30歳の誕生日までに童貞を捨てないとホモになる呪いをかけられた俺
どうてい【童貞】
男性が、まだ女性と肉体的交渉の経験をもっていないこと。また、その男性。「―――を失う」
これは、仕事一筋に張り切り30を目前とした男の話である―――
俺の名は山川俊一。もうすぐ30だ。
新卒で有名商社に入社し、厳しい先輩の下で仕事に打ち込んできた。仕事ばかりの日々はあっと言う間で、気が付けばこの歳で彼女すら真面にいない…………。
「山川、俺先帰るぞ。あまり遅くなるなよ?」
「お疲れさまです先輩!」
今日も会社に最後まで残業。パソコンの画面と睨めっこさ。
―――カチャ……
誰も居ないオフィスに響く扉の音。俺が音の方を振り向くと、そこには半裸の男が居た。
「どちら様で……?」
私の問い掛けに動じること無く、鍛え抜かれた筋肉を見せつけるかの様にポーズを決める男は、ゆっくりと口を開いた。
「お前に一つ呪いをかけた。30の誕生日までに童貞を捨てないとホモになる呪い……だ」
「―――!?」
俺は耳を疑った。
突然侵入してきた謎の男に呪いを掛けられる覚えなどまるで無かったからだ!
「怪しい奴め! 警察を呼ぶぞ!!」
私はオフィスの電話を取り、素早く110した。
「―――すみません! 怪しい半裸の男が!!」
「……ああ! イイ男でしょ!? 君も早くコッチの世界へおいでよ♪」
俺は再び耳を疑った。受話器と男を交互に見るも、男の顔色は変わらず落ち着いていた。
「警察も既にホモだ……正確には私を愛している」
なんと言う事だ!
日本の国家権力が謎の男にホモにされた挙げ句言いなりとは―――!!
「これで信じてもらえたかな?」
「俺もホモにされるのか……!?」
「それは君次第だ……」
そう言うと謎の男はオフィスから立ち去った…………。
私は仕事一筋で生きてきた自分を激しく後悔した。きっと未だに彼女も居らず童貞だから謎のホモに目を付けられたのだろう……と。
それから私は仕事はそこそこに、女性と接する機会を増やした。街コンや合コンにも積極的に参加して連絡先も交換した。
その甲斐あって、一人の女性とお付き合いする事が出来た。二つ年上のOLさんだ。地味で目立たない風貌ではあるが、物静かで落ち着いた年上の大人の女性のオーラがとても気に入った。
交際も順調に進み、俺の部屋で良い雰囲気になる事もしばしば。しかし焦りは禁物。俺は誕生日というビッグイベントにセクスティウスをハゲミディウスするべく念入りに準備をした。
そして誕生日当日、俺はついに今日のデートで―――
「すまん!ヤベぇ仕事が入ったから少しだけ残業頼むな!!」
「……少しだけ……少しだけですよ?」
予め今日は定時で帰る根回しをしていたが、何時の時代も予測不能な事は大事な時に起こる物だ。約束の時間までは後二時間ある。俺は時計を気にしながらも急いで仕事を熟した。
「すみません! お先失礼します!」
時刻は19:30。急げは予約のレストランには間に合うだろう。俺はスマホで『遅くなってごめんなさい。今会社を出ます』と彼女に連絡をした。エレベーターのボタンを連打し、中々降りてこないエレベーターにイライラが隠せない。
―――チーン
ようやく開いた扉に駆け込む俺だが……
「―――!?」
なんとエレベーターの中には後輩の道下と、何故か半裸の男が居るではないか!!
「お前っ……!」
「あれ?先輩知り合いッスか?」
「急ぐんだろ? 俺のことは気にするな」
半裸の男は清ました顔で俺を急かす。確かに今は気にしている場合では無い、俺は急いでエレベーターに乗り1階のボタンを押した。
「何しに来た……」
「運命に抗うお前の結末を見届けに……な」
「俺は今日……生まれ変わる!」
1階へ近付くエレベーターの階数表示を眺めながら、俺は静かに勝利を確信した。
―――ガダンッ!
