私の腕を引っ張り上げ無理やり立たせると途端また冷たい眼でティキを見る。
『いい加減にしろ、ティキ。さっさと立て、行くぞ。』
『はい・・・・・・。』
そういって彼女は立ち上がったその刹那―――――。
彼女は頭上に手を掲げ何かを言うと手から光が放たれた。
男は焦ったように彼女に制止しようとしたが時すでに遅く、その光は空高く飛びその光が広範囲に大きな音を立てて光が飛び散った。
この世界での救難を知らせる魔法だった。
『この・・・餓鬼が!!!』
『ティキ!後ろ!!!』
背後にいた男が彼女にめがけて剣を振りかざしている姿に気が動転している隙を突かれ、私は男に薬を嗅がされ、そこからの記憶はなかった。
いつも読んでいただきありがとうございます。