それは破滅の音だった…………
エレベーターは1階へ到着する間際突如として動きを止め、我々は狭い空間に閉じ込められた。
「なっ、何だ!?」
「エレベーターが止まったッス!」
「ふふふ……ふふふふ♪」
俺は不気味に笑う死神のカマ(意味深)が俺の喉元へ押し付けられている様な寒気に襲われた。
「非常電話は!?」
「今やってるッス!!」
―――プッ
「もしもし!?」
「こちらは古銅鑼エレベーター株式会社でございます。あいすみません、唯今各地で本社製エレベーターが不具合を起こしております。順番に対応致しておりますので今暫くそのままお待ちくださいませ―――」
―――プツッ
俺は一先ず安心した。エレベーターさえ動けば後は彼女とスペースドッキングするだけだ。最悪レストランは行けなくても―――
「……女は雰囲気を大切にする」
「―――!?」
半裸の男が俺の心を読んだかのようにポツリと呟いた。
「な、何が言いたい!!」
「もうレストランは間に合わない。つまりお前は最初の一手を既にパスしたのと同じなのだよ……」
時刻は既に20:00。彼女はレストランで待ちぼうけだ!!
俺は急いでスマホで自撮りをし、彼女にお詫びを入れた。
『エレベーターが止まってしまい遅れます。ごめんなさい。先に食べてて下さい』
返事は直ぐに来た。
『後ろの裸の男の人は……何?』
俺は撮った写真を見返すと、そこには半裸男がしれっと映っていた……。
「貴様!? いつの間に入った!!」
「フハハ!! もうお前はホモになるしか無いのだ!!」
「あれぇ? 先輩もそっちの気があるんスか!?」
……先輩も?
「俺……先輩になら抱かれても良いと思ってたんスよ。会社のロッカーで先輩の体を観る度に、俺のハニーボーイはギンギンッス!!」
俺の誕生日……突如止まったエレベーター……ホモの後輩……
「……全て貴様の仕業かぁぁ!!!!」
「さあ! ホモの魔の手からは逃げられんぞ!!」
時計は20:30を指していた。彼女からは『大丈夫?』『また別な日にしようか?』と連絡が来ている。俺は何とか待って貰うために懸命に返事をして彼女を食い止めた。
―――プッ
「お待たせして大変申し訳ありません。唯今順番に修理へ向かっております。もう暫くお待ち下さいませ」
―――プツッ
その連絡を最後に、俺達は長く狭い密室に閉じ込められた…………。
そして時刻は23:50…………彼女は既に帰ってしまった。俺はもうすぐホモになる。
「諦めたか……さあ、もうすぐ新しい世界がお前を待ってるぞ?」
「…………」
だが俺は諦めなかった。最悪さえ避ければ彼女とまた会えるからだ……。
「……道下」
「何でスか?」
「今すぐケツを出せ……」
「やった♪」
「な、何をする気だ!?」
「お前のお望み通りホモ化してやるよ」
「へへ、先輩の気が変わらないうちに……っと」
道下は全裸になった。上は来ていて欲しかったが、まあいいだろう……おれはこれから、かりそめのホモに手を染める!!
「ほう……ついに観念したか」
「俺は……コイツで童貞を捨てる!!」
「!? 童貞は女としないと捨てられない筈だ!! 一番上の説明を見てみろ!!」
「道下……今どんな気分だ?」
「今か今かと待ち遠しい乙女の様な気分ッス♪」
「聞いたか? 乙女だってよ……」
「そのような暴論通じる訳が……!!」
「いーや、問題は魂の在り方だ! 俺はコイツで童貞を捨てて、彼女と結ばれる!!」
「汚れた心で彼女と結ばれるのか!?」
「道下ぁぁ!! 俺がイッたら俺を殴って記憶を消せ!!」
「はいっス!」
「お前もそれで良いのか!?」
「やれれば何でもいいッスよ!!」
「何なんだコイツらぁぁ!!」
「何って……ただの童貞だよ…………」
俺は狭いエレベーターの片隅で、童貞を捨てた。それは思い出すには苦しく、切ない気持ちだった。その後道下にボコボコに殴られたせいであまり思い出せないが…………だがお陰でホモにならずに済んださ……
「せーんぱい」
「お! 来たな!? 早速行くか!」
それからというもの、俺達は暇を見つけてはあらゆるエレベーターの中でイチャつくのが日課となっていた。
ホモにはならずに済んだが、どうやらゲイになっちまったみたいだ。彼女とも別れたし、言い残すことは何も無い。
読んで頂きましてありがとうございました(*'ω'*